第44話 モップ2

 いやぁ、驚きだぜ。新たな人生の開始早々にこんな事になるとは。全力で記憶を巡らせる。前世でなくこの人生の最近の記憶だ。

 両親が食事してるのを見た記憶がないな。活気が無く荒れた村と思われる場所。やつれた母と思われる女性。家の外から聞こえる言葉。断片的なものから現状を判断する。

 貧しい村で食料も不足。子供を作るなと村の取り決めがあるも、生まれてしまった自分。隠して育てるも限界があり、口減らしのために森の奥に置き去りと。

 ええ、俺まだこちらの世界での名前もわからないのだけど。童話みたいにここまでの目印に目立つ石とか落として来てないし。


「お菓子の家は流石に無いよな。」


 よし、じゃあ俺は今日からヘンゼルだ。落ち込みそうな気持ちを振るい立たせる。


「俺は強い。野生動物なんて目じゃないぜ。でも村に戻ると、きっと誰も喜ばない。」


 切り株から立ち上がり夜空を見上げる。

 地面を蹴り高く飛ぶ。比喩でもなく辺の木よりも高く。周囲を見渡す。暗い中にも月明かりて星の光で見えるものがある。集中して再度跳ぶ。篝火。恐らく俺の産まれた村。それとは別に遠く光では無く暗闇に立ち上る煙。火が見えない。恐らく人口物がある。煙突的な何かだ。ならば向かうはそちらだ。

 目的地を決めて歩き出す。夜の森の中。か弱く見える子供一人。冒険の一歩を踏み出した。


 それでまあ、森を歩いた訳だけどキッツいなこれ。靴なんて無くて布を足に巻いただけだし、粗末な貫頭衣だし、前世の装備は着れないし。

 ただ、3歳程度の子供にしては並外れた身体能力と持久力で進み続けた。幸いな事に危険な動物には遭遇しなかった。目的の場所には付く前に夜は明けた。明るくなった所で、森は途切れ轍の跡もある道に出た。恐らく昨夜、この道沿いで野営した者がおり、その煙を見たのだ。


「この道を行けば、どこに通ずるものか。行けば判るさってなぁ。」


 道沿いに村とは離れるように歩く。空腹はポイントを消費して無視する。腹は減ったままだが栄養の代わりをポイントが補って飢えはしない。ひたすら空腹なだけだ。しんどいが歩ける。体は動くのだ。骨と皮だけの様な身体でも動いてしまうのだ。

 途中で前世の記憶にある食べられる野草に似た草を見かけた時は迷わず口にする。不味いけれど衝動が止まらない。やがて森を抜け開けた場所に出る。遠く高い壁が見える。人の住む町だ。ここが俺の新たな故郷になるのだ。気が抜けて道の脇に座り込む。

 一度座ると身体が疲れを自覚して動けない。めまいがして仰向けに寝転ぶ。青い空がきれいだ。猛烈な眠気に意識が途絶える。



気がつくと青い空は見えなくなっていた。


「見知らぬ天井だ。」


 メニュー画面を確認。メニューは実際の視野の外に表示されている。他人には当然見えない。

 取り敢えず状態は悪く無い。空腹による悪影響をポイント消費が抑えている。しかし、消費がこころなしか早くなっている。何となくこの世界の法則的なものがわかってきた。人間は生産したポイントがある限り致命傷になっても死なないのだろう。そうしたものを含めた生命力としてHPみたいな表現に落ち着く。

 自分は数値化迄しているが、恐らくそこまで詳細では無いが、量の増減や保有量を測る道具はありそうだ。

 テンプレの凄い能力が露見する展開はあり得る。

 身体を起す。目眩がするもポイントが消費されて治まる。まだ生産量の方が多いけど、このままだと遠からず消費が上回って死ぬだろう。

 床に惹かれた蓙に直接寝かされ、草を編んだ布をかけられていた。体が冷えている。寒気がする。

 ゆっくりと立ち上がり部屋の中を見渡す。狭い。3畳あるか無いかくらいだろう。ドアが一つ。木の壁に囲われているが隙間から外が見える。外からの光を見るに夜ではない。木の床の上を歩きドアに手を掛ける。鍵はかかっていない。

