第45話 モップ3

 奴隷商に売られて2回季節が巡った。今は檻の外て店内の掃除をしている。

 この世界では人類はポイント生産しそれを用いて魔法や技能を習得していく。スキルやマジックだ。大抵は訓練で誰でも習得出来ると。勿論適性などの個人差はあるが。

 しかし、生まれながらにそれらを習得している事がある。それはギフトと呼ばれ他に類を見ない固有の能力ユニークスキルと表現にするとわかりやすいかな。その類となる。

 生まれながらにギフトを持つ者はその身体は時に高いヒットポイントと認識される物を多く保有し、幼少、それこそ新生児の時の生存率が高い。そして他のスキルや魔法も習得し易い傾向にある。ギャザが俺をギフトと持ちと判断したのはそのあたりの知識によるものだ。

 能力的向上、それも魔力系のギフトと思われているのは転生する時に余ったポイントをこれでもかと潜在能力を高めてステータスの成長性を盛った結果だ。あの時点で人並み外れた魔力を有していた。

 そして、もう一つのギフト。そう思われているのが今、床を拭くのに使っているモップだ。

 モップの先には糸房で無く布巾がついている。この布巾だけをメニューから取り出して身体を拭っている所を見られギフトだと認識された。

 何でも似たようなギフトで剣をもって生まれてきた者が過去に居り、のちに強大な魔物を倒して勇者と呼ばれるようになったとか。

 俺のギフトはこの不思議な掃除用具で何でも綺麗してしまう事だと思われている。

 

このモップだが、前世のゲーム中での機能をこちらの世界でも変わらずに発揮している。つまりは掃除の効率上昇だ。前世のミニゲームでは纏めて掃除できる範囲や掃除できる対象を増やす効果で、それが発揮される。

 モップの先から特殊な力場が発生しモップの触れていない場所の物を綺麗にする。物陰等の見えない場所や手の届かない場所もその中に含まれる。

 スープをこぼしたテーブルの周り拭いているとテーブルの上の食器やスープの染み込んだテーブルが新品同様の状態になる。

 古く傷んだ物の状態の修繕迄されてしまう。

 布巾だけでも同様だ力場の範囲はモップに取り付けている時より狭いたけで効果は変わらない。寧ろ狭い分より高い効果にも感じる。モップの先を糸房に変えると範囲が平面に広がる。ただ、広すぎて店の中では宝の持ち腐れとなる。また、糸房は外だと落葉等を集める時に布巾より効率が良い。屋内より屋外や広い会食場等での仕様に適している。

 このスキルが露呈してから数回の試用期間を経て、店舗の清掃を任される様になった。

 奴隷の証である魔道具を首につけて朝から店内とその周辺の清掃が定例の仕事だ。外を掃除してる時はギャザさんが何時も通りがかりに挨拶をくれる。こちらを気にかけてくれる良い人だ。


「今日は西区の薬屋の依頼だ。ここは3回目か。」

「はい、最初は店舗の清掃だけでしたが、二回目は調剤室の前室の清掃も任されました。」

「今回は素材の貯蔵庫が追加されて料金も上がっている。その後は夜からウチの区内の浴場清掃だ。もうこちらは完全に定期依頼だな。」

「休業日前の業務終了後に清掃依頼を入れてますね。」

「お前さんのユニークスキルは戦闘には向かないかもだが、生活の中での用途はいくらでもある。このまま町で顔と名前を売っておけ。そうすれば競売での値段も上がる。」

「競売ですか。」

「そうだ。お前は便利なユニークスキル持ちで物覚えも良い。その年で読み書き計算が満足に出来ている。こちらでも目玉商品として情報を他所の街にも流している。」

「そうなんですか。」

「いまいち、自分側競売にかけられる意味を理解してないか。いや、これは教えないとわからない事かもな。」


 奴隷商から競売にかける商品も色々種類がある。

 共通しているのは有用なユニークスキルを持っていたり容姿が極めて整っていたり、または他国、それも敵対関係にある国の高位貴族であったりとにかく並の商品と比べて付加価値が高く値段がつけられない者が競売に出される。

 俺の場合は有用なユニークスキルが該当する価値だ。敵国の貴族や容姿の整った者とは用途が異なる。

 ユニークスキル持ちが商品となる場合は何らかの犯罪かもしくは借金だ。犯罪で商品となる場合は競売に出ずに、能力に合わせた過酷な労働に従事させられる。奴隷としての魔法的制約を付けると共に出荷までの一時預かりとして商品になる扱いだ。

