第39話 テンプレ9

 ありがちな凄く強い仲間を手軽に引き入れる展開があった翌日。

 王都の学園では授業が始まっていた。最初の3年間は共通の授業。

 4年目からの2年は選択式で、進路も視野に学び、人によっては論文等も作る。貴族同士の繋がり等もその中で作っていく。授業は教室や校庭で行われる。その辺は代わり映えしない。

 決まった時間割で授業を受けて、合間に食堂や談話室しにて過ごす。

 まぁ、談話室の多い事。使える談話室の場所や広さで格差がある。

 そこでは諸先輩方が過去の資料等を見せてくれて、効率的な予習の場でもあると共に、有望な後輩を引き込む社交の場でもある。

 成績を評価されているアベルは当然ながら上位の談話室に招待される。

 王都の省庁にて官僚として務める様な親を持つ、アベルからすれば格上貴族の集まる談話室だ。

 過去の授業の資料等が本棚に纏められている。学園では飛び級が可能だ。授業成績は単位取得型なので、講師に申請し単位試験を受けれ合格すれば授業は免除となる。試験に求められる成績は期末試験で優を取るより厳しいが、そうして単位を先行して取ることで、4年目を待たずに研究に遷る事が出来る。

 そんな説明を演奏の授業が免除された報告を受けながら担任から教わった。それはある意味、とても悲しい報せであった。


「何にも単位をとって飛び級する事だけが華でもない。空いた時間に書や詩文を嗜み、娯楽に耽るのも良いだろう。みたまえ、最近では市井ではこの様な書がひろまっている。」


 そう話しながら先輩が見せてくれた書籍。流行りの小説らしい。編纂者がオクタビア先生の名前だ。


「君達の師であるオクタビア女史がこの様な小説を作っていたと知っているかな?」


 アベルが首を横に振る。


「そうだろう。ここに呼ばれたのだ是非読んでいく事をすすめるよ。教養等を学ぶ教本としても良い出来栄えだ。こうした大衆文化的知識さえも組み込む。君達の師は素晴らしい方だよ。」


 家庭教師の傍らこんな事もしていたんだなぁ。

 そう思いながら、アベルが読むページを後ろから覗き込む。振り返ったアベルと目が合う。


「どうした?読めない文字でもあった?」

「いや、そうでなくて。まあいいやセクトも少し読んでみろ。」


 そう言われ冒頭と少しと最初の書き出しを読み。少し目眩を覚える。

 目を離し、フュンチルに回す。彼女は何も思わないのか読み進めているのが目の動きでわかる。



「これ、手直しされてるけど、セクトの手紙が基だろ。」


 アベルが耳打ちする。やっぱりそう思うか。今度あった時に聞いておこう。

 わざわざ自分を作者とせずに編纂者として名前を出しているのは多分そういう事だ。僕の手紙の内容を知っているのは目を通しているクーゴ様とアベル、そして家族達を除けば先生だけだ。いつから作業していたのだろう。


「この談話室には先日出たばかりの最新6巻まである。気に入ったら何時でも来てくれたまえ。」


 そんな事もありつつ、いくつか談話室を周り、忙しい休み時間を過ごした。

 授業内容自体はついていけない程高度でも無いので、今ままで通りの勉強で済みそうだ。このあたり、少し知識チートを使っているので後に解説回を入れたい。


 帰宅し、夕食時にルルマさんにオクタビア先生の書籍について質問すると、すると彼女が複写しているのがまさにその書だという。オクタビア先生からもらった現在8巻の清書中。7巻はまだ発売の為の数が揃って居ないらしく、他の複写家の作業待ちらしい。


「きっと貴方達もモチーフの一部なのでしょうね。その内、身に覚えのある話が出るかもしれないわよ。」

「そう言われると、何だか読むのが気恥ずかしいですね。」


 フュンチルが恥じらう。これは手紙の内容は少し配慮が必要かもしれない。オクタビア先生は恐らく過去の生徒との出来事なども混ぜてモデルをぼかしている。

 しかし、少なくとも談話室で読んだ部分は僕の手紙を基に作っているのが明白だった。

 かと言って妹への手紙を減らすつもりは無いし、今の形式で書いて送るつもりだ。

 取り扱いにより注意である。


 そして、お待ちかねの夜である。寝室に戻り転位魔法を使う。レイオットとイヴがそれに付き従う。彼らに再会できた事は他の転移場所への期待を高める。

 今夜の転移先は妖精の輪だ。何か素敵な出会いが待っている気がする。


 転移が発動し景色が変化する。

 視界が赤く染まり激痛が全身を襲う


 キユイイイ!


