第37話 テンプレ7

 王都にミルニート家が用意したのは、少し古めの屋敷だった。

 基本的に学生寮には入らずここから学園に通う様だ。ミルニート家が仕えるグッラスの領主の別宅とのこと。王立学園への入学と言うことで快く貸してくれたそうだ。世話役に使用人が数人と、領主から自宅での学習の為の教官が派遣された。この教官、ルルマという女性だが、オクタビア先生の教え子とのこと。

 普段は書籍の複写を生業にしているとか。印刷技術の発達していない文明らしい仕事である。

 本業の傍ら家庭教師としても知られているそうで、領主からの信頼も厚く。なによりオクタビア先生が指名と言うことで、王都での僕達の身元の保証人である。

 この人の信用は教師としての実績から名誉貴族になっている事からも伝わるだろう。

 そんな聞いているだけでも頭が固くなりそうな人物だ。そんな人に連れられて社交界デビューも済ませた。最初の会食に出席するまではアベルの両親も王都に滞在していた。

 田舎貴族の倅が社交界デビューするだけなのに、思いの外規模の大きな会食で、何故か王立学園の学園長迄出席していた。

 緊張しつつも習った作法に則り、そつなく挨拶をこなす。僕が最初に挨拶をして続いてフュンチルでアベルがとりだ。

 身振りは僕の真似で良いので、アベルは緊張無く振る舞っていた。フュンチルも緊張を上手く乗りこなしていた。

 挨拶の後で親達の歓談について周りは挨拶をする中で耳にしたが、国内の初等教育での学年末試験の内容は共通であり、試験結果はそのまま国内の同年代の子供の学力を表す物になるそうだ。

 成る程、2年と3年の試験で全科目満点をとり首席で卒業した貴族の息子が今年は居ますね。

 全国共通試験ということで一定の成績を残すのはまだしも満点は取れない問題難易度になっているらしく、二年連続で満点を取ったのは国の歴史上でも希少となる。

 最近だと、数十年前に宰相を務めた人物が3年連続満点だったという。

 その人物は当時、領土を巡る政治的な闘争が隣国と起きている中、現在の領土を守るどころか相手の国土を奪う事までしてのけたそうだ。

 過去の偉人の話は無くとも、来年からの高等科新入生で現状学力最優秀と目されるわけだ。社交の場での注目度は高い。そして、アベルの傭兵登録等の我儘が許されるわけである。

 少なくとも成績という形で結果を出しているのだ。多少のヤンチャは目を瞑るだろう。


「私の学業での成績など、これからの高等科の中では途上の物にてあり。何より今の成績も恩師たるオクタビア先生が紹介してくれた友があり、彼と共に競い研鑽した結果に過ぎません。」


 そろそろ会食も終わろうという頃に締めの挨拶を振られたアベルが何か言い出した。


「この多才な友人には、あまり知られて居ない特技がまだありまして、この会の終わりに皆様に彼をより知ってもらおうと思います。」


 そうして僕を呼び込み衆目に曝す。


「偶に家の夕食もやっていたように、何か演奏してくれ。」


 小声で命令してくるアベル。その意図は解る。


「同じ成績なのに俺ばかり目立つのも不公平だしな。」


 なんて言いながら注目をこちらにも向けて、自分に向く視線を少しでも減らしたいのだろう。そこ汲んであげよう。


 アベルの合図で会食の演奏をしていた者達が手を止める。ここはしっかり目立っておこう。虚空に光の粒子が現れ、集まり、手慣れたフルートの形を取る。夜の野外で限られた明かりの中ではさぞかし眼を引く光景だろう。

 ゆっくりと口元にあてて、奏でる。

 テンポの遅いよく知られた民謡だ。それ故に技量がわかりやすい。知っている曲だからこそ、違いがわかりやすい。普段の夕食での演奏とは異なる厳かな空気を余さず演奏に内包させる。