 そして、何らかの過失や浪費癖等で返済不能な借金を抱えた場合。これは競売にかけられる。奴隷としての制約で精神にも深く干渉し悪癖を抑えての出荷だ。身分は低くなるが能力に応じて収入も増え競売の売上とその後の働きで借金を返済して身分の開放を目指す者だ。

 社会的な縛りは犯罪者等に比べて緩く社会復帰もあり得る立場だ。

 俺の場合はもっと緩い扱いだ。滅多にないことだが孤児や口減らしに売り出された子供が、ユニークスキルを保有していた場合。

 大抵は能力を調べる前に孤児になるか、調べる余裕が生活に無く知らずに売りに出されたりする。

 こうなると扱いはかなり良くなる。商品の中でも特別待遇だ。競売もその売上金はそれまでの世話代や購入費を込みの価格から始まり、値も高くなる為に商品としても非常に都合のよい良い商品である。

 孤児の世話をするという意味で人道的面からも認められ、地域によっては行政から支援金も出る。

 その分、儲けの無い子育てを請負う期間があるが見合う利益は得られる商品だ。

 商品の扱いとしても、競売が終わり取引が成立すればその時点で身分の買い戻しが済む。

 そうなると、後はただの雇用契約である。

 貧しい家庭が子供を丁稚奉公に出すのと扱いは近い。前世では十歳位から奉公に出すんだっけ?競売の頃は8歳くらいだ。能力が保証されている分少し待遇は良い。勿論雇用後の働き振りには大きな期待が向けられるし、その為に商品としての教育は厳しく行われる。

 厳しいと言っても、前世の記憶があり多少なりとも社会で働いた経験と基礎教養のある俺には当たり前の社会人マナーをこの世界の文化即した形に更新する作業にしかならないし、そうした躾や勉強の大切さも理解しているので勤務態度も素行も勤勉で真面目である。

 いや、ここで我儘言っても仕方無いしな。店主のオッサンも良くしてくれるし、ギャザさんは態々朝早くに俺の様子見に来てるし、最初は寂しい気持ちで落ち込んで居たけど、落ち着いて来ている。

 このまま高く買われて良い所に就職するのが、気にかけてくれる大人達へに恩返しにもなるし自分の将来にも繋がるだろう。

 この清掃能力。ユニークスキルとして扱われている前世の装備品。

 学んだ教養の中にこうした物品を伴うユニークスキルに付いての物もあった。曰く物品召喚能力。規格外の高性能の魔道具を召喚しそれを使用する能力。大概はそれらの物品は本人又は本人が許可した者のみ使用可能で、召喚者が生きている限り壊れず、或いは再召喚にて修復される。かつて魔王を討伐した勇者の聖剣もこの類で、所有者に当時の剣聖を上回る剣術のスキルと強力な光の魔法を使える様にしたらしい。

 決して折れず鈍らず、数多の魔物を屠った伝説の剣だ。

 何とこの剣、現存しているらしい。死期を悟った勇者が特殊なスキルでその聖剣召喚のスキルごと独立させたとのこと。

 適性のある者は鞘から抜く事が出来て、その適性に応じて剣術や光の魔法授けるそうだ。一度抜いてしまうと召喚スキルを自動で付与され、その者が死ぬとまた剣だけ独立するとのこと。

 それにより二代目、三代目の勇者も選抜され、魔物との戦いで功績を上げているそうな。

 現代は17代目の選抜中らしい。

 間違い無いと思うが初代は自分と同じ転生者だろう。その聖剣で使える魔法。資源の効率が良いんだろうな。そうした伝説の装備品と扱われる物は世の中にいくつかのあるらしく、一部の貴族の秘伝であったり何だりと、転生者の痕跡らしいものが見つかる。

 その辺りはあまり関わりたく無いな。凄い魔力や武力で評価されるのも気分良いだろうけど、危険も身近になるだろう。現状、装備の効果で清掃員として非常に高く評価されているのだ。

