第46話 モップ4

 奴隷商の男は店内の掃除をする少年奴隷を見つめる。1年ほど前から目玉商品となるはずだった少年は心を殺したままだ。

 町の近くで魔物が発生する事件が昨年起こった。魔物は近隣の村を襲い少なく無い被害者を出したが、町にまでたどり着く前に討伐された。安全が確保されたと報せもあり、少年の能力を喧伝する良い機会だとも思っていた。

 だが事は上手くいかない。この事件の被害者に、少年を保護しこの店に売った者が含まれていた。

 ギャザと言う赤いくせ毛の女戦士だ。中年にさしかる歳で独り身の女。彼女の身の上は調べると直ぐにわかった。昔は夫も子供も居たがどちらも既に死別している。それから浮いた話もなく今に至る。少し金に汚いが世話焼きな人物だ。

 自分で売っておきながら、少年の様子を気にして毎日店に通っていた。

 どうやらこのギャザという女、独自に少年の出自を調べ両親も見つけていたらしい。

 その両親だが、ギャザの遺体の横に揃って並べられていた。

 3人の遺体の前で立ち尽くす少年は、最初は別人かと思うような表情を浮かべていた。

 その日から少年は心を閉ざしてしまった。声をければ最低限の返事もするし、勉強も仕事も言われた通りにこなす。しかし目を見ればその異常さは解る。瞳が一切動かないのだ。常に真ん中でほんの僅かな揺れも無い。何も見ていない、見えていない。その代わり首を頻繁に動かす。顔ごと向けて視界を確保している。

 彼を知る者はそんな少年を見て悲しい顔をする。自分で彼の身の上を拡めていたが、それが途絶えた為に余計に人の興味をひく。

 せっかく優れたスキルを持って産まれたというのに、今の彼は何ひとつ幸せを掴んでいないし未来への希望も無い。

 彼が来た当初、特別扱いされる少年を妬んで居た他の奴隷達も今の彼にはそうした視線を向けない。それはそうだろう。本人は気が付いて居ないようたが彼の心が壊れているのは、その目からでなく行動から理解できる。

 一日の仕事を終えた彼は昔からの定位置である壁際の隙間に座り眠りに付くまで左手で右の二の腕を引っ掻いている。常に皮が向けて血が滲んで居るが、彼のスキルで清潔に保たれ化膿したりはしていない。痛々しい傷を常に持ち続けている。

 彼の隣の檻にいる元番犬のぺスが毎晩彼を止めようと鼻先で突付いては避けられてを繰り返している。

 その有り様は見ている方の気が参る光景だ。

 奴隷商も彼を競売に出すのは諦めていた。

 売り物にならなくても使い物にはなる。それだけの能力があった。このまま店で働かせるも良いし、幸いな事に町の医局や衛生局が作業員として欲しがっている。十歳になったらそちらに引き渡すの良いだろう。そうなれば町の行政の庇護下に入れる。悪い様にはならないだろう。


 そんな風に同情しながらも商品としての扱いは続けて来た。その日は心変りする出来事が起きた。

 夜中に血相を変えた少年が書類を整理している自分の下に駆けて来た。何事かと思えば、ペスが動かないという。

 アレも歳だ。自分が一人立ちした頃からの付き合いである。そろそろかと覚悟はしていた。寂しい反面、鍵の無い檻から出されたペスの亡骸に縋る少年をみて、彼が感情を露わにしたことを嬉しくも思う。この頼りになる番犬は最後に幼い心を救ってくれた様だ。


 翌日、丁重に埋葬した後から少年は寂しそうな表情を見せるようになった。

 彼が感情を取り戻した切っ掛けが寄り添っていた相手との別れと言うのが皮肉ではある。感情を取り戻しても彼の立場は変わらないし何も得ていない。だから話をする事にした。商品としてで無く、一人の人間として向き合い彼の将来について本人の考えを聞いた。