 イヴの金切り声と共に痛みが消える。


「え、何?」


 理由もわからずその場にへたり込む。周囲は赤く染まっている。イヴの障壁がその赤い物と自分を隔てている。

 記憶にある妖精の輪とまるで景色が違う。


「これは、瘴気とも違う濃密な穢れの気が辺りを埋め尽していますね。」

「レイオットはどうなってるか判るの?」

「私もこの世界とは異なりますが、魔界で産まれた存在ですので、こうした景色は故郷のソレに近いです。それにしても、これは人の世の景色なのですよね。」


 イヴも怯えたような声で僕に寄り添ってくる。

 本当に周囲が異様だ。視線を自分の腕に向けて爛れている事に気が付く。恐らくイヴの障壁が無ければ赤い物に触れて体は溶け落ちるだろう。回復魔法を使う。傷が癒えて周囲に魔力が漂うのを感じる。


「うわ、なんだコレ。ここには全く魔力が無い。」


 大気中に当たり前に存在する魔力。それを取り込み再利用するのが法術なのだが、その為の魔力がこの場所には全く無い。


「どうやら、全てこの赤い瘴気に変換されているようです。転移魔法で放出された物を変換している様ですね。」


 レイオットの感性が鋭い。種族的なものだろうか。


 イヴの障壁に包まれたまま、レイオットの示す方に進む。そして、魔力の発生源に辿り着く。

 そこにあったのは地面に刺さる棒状の金属とそれにもたれるような形の石像だ。


「これは、妖精の死体か?」

「妖精ですか?」

「うん、確か妖精は死ぬ時に肉体的な滅びは無くて、思考を停止して無機物になるって。強い妖精の死体は魔力を生み出し続ける宝石になる。」

「この場所で転位魔法を、発動し続けるだけの存在にされているようですね。」


 誰が何の目的でこんな事をしたのかはわからない。ただこの場所にあった妖精達の住処が滅ぼされた事実だけは理解できた。

 眼の前の石像。大きさとしては成人女性くらいだ。形状も女性的な人型。酸性雨で溶けた銅像を思い出す。表情は見られない。大きさから恐らくこの場所で最も強い力を持っていた妖精。生物のメスの形を取っていることから、他の妖精を生み出す母なる個体。女王だった者だろう。金属の棒は剣だった物だろう。

 この現象から仲間を守ろうと立ち向かい敗れたのだろうか。


「この場所を何とかしてあげたいな。死んでからも利用され続けて見ていられないよ。」

「イヴの障壁であの石像、その妖精の死体を包み転移の魔力がそこから外に出なければ、この赤い瘴気が増える事は止められるでしょう。それかもっと根本的には瘴気を浄化し魔力を瘴気に変える原因を見つけて、それを止めれば。私ならこの瘴気中を動けます。任せて貰えますか。」


 レイオットに任せる。それとは別にこれ以上亡骸を傷める気もしないのでイヴに石像を守る障壁を出させる。


 暫くしてレイオットが戻ってきた。斬り裂かれた禍々しい物を持っていた。血で塗り固められた毛玉の様に見えた。


「後は魔法で、法術ではなく魔法により瘴気を対消滅させましょう。正しい浄化はわかりませんので二度手間になりますが、瘴気を消してから場を清めるのが確実かと。」


 そんなわけで、ここで魔法を限界まで使う事になった。初歩の少ない消費の魔法ではまるで瘴気に効果が無く強力な物でようやく僅かな効果が見られた。これは気長な作業になりそうだ。

 魔力を使い切り休んでは魔力を使う。休む間はフルートを演奏してみる。魔法のフルートで場を清める効果がある訳では無いが、なんか良い効果がある気がする。気力の回復は実際早い。魔力回復の任意スキルを使える。

 暫く他の場所への転移は無しだな。


「こんな場所で死体迄利用されて、せめてこの場所をもとの状態に戻してやらないと。弔いもしてやれないよ。」


 この場所を守る為に戦ったであろう亡骸に声をかける。まさかこんな事になっているとは。他にも前世の記憶と変わっている場所はあるのだろうか?