 一曲終えて会場の静寂を確認してから二曲はこちらも有名な行進曲。テンポは早めで単純に演奏にも技量が要る。

 前世の様な演奏技術的な発展も無い世界だ。今まで習った事と思い出せる知識を合わせた演奏を、規格外の身体で行う。楽器の演奏は趣味として他の何よりうちこんだ。

 そんな理由からこの世界でも既にそれなりな水準にある筈だ。


 演奏を終えて一礼。静まり返る会場でアベルだけが手を叩いて歓声を上げる。それに釣られるように他の会食参加者達が続く。

 その盛り上がりの中で会場は終わり、ルルマさんに連れられて会場を後にした。


「よくやったセクト、これで社交の場での第一歩は済んだ。」

「そうだね、顔見せの印象としては悪くないと思うよ。でも、目立ちすぎて色々とお誘いが来て忙しくなるかもよ。」

「馬鹿だな、初等科の考査内容が全国共通だった時点で目立っていたし、どのみち忙しくなっていたさ。」


 何やらアベルには考えがある様だ。


「前にセクトが蜜の作り方を見せた時に、他の貴族との都合で無かった事にされたろ?あれと感覚は近いかな。」


 今回の会食に王立学園の学園長や関係者が来ていた事を知り、自分達が学者や教育機関から注目されていると予想。そこで普段から聞いている、既に並外れた腕前の付き人の演奏を披露させる。


「学者と芸術家って肌が合わない人は本当に駄目らしい。これからそうした相手からの勧誘を大人達は頭を悩ませなければならないのさ。」

「私達は学問に専念させるために、最低限の参加にしたいと言い訳もつければ、その辺の言い訳は楽そうね。」


 フュンチルがアベル考えに補足する。大きく目立つ事で大人達を疲弊させて、こちらに振られる面倒を減らさせる作戦だったようだ。


「そんな事をしなくても、成績に支障が出ないよう、催しへの参加は最低限するように言われていますよ。」

「ええ、そういうのは先に言ってよ先生。兄さん達が初等科を出た時は勉強より会食優先で大変だったて聞いてたから考えてたのに。」

「学年末試験で満点を取り王立学園の推薦を得られていたなら、お兄様達も同じ様に参加は控えられていたでしょう。本当に聞いていた通りてすね。」


 ルルマ先生はアベルをどのようにオクタビア先生から聞いているのか。


 こうしたアベルの思惑は思った通りの成果を出せなかったが、その参加する会食では挨拶して回る事は少なく、会の中程で紹介を受け、僕が演奏するという流れが出来上がり、事前に聞かされていた会食よりも気楽な物が多くなった。

 矢面に立つ僕は、演奏を好きに出来るので普通に楽しいし、張り合いも出来て良い刺激になる。

 社交の場の参入は順調な滑り出しと言えた。


 最初の会食に出ていたアベルの両親は当初の予定通り帰っていった。

 そして、王都の屋敷にはルルマ先生を筆頭に使用人と警備の人間が残った。

 今が最も屋内で人目の少ない時である。

よし

 転移魔法を試そう。


 意識を集中する。体内から魔力が溢れてくる。脳裏に転移先が思い浮かぶ。

 へえ、こんな感覚なんだ。上手く説明出来ないが、転移先に障害物があったらとか、そういう危惧は要らない。なんかこう上手く出来てる。ゲームでの仕様も納得だけど、現実だとこんな風になるのか。

 時間とかそういう物に干渉する属性なのだなぁ。感覚として時間を停止、正確には停止と変わらないくらい遅くして、その中で魔力を動力に移動する感じか。その際に時間に先立って物理的影響も消えて結果のみ残る感覚。

 その間の自分の記憶も残らない。

 あまり人が使って良い魔法では無いな。自分の存在が元より外の異界から来た存在だから耐えられるが、この世界の魂が使うと深刻な認識障害になりそう。これはそういう魔法だ。

 過去の歴史でも使おうとして大事故になった記録があるけど、原因はそのあたりだな。制御不能だ。生まれたばかりの子供を風呂桶に沈めたらどうなるか、本質的には同じだ。引き起こされて目に見える被害が桁違いなだけで。