「他の人より良くして貰ってるから感謝しています。」


 そんな遠慮の言葉を話す。養子に出すことも考えていると提案すると


「親と思える相手を3人になくしました。これ以上は嫌です。」


 そんな言葉を言わせたことを後悔した。だから手放す事にした。このまま自分の近くに置くと情が湧く。自分が四人目になってしまう気がした。

 口実は簡単だ。ギャザに払った値段の分はもうじき、彼の働きでもとが取れる。それに合わせて開放し追い出そう。

 彼なら受け入れてくれる場所はいくらでもある。自分の生きる場所を選ばせる事にしよう。





 奴隷商に自分の上買い戻せる額の稼ぎを出したので開放する、何処へなりと行けと放り出された。

 まぁ、そんな事になる気はしていた。俺の中の六歳の子供は未だに立ち直っては居ない。前世の記憶があるから動けているだけだ。頭の神経回路なんかは強いストレスで異常をきたしている事だろう。

 これは前世で両親どころか祖父母よりも先に死んだ俺への罰なのかもしれない。取り敢えず六歳の自分の心の安定が必要だ。簡単に言うと親だな。ただ普通の人間ではだめだ。甘えられないし今子供の自分より先に死ぬ。その事に耐えられそうに無い。耐えられるようになる頃には甘えられる歳でも無くなっているだろうし。

 そんな中でヒントをくれたのはペスだった。ペスは魔物である。人に使役される魔物。前世のゲームで魔物を仲間にするシステムはあったがペスの種族は仲間にできなかった筈だ。だと言うのにあの忠犬振りと人懐こさ。寿命も普通の犬より明らかに長い。

 なので女性型の魔物を使役する。候補は南海の果にいる者と極北の大地にいる。

 どちらもゲームてはボスでもなんでも無い敵扱いだが最終ダンジョンにも出てくる最強格の魔物だ。今の自分より多分強いし遭遇する場所に行くことすら困難だろう。。

 ただこの二種は物語序盤でも固定配置されている場所がある。その時点では絶対に勝てない相手だが遭遇するだけなら希望がある。固定配置なので見つけても襲われる可能性も低い。

 試す価値はあると思う訳だ。家族ごっこでしか無いのはわかっているが、それでもせずには居られないのだ。徐々に心が死んていってる。身体は無事なのに資源が減っているのが何よりの証拠だ。ペスが死んで心はより深い所に閉じこもった。霊が肉体に定着する前の感覚に近い。その状態で身体を動かしている。

 使役に必要なのはそのためのスキル。こちらはポイント消費でどうにかした。次に必要なのは仲間枠。5体までしか連れ歩けないし、他の同行者が居ると減る。こちらも問題ない。ボッチだからな。

後は身を守る為に武器の一つも携帯したい所だ。前世から引き継いだのは掃除セットだからな。

 かと言って子供に普通の武器は少し大きい。小振りの剣が刃渡り60センチ程度とすると、握りも含めて自分の身長の半分よりある。

 その問題の解決に心当たりが一つある。そこを当たる。掃除の仕事をしていた時に数回行った古物商の店。

 そこで売れ残っていた簡素な剣。


「坊主、本当に買いに来たのか。そいつはとんだ鈍らだぞ。」

「はい、でも何だか気になって。」

「まぁ、金払うなら良いけどよ。お前なら手入れも問題ないないだろうし、使われる道具も幸せだろう。」


 思ったよりあっさりと買えた。

 この剣、リビングソードという魔物の死体だと言う。飾り気のない両刃の直剣。十字に鐔付いている。


 商品の掃除を依頼された時に手に取り気が付いたのだが、この剣、死んでない。誰も傷付けない様に制約をつけられ封印されている。この制約の影響で鈍らだし、打撃武器としても役に立たない。

 ただ、俺の布巾で拭いてやると気持ちよさそうに震えた。この時に何かが繋がった感覚があり、その意志と記憶が俺に流れ込んだ。

 制約は昔、魔物として使役されその時の主に周りを傷付けるなと命じられて付いた物だ。その命令が解かれぬまま主人は居なくなり。命令だけが残った。魔物だった頃の攻撃性は失われ同時に意識も薄れていた。

 買った剣に使役のスキルを試す。何の抵抗も無く俺に支配された。

 仲間枠には入らない。装備枠にも無い。普通に持ち歩くのはメニューの装備判定にならないのか。都合良いなぁ。まあそういう風に作ったのだけどね。仲間枠を埋めるのもそれなりの大きさが必要何だろうな。ネズミとか小鳥では埋まらない。