 そして、そもそも誰が何の目的でこんな事をしたのか。転移した途端に肌を焼いた痛みを思う。恐らく僕の身体だから、痛みとちょっとした腕の怪我で済んだ。アベルやフュンチル、妹を同行させていたら、あの程度では済まなかったろうし、咄嗟にイヴが障壁を張り守ってくれたから僕もあの程度で済んだのだ。

 この件は犯人やその目的が判からないと、この先平穏に過ごす事はできないと思わせる程に僕に危機感を与えた。

 頼もしい仲間が先に加わって居て本当に幸運だった。この先の事は本当に慎重にならなければいけない。

 こんな事をした犯人がどこで何を企んでいるかわからないのだ。

 妖精の輪で行った事を、この王都や家族の住むスタトで為さられたらと考えると、不安と共に怒りが湧いてくる。


 僕を転生させた神様は、端的に侵略性外来種として、移入先の環境破壊を願われた。成る程、現環境。あんな危険な物が人知れず発生している状況を望み通り破壊してやろうじゃあ無いか。


 そんな自分の産まれた意味についても考えると切欠となる夜であった。



 大袈裟な感想は横において、本当に予想外の危険なので対応を考えないと行けないが、これと言って思いつく対応がない。

 妖精の輪についてこちらの世界の認識ではお伽噺に出て来る、妖精達の住処であり、所在地不明で存在すら疑われている。そんな場所に恐らく攻め入った者がいる。

 個人か組織かは不明。だが、応戦に妖精の女王が武装して臨んでいる。少なくとも妖精達に隠れて侵食するような手段は用いて居ないだろう。

 考えられるのは転移による電撃戦か、はたまた移動する妖精の輪を待伏せたか。

 レイオットが見付けて破壊した瘴気の発生源はその残骸はイヴが飲み込んだ。破壊を司るイヴの中に取り込まれたものは、その本来の性能や形質を維持出来ない。危険物なら安全に処理出来る。

 一先ず安心なのたが、もう少し調べてから処理するべきだった。


「では、今後は私がスタトですか?セクト様の家族の周りや王都の外で、妖精の輪襲撃に関わっていそうな者や、あの瘴気について調査と可能なら未然に阻止するという事でよろしいですか?」

「お願いするよ。イヴの能力を使えば何時でも僕の下へは戻れるし連絡もつくしね。」

「その様ですね。それにイヴの防御能力なら、悔しいですが、私がそばに居ても出来ることは無いようですし。」

「そんな事ない。例の赤い瘴気の中をレイオットが動けたから状況は好転したんだ。君は昔から頼もしい仲間だよ。」

「ありがたいお言葉です。セクト様は安心して勉学に励んで下さい。」



 そんなやり取りをして影の中に消えるレイオット。

 これはイヴの能力だ。宇宙すら飲み込む無の空間。世界の破壊を司るとはその闇を司る事でもある。影を通して新たな創成の為の世界を創る。裏世界とも呼べるその空間を介して、影から影へ瞬間移動をしたり、影から中の空間へ物を収納出来る。

 ありがちなアイテムボックス的な能力だ。転移能力と合わせてイヴの能力は本格的にやばい。ゲーム内では戦闘でしかその能力を認識感じられなかったが、よくよく思い返すとゲームのストーリーで根幹をなす世界改変の為の存在である。作中で行われた事は中々に大事だ。雑に使っても世界征服が出来そうだ。

 そうなると、勇者として学年にいるケブレ家の勇者君が派遣されて来るのかな?

 そういえば、レイオットは悪魔っぽい姿で出て行ったけど平気だろうか?

 多分平気だ。彼は元のゲームでは人に化けて国を混乱させていた魔物だったな。きっと外では人に化けているだろう。


 転移に関しての出来事はこの辺で一度収まった。下手に出来るからと転移しても、安全は保証されないのが解ったからね。イヴやレイオットと先に合流出来ていたから良いものの、この世界はまだ未知の危険があるのだ。

 僕だけで無く、周りの人の安全を考ええるなら、あまり大きく動かない方が良いだろう。幸いな事に頼もしい仲間が増えた。僕はあくまで学生として活動し、他の事はレイオットに任せよう。

 僕とは無関係の他人として外で動けるのはとても大きい。彼の活躍に期待しよう。

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