 部屋の外に出る。部屋からでて直ぐに玄関だ。土間か?床が土になる。視線を泳がせると生活感のある部屋だ。玄関から一段上がり木の床の部屋。台所等もないワンルーム。机代わりの木箱と寝台があるだけ。部屋の奥の窓辺に肉らしいものが吊るされている。

 後でドアが開く音。


「おわっと!アンタ起きたのかい。」


  かすれた様な低い声。振り返り視線を上げると立っていたのは女だ。中年に差し掛かる年頃で記憶にある両親よりも筋肉質だ。背は低い。胸の膨らみが女性と判断する。


「起きたんなら善は急げだね。死んでなくて良かったよ。食いな」


 差し出されたのはパンらしい物と渋い味の水。酒を薄めたものだろう。言われるままに食事をして休む間もなく手を引かれて外へ連れ出される。

 外は町だ。少なくとも村よりは人が居て建物があって。食事の影響か、ポイントの消費も緩やかになっている。

 手を引かれるままに進んだ先にあったのは、かなり大きめの建物。変な匂いがする。


 中に入ると左右を大きな檻が並び中には人が繋がれている。

 凄いぞ遂にこの筆者の作品で奴隷商の店舗に入る主人公が現れた。スタンド使いの奴は奴隷を手に入れはしてるが奴隷商には行ってないからな。


「ギャザが、そのガキが話してた拾いものか?」

「そうだよ。この状態でも死なず起き上がってきた。これは絶対ギフト持ちだよ。」

「調べりゃ判るさ。だが何も無ければ高くは買わんぞ。まだ3年も生きて無さそうだし、仕込めば売れそうだから値はつけてやるがな。」


 店主らしい男とここへ俺を連れてきた女、ギャザの話を聞きながら成り行きに身を任せる。

 成る程、やっぱりポイントの生産量の多い人間は窮地でもポイント消費で生き残りやすい。それはこの世界の人間の共通認識。そして、ポイント生産量が多いと能力的にもスキル等を得やすい。それをギフトと呼んでいる感じかな。

 スキルとかは普通にあるんだよな多分。その辺の区別はどうなっているのか。


 男が何か道具を取り出す。歪な金属板だ。何や模様があるが、途切れている様に見える。


「知っての通り、迷宮産の魔道具だ。壊れて機能は失われているが、使用者の魔力量やギフトの有無を判断出来る。その年でこいつが反応する魔力があるなら魔法系のギフト持ちで間違い無いだろう。」


 差し出されたそれに触れる。成る程、魔力や資源のポイントを使って起動する道具らしい。この世界の人が作った物では無さそうだ。資源に反応している。魔力と資源で反応が違う。仄かな発光と振動があるが、光り方と震え方が違う。


「おいおい、ギャザ!本当に拾って来たのか?攫ってきたの間違いじゃねえよな?」

「拾ったんだよ。証人もいる。それで反応があるって事はギフト持ちだろう。約束通り払って貰うよ。」

「良いだろう。魔法系のギフトの他にもまだ持ってるみたいだしな。ほれ、約束の額だ。」

「へへ、ありがとよ。」


 硬貨が入っているであろう袋を受取り、ギャザの表情が緩む。そして機嫌良さそうに俺の頭を撫でる。


「ここなら悪い様にはしないと思うよ。後はアンタ次第だ。頑張んな。」

「ありぃ」


 ありがとうと言おうとしたが声が上手く出なかった。それでも礼を言おうとしてのが伝わってのが表情で解る。


「ああ、どういたしまして。」


 驚いた表情で困った様な瞳で見下される。

 それからギャザは店主と少し言葉を交わして俺は奴隷商の下に残された。

 店舗の奥部屋に連れて行かれる。奥の部屋にも奴隷が居たが店舗の表に出ている者と比べて、不健康そうだ。そんな中で奥の小さな檻に入れられる。隣の檻には犬に似た獣、反対側は壁だ。


「暫くはそこがお前のこと部屋だ。落ち着いたら他の奴らと同じ檻に入れてやる。」


 そう言って店主は去っていった。

 一人残された檻の中で座る。

 暗い部屋の中で他の奴隷たちの息遣いが聞こえる。ヒソヒソと話す声もある。暫くし呆然としてふと我にかえる。我に返ってしまう。

 これは違う。違うんだ。前世の記憶と言ってもそれは夢で見た景色か子守唄代わりに聞いたおとぎ話だ。

 今の自分は親に捨てられた3歳にもならない子供だ。怖くて不安で寂しくて。ギャザにありがとうと言えなかったのは、喉の調子や体調が悪いからでは無い。あれ以上喋ると嗚咽が出るのを我慢できないからだ。