 このまま何処かの商人や貴族の家の清掃員として雇われるのが安定だろう。その道筋も出来ている。そんな事を考えながら店主の話を聞く。


「そういう訳だ。町中を綺麗掃除して自分の価格を上げておけ。」

「はい、頑張ります。」


 そうして依頼された仕事に取り掛かる。

 ユニークスキルというのは既に町中で知られていて、俺がモップを持って店舗や広場に現れる事に誰も口出ししない。

 浴場の職員には歓迎される。

 そんな感じで、出だしはつまずいたが、そこからはチートを活用して気楽な生活に向かっていた。


 その日の夕方に町中に鐘の音が鳴り響いた。何時もの時を告げる物とは異なる激しくなり続ける鐘。緊急事態を告げる鐘の音だ。

 俺は仕事の依頼人から作業は終わって無くても良いから直ぐに帰るように強く言われ店舗に駆け足で戻った。

 店舗には店主だけで無くギャザさんも来ており、俺が戻ったのを確認し、行ってくるよとだけ残して去っていった。状況のわからない俺は手を振って見送った。

 それから3日程、外の依頼を受ける事は無かった。それどころか外出すら許されず店舗の周辺の掃除も出来なかった。

 四日目に店舗の周りの掃除は許され、7日後には通常の業務に戻った。

 8日目、またの薬屋の依頼だが、お店につくなり今日は別の場所の掃除もして欲しいといわれ、店の外に連れ出される。

 町の入口、門の近くに天幕が建てられ人が集まっている。

 近付くに連れて異臭が鼻を突く。


「町の医局の連中に言われたんだよ。例の子供を使いたいって。」


 天幕付近に居るのは怪我をした者達だ。少し前の緊急事態の鐘を思い出す。店主の話では魔物の群れが町の近くに現れたらしい。戦える者達は皆駆り出されたという。

 どうやら、そうした怪我人が集められて

治療を受けている様だ。

 こうして自分が出歩けているのだから危険は去ったという事なのだろう。

 こうした医療の現場は不衛生な状態になりがちだし、清潔さを求められ場所だ。自分が呼ばれるのも納得出来る。

 あまり気分は良くないが、町をひいては自分を守ってくれたたのだ。小さいながらも出来る事をしよう。ギャザさんに会えるかもしれないし。


 最初は天幕の付近で医師と思われる人に能力を確認して貰い、赤黒く汚れた布を真っ白にした。力場で包むとあっさりと汚れが落ちて行った。


「どうだい?あの店の奴が競売の値段を釣り上げようとふれまわる理由は納得したかい?」

「予定では3年後か。予算をつけるように局長へ進言しておく。」

「だよなぁ、こいつは高くなるぞ。」


 そんな会話が後で聞こえた。

 気分も良く仕事に取り組もうだ。やる事は天幕の周囲の清掃と現在進行系で洗い物をしている人達、恐らく僕とは別に洗濯の依頼を受けた作業員と医療関係者の補助。

 スキルや魔法による洗浄は出来るものの、そうした技能は直接傷口の消毒に用いられ、洗濯の場に回される余裕は無い。桶に洗剤と水を入れてそれに漬けて、かき混ぜるように洗っている。

 そこに混ぜ棒の代わりに身体を支えてもらいながらモップを入れて掻き混ぜる。桶の中に力場が拡がり、数秒の間に水が濁りその後澄んでいくのが見て取れた。僕を抱えていた中年の女性が歓声を上げる。

 そこからはモップを持ったまま変わるがる大人に抱えられて、言われるままにモップを突き出す流れ作業だ。

 直ぐに洗い物を干す場所が無くなったが、そこからは洗濯桶に入れる前の物を、最初に医師に見て貰った様に、汚れた物を直接綺麗にする。朝の医師が布だけでなく、汚れた器具も持って来ていた。もう無心で流れる様に綺麗にしていく。