 一度でも潜水経験があれば無事に浮上する可能性も増す。

 そういうものだった。

 まぁ、使えるのはわかった。

 転移先は今は誰も使っていない過去の自室。

 記憶のままだ。埃も積もっていない。手入れされているのだ。僕がいつ戻っても平気な様に。何だろう。少しホームシックになる。


「だあれ?」


 気が付くと部屋の戸が開き眠そうな妹が中を覗き込んできた。


「にいただ、おかえり」


 トテトテと形容したくなる足取りで僕抱きつく。


「只今、ちょっと帰ってきたよ。」


 二歳を待たずに家を出て、それ以来会って無いのに家族だと伝わるのか。


「にいたまきいて、ユイねぇ、にいたまのお手紙読める様になったの。」

「それは凄いなユイは良い子だね。」

「そう、ユイ良い子なの。せんせーにもほめられてんだ。それでね、大きくなったらフュンチルさまみたいなできるじょしになるの。」


 言いながら眠ってしまったそのまま僕の部屋の布団に寝かせる。

 手紙に書いた物語を理解できる程に成長したらしい。物語中のフュンチルは、口数少ないクールな少女だ。格好良い系に盛って居たが妹のユイはそんな手紙の中のフュンチルがお気に入りのようだ。

 僕の布団で眠る妹の顔に名残惜しい物を感じながら、転移で王都に戻る。

 手応えとしては、四、五人なら安定して飛べる。ゲームはフィールド移動用の馬車とかも一緒に転移してきたが、そういうのはまだ無理そうだな。

 行ける場所は、一度訪れた場所か何らかの魔力的ランドマークのある場所なら飛べる。感じたランドマークの場所は後で確認しよう。一つは霊峰バダックで間違い無い。他のも同規模の迷宮だろうか。国内であの規模の迷宮は他に知らない。もし未発見の物なら大事だ。

 翌朝、僕の部屋で眠っている妹が見つかり、本人から兄と会っていたの発言もあり、手紙の頻度を増やすか、帰る頻度増やせないかミルニート家に要望が出て、手紙の頻度が増えることになった。


 そんな実験を数度繰り返してから。何度か妹と王都の屋敷や、バダックの学園に転移したりして来ている。夢の中での事は内緒だよと言い含めて、手紙にもそう書いた。一緒に伝えた合言葉と共に。それ以降妹は兄と会ったとは言わなくなるなり、手紙を心待ちにする様になったらしい。

 それから何やら日記をつけているとか。


 そんな後でようやくアベルに転移魔法について話す。先ずはフュンチルの目を盗む。

 夕食後のちょっとした時間。以前から眠くなる迄、何をするでもなく3人で過ごし、眠くなったら寝室へ行く。そんな時間。

 二人で先に寝ると言いアベルの寝室へ。

 そのまま、転位魔法について話し、実際に飛ぶ。行き先はスタトの家の自室だ。

 そこには妹のユイが待機しており、覚えたての礼でアベルを迎えた。

 アベルも礼を返し、夢での出会いを楽しみ、直ぐに帰る。


「成る程、コレはフュンチルにも、というか基本的に誰にも言いたくないな。子供の俺でも知れれば面倒になるのは解る。よく打ち明けてくれた。」

「話の解る主人で僕も助かるよ。妹に初めて転位した時に偶々見られてしまってね。でも極力隠したい。」

「妹さんは、もう少し大きくなったらしっかり説明が要るな。こういうのは一人で隠し通すより、知る人間を限定して少数の管理徹底が良いんだ。」

「フュンチルに隠すのはを気が引けるけどね。」

「そうだな。その辺も上手く合わせていこう。いつかは話すだろうが、今はやめておこう。一番知られたく無いのは大人達だ。この手の情報を大人達は隠せない。」

「特に貴族は探り合い監視され合ってるからね。」

「そういう事だ。俺が独り立ち出来るまでは隠したい。」

「上手い利用法を考えておいてくれ。」


 アベルは未だに迷宮攻略を諦めていない。しかし、現在の学業成績を維持する限り危険な行いは周囲の大人が全力で止めるだろう。

 成績優良とひろまってしまったので、これを落とせば親達や教師の信用にも関わる。そういう信用は迷宮を攻略したからと簡単に取り戻せる物でもない。信用の種類が違うのだ。

 転位魔法はそんな単純に選択肢を増やす。

 お忍びで街に出て迷宮に向かう等も出来てしまう。

 活用する為にも情報の管理は大切だ。


 今後の計画を彼と考えるのは楽しみだ。


 転位魔法の全てをアベルに話した訳では無い。

 色々と気になる場所も見つかっている。

 物理的に広がった世界をこれから楽しんでいこう。

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