 膝を抱え目から溢れる涙と嗚咽を抑えようとするも止められない。ただひたすらに両親が恋しい。それしか考えられなかった。



 手にした臨時収入に顔を緩ませながらギャザは自宅に戻る。玄関横の小部屋。物置用だが、独り身で特に生活用品以外は持っていない彼女には使い道の無かった部屋。そこに寝かせた子供の事を考える。

 町の外で仕事をして、仲間との帰り道、町の門が見える所で行き倒れていた子供。最初は死体だと思った。痩せ細り生きている様には見えなかった。

 町の近くでは滅多に見ないが、近隣の農村では口減らしに子供を森に捨てる事がある。獣か魔物に食われて死体も残らないのが常だが極稀に生き残り街道まで辿り着きそこで息絶える者がいる。

 ギャザも話は聞いていたが見るのは初めてだった。

 こうした死体は未練が強く魔物化して起き上がると危険な事が多い。見つけたら適切に埋葬する習わしだ。

 だから仲間と近寄った。そして、僅かに動く胸と痒そうに顔を顰めるのを見た。薄い茶色の髪、細い目の隙間からちらりと見えた濃紺の瞳。

 外傷が無いとはいえ、死んでもおかしくない状態で生きている。彼女の人生経験で思い当たる事があり、この子供は特別だと感じた。

 だから仲間に回収して奴隷商に売ることを提案した。

 仲間はもう助からないと思っていたらしく、ギャザが後始末もするならと了承した。

 そして、彼女の思惑通り子供は生き延び金に変わった。

 店を去るとき自分に礼を言おうとして言葉を止めた時の子供の顔が浮かんてくる。あれは状況を察している顔だ。

 恐らく親に捨てられ、そして自分に再度捨てられた。そう感じて、言葉と共に気持ちを押し殺したのだ。

 その晩は金を使う気にもならずよく眠れなかった。

 2日後、晴れない気持ちを断ち切る為に今一度、奴隷商の店を訪問する。


「何だ?また攫ってきたのか?」

「攫って無いって言ってるだろ。」

「ならどうした。お前が欲しがりそうな商品は無いぞ。」

「商品、買い戻すのも良いか」

「言っとくがあのガキならお前に渡した額では売らんぞ。」

「何でだい?まさかもう買い手が?」

「仕入れ値でそのまま商品を売ったら儲けが出ないだろうか。買い手なんぞつくか。夜泣きもするようなガキが。まだ商品にもならん。」

「夜泣きしてるのかい。」

「あの位の歳の商品にはよくある。今はペスの横に置いているよ。」


 ペスは以前店の番犬として買われていた犬の魔物だ。今は衰えて店の奥の檻に引き籠もっている。愛そうが良くて人懐こく番犬としては落第だったが入荷したての商品と檻を並べたり一緒にいれると、商品が大人しくなるので重用されていた。

 夜泣きの話を聞き、何を思ったか店主に何を言ったか良くは覚えていない。

 ただ、あの子供にもう一度会いたくなった。特別に金を払って合わせて貰う。

 泣き腫らした目蓋と、かすれて泣き声も出ない喉。二日前とは別人の様に憔悴している。

 ギャザに気がついた子供が視線を向けてくる。檻の隙間から手を入れて頭を撫でてやる。

 撫でるに腕に子供が手を掛ける頭を押し付ける様に力を加える。


「ごめんな、アタシにゃあんたの世話は出来ないんだ。でもここの店主は商品を丁寧に扱う奴だ。きっと良い主人を見つけてくれるさ。だからアンタも頑張んなよ。」


 無責任な励ましなのは解っている。それでも何か言葉をかけたかった。

 それから数日おきに店を訪ね子供の様子を見た。夜泣きは治まった様で食事も取っているそうだ。店主はギフトについては教えてくれなかったが、どうやら良い商品らしく、今後は教育も視野に入れているらしい。5年後には目玉商品として競売にかけるつもりだそうな。

 その時には本当に今生の分かれになるかもしれない。

 それもギャザは初めてでは無い。一人でいる理由を思い返し感傷的になりながらも、数日おきに店には通った。子供の成長を見守るように。

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