 道具に頼っているとはいえ、流石に疲れてくる。体もまだ子供だしな。そう感じた頃に抱えられたまま昼休憩に連れて行かれた。

 そこでは休む人達の顔からどれ程の激務から察せられる。非常事態はまだ終わっていないのだと実感した。

 そんな休憩中、薬屋の店主がやって来た。


「今日は随分昼飯に来る奴が多いな。こっちに回して正解だったな。」

「そうですね、話には聞いて居ましたが、ユニークスキルとは凄まじい物ですね。」

「そうだな、どこぞの神法国が勇者を崇めるのも納得しそうになるよ。」

「この子、今日だけ何ですか?」

「店に依頼を出せば回して貰えるぞ。早ければ5日後位には。」

「そんなにですか。」

「町の公衆浴場取り仕切る組合が一番に目を付けて重用してる。多分本気で競売にも出てくるだろうな。」

「ウチは出遅れましたか。」


 なんだか子供に縁の薄い話をしている。俺は黙々と渡されたパンを食べる。奴隷商の店で出されるパンより美味しいな。

 そんな俺に洗濯要員だった人がこれも食えと、干し肉や果実を代わる代わる持ってくる。


「あの、もう食べられないです。」


 流石に十人以上続くと食べきれない。

 半日でかなり歓迎される状態になっている。

 午後は門の外にも天幕があるそうでそちらに行くように頼まれる。医師の方で既に外に出る手続きが済まされていた。

 昼前と違い丁寧に手を引かれて町の外に出る。天幕はわかりやすいところに2つあり、どちらの町中のものより大きい。重症者がこちらは多い様だ。洗い物の桶も大きい。俺を引率して来た洗濯係が精密機械を扱う様に持ち上げ、モップを桶につけて掻き混ぜる。その結果は午前と変わらない。恐らく緊急事態の鐘の後から働き詰めだったであろう洗濯要員達が一斉に気を緩めたのを感じた。

 干すための場所が無くなり俺は慌ただしい現場から少し離れたところで休むように言われた。

 腹が満ちている事もあり襲ってくる眠気に抗えずちょうど良い倒木に腰掛けてうたた寝をしてしまう。

 目が覚めたのは近くで何やら作業する声と物音がしたからだ。気が付くと布に包まれた荷物が置かれ、男がその横で何かを待っている様子だ。さらに、目線を遠く向けるとその荷物はかなり先から幾つも並べられている。そこに筆記具を持った男がやってくる。布の中身を検めながら何かを記録していく。

 ちらりと見えた布の中身。今回の緊急事態での被害者、犠牲者だ。

 あまり気分の良いものではない。その場を離れようと立ち上がり、そこで今検められている布の中身が見えてしまった。

 見慣れた赤いクセ毛。

 血の気が引くとはこういう感覚か。前世から通して初めて味わったかもしれない。何かの間違いだろう。駆け寄って確かめたいの足が上手く動かない。それでも近寄ると亡骸を検める男達の会話が聞こえる。


「ギルド証があるなギャザ、女性。討伐隊の参加者か」

「今回襲われた村に知り合いが居らしくてな。救助されたか中に居ないってんで一人で突っ込んでこの有り様だ。」

「それで、次が村の人間か」

「ギャザと同じ場所にあった死体だ。知り合いだろう。」

「そうかい、そりゃ残念だな。」


 言いながら次の布が開かれる。怖がって逃げるか目を閉じれば良かったのに、それが出来なかった。布の中には見覚えのある男の顔があった。

 町の外で知っている顔などほんの僅かだ。見覚えは無いのに知っている。森で僕を一人待たせて、それからずっと迎えに来てくれるのを待っていた顔だ。


「おおい、こいつも一緒に確認してくれ、こんなになっても夫婦は隣に置くべきだろ。」


 もう一人、布を抱えた男がやってきて荷物を降ろす。直ぐに布は開かれやはり記憶にある女性の顔だ。


「赤毛の姉ちゃんも助から無かったか。やけにこの夫婦を気にしてたけど。」


 運んで来た男が言いながら僕に目を留める。町では見かけない顔だ。男と目が合う。少し考えるような素振りをして足元にある物を見て僕を再度見つめる。


「ああ、子供がこんなとこに。早くしまえ見せるもんじゃない。」


 記録を付けている男が口にする。そこからはよく覚えていない。何も聞こえない。




 子供が居ることに気がついた町の男はそれが今し方死体を確認した赤毛の女が拾って来て気にかけていた子供だと気が付く。

 女の死体を運んで来た来た村の生存者は足元の男女が数年前に口減らしの為に捨てさせられた子供だと気が付く。


 子供は口は固く結んだまま、視線は虚ろでとても正気とは思えない有り様だった。記録を付ける男は次の仕事へとその場を離れたが、残された二人は何も言えずに立ち尽くした。

 子供の心配をして探しにきた洗濯要員に声をかけられるとようやく言葉を交わす。互いに子供について知る事を話す。それを聞かされた洗濯要員は青い顔で繰り返し事実か確認する。

 子供は報せを受けて迎えに来た奴隷商に抱き抱えられて運ばれていった。


 その日以来、町で競売にかかる予定のユニークスキル持ちの奴隷の話は新しい情報が無くなった。

 まるで音沙汰が無くなった事とその時期に町の付近で魔物の群れが現れて犠牲者も多く出た事からそれを追及する者も現れなかった。

 そして季節は巡る。

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