 さて、これで勝手に腰の鞘から抜けてひとりでに動き回る武器が手に入った。これが目当ての魔物を退治できる武器とは思わないが、そこにだどり付く助けにはなる。

 善は急げと町を出る。この時はもう思考力は無かった。曖昧で穴だらけの計画。欲しいものを取りに行こうとやみくもに進んでいただけなのだ。

 ポイントを消費し疲れを忘れ目的地まで休まずメニューと一緒に作ったマップを頼りに目的地まで一直線だ。愚かだとしか言えない。

 目的地は船の墓場と呼ばれる崖に囲まれた入江。近海で難破した船が流れ着く場所だ。生還者は居らず言い伝えられるだけで誰もその場所を知らない。

 俺はゲーム知識があるから知ってるけどね。

 目当ての場所、目当ての難破船。その船倉にそいつはいた。船積まれていた荷物を守るように配された魔物。ゲームのドット絵でも美人だとわかったが、実物となると言葉もない。亜麻色の髪と青い瞳が僕と、そして僅かに記憶に残る母に似ている。

 こちらに視線を向けてくるが襲ってくる様子は無い。


「その剣、魔物使いか。」


不意に声をかけられた。鈴のような声とはこういうものなのだろうか。


「見ての通り、私はこの場所に縛られている。もう長い事な。連れ出してくれるなら使役でもなんでもすると良い。ここに居るだけでは死んでいるのとそう変わらん。」


 その言葉通り、抵抗無く使役された。

 メニューの仲間蘭の枠が一つ埋まる。

 ステータス確認。ああ、敵の時のステータスのまま仲間になってる。固定配置の魔物はヒットポイントが倍で各種ステータスも上昇補正がかかるのだが、それがかかったまま仲間になってくれた。

 その後難破船内の比較的形を保った船室で一泊する。

 仲間となった彼女に最初に命令したのは添い寝だ。

 横になる寝台も無い壁により掛かるだけだが隣に座らせその肩に頭をつけるように寄りかかり体重を預ける。自分より明確な強者、それに甘えられる。その事だけで本当に安堵した。




 この地に縛られて何年だろう。本当に縛られる存在になっている。既に千年は過ぎている以前の自分は耐えられず自死を選び、今の自分が新たに作られこの場に縛られている。自分は思考を止めて石のような状態で眠っていた。

 そこに現れたの人族の子供。場所にそぐわない存在の為、この地で産まれた新たなアンデッドの類かとおもえば、生きた存在で魔物を使役する能力を持っていた。

 故に支配下に入ったのは戯れだ。この場に居ても死んでいるのと変わらない。ならば人の支配下にあってもそれは変わらないだろう。ただし後者はこの場所に縛られない。

 自分の主となった人間の最初の命令は一緒に寝ろというものだった。幼くとも人間と男とはそういう物かと呆れたが、どうにも様子が違う。但し横に並びこちらの肩に頭を預けて無防備に眠り始めた。

 スキルによる繋がりのせいか、眠っている主の内心が見ている夢という形をとって流れてくる。

 前世の記憶とやらを持つ子供だ。複雑な身の上の様だが子供は子供だ。母の胸が恋しくて、守って貰いたくて、衝動のままにここまで来た。ここに自分が居なかったり支配出来ずに襲われたりと言うことは考えて居ない。

 なんと愚かで幼稚な事だろう。生を受けて十年も経っていない子供だ。そう思えば相応だろうか。

 寝顔を見ると幼い顔は弛緩してより幼く見える。

 これではこの先の事を考えて居ないだろう。人の住む場所で暮らすにしても、身元だ何だと手続きはあるだろう、母の自分が魔物と知られた時にどうなるか先の事は考えて居ない、そして自然と彼の母として生きる事に考えを巡らせた自分に思い至り溜息を漏らす。

 戯れに流れ着いた孤児を育てるの変わらんか。幸いな事にこの場所からは開放されるようだし。

 ほんの数刻前の退屈な時間が、とたんに恋しくなる程に忙しいさの予感に、期待が湧いてくるを感じていた。

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