第36話 テンプレ6

 知識チートをしたい。

 そう思った。

 現在の所は転生した意義が作品内で反映されている所は自分の精神面だけてある。それも対して長けては居ない。

 折角ステータス的な物が上昇し昔学んだ事を鮮明に思い出せる肉体だというのにこちらの世界の勉強と新たな趣味にかまけて転生者のテンプレをする事をサボっていた。これは良く無い。

 3年生となり、そこそこ生活にも余裕が出来たこともあり、そんな考えが頭を過ぎった。

 異世界転生のトレンドといえばボードゲームや甘味である。

 ボードゲームは作ってから遊ぶとは思えないので後回しだな。

 

 というわけで甘味だ。

 簡単に言うが、砂糖なんてのは量産が始まる迄は高級品だったし、サトウキビの代替作物なんて産業革命の頃から出てきた、謂わば工業製品。

 基本的に大規模な産地と品種や生産工程の改良あっての品だ。こちらの世界のサトウキビに相当する作物を育てたりはしない。

 別に砂糖に拘る必要は無いのだ。要はデンプンを糖化させて濃縮すれば良い。

 おじさんの子供の頃には体験学習でジャガイモから水飴を作るってのがあったんだな。

 今のオツムなら当時の事が鮮明に思い出せる。


「それで、いつもの法術理論の話ではなく草刈りを始めた理由は何なんだ?」

「こればっかりは試して見ないと上手くいくか判らないから。アベル様は見てるだけでも構いませんよ。」

「構わん、庭の草刈りなら庭師を黙らせれば怒られる事もあるまい。お前の考えに乗るぞ。」


 男子二人で楽しく庭の隅の草刈りに勤しむ姿をフュンチルは呆れた顔で見ている。手や服が土で汚れるのを彼女は嫌って参加しない。


 前置きで色々と話したが、要は甘味に関して思い付いたことがあるから試すだけだ。

 というのも、学園の方でも敷地内の草刈りが行われ、刈り取られた草が積まれているのを目にした。その中に草だけでなく地中の根を掘り出している物もあった。庭師に聞いてみると、地下の根っこに栄養を貯めて居るから、上の草だけかってもまた生えてくるのだとか。

 そうして掘り出された根っ子だか地下茎だか正確にはわからなかったが、それがまぁ、太かった。そして断面が前世のじゃがいもを思い起こさせた。ヨウ素塗れば青く染まりそうな見た目をしていたのだ。

 調べてみたら飼料として使われるが、人の食用にはされていない様だった。


 上の草を刈り、地下に伸びる茎を掴む。


「アベル様、法術をお願いします。」

「地面を波打たせるやつだな。いくぞアースウェイブ。」


 アベルの手から放たれた術が地面を揺らし土を耕す。そして柔らかくなった土の中から目当ての太い根っこを引き抜いた。

 見た所かなり太い。同じ事を繰り返して5本の根っ子が集まる。

 皮を向き鍋に入る大きさに折る。刃物の使用は大人の目に付くのでしない。

 鍋は捨てる予定の古い鍋を拝借した。

 法術で出した水を同じく法術の火で熱する。灰汁をよく取る。中の根っ子が細い繊維状になり解れたので取り出す。

 少し冷めた所で刈った草の中から噛むと辛い味のする物を選び中にいれる。大根の葉っぱの代わりだ。これで糖化が始まる。

 このまま蓋をして一晩温度を保ったまま静置する。火の加減はアベルの法術に任せる。

 黙らせた庭師に誰かが鍋に触れないようする事をアベルが命じてその日はお開きだ。

 翌朝、一番に鍋の下へ来て様子を見る。

 温度は問題無し。手を入れられる適度のぬるま湯だ。

 かき混ぜると昨日との違いが判る。DEXとか高いのはこういう所にも反映されているのだろう。入れていた葉っぱを取り出す。

 合流したアベルに火を強めて貰い煮立たせる。

 かき混ぜながら鍋の中の水嵩が減り粘り気が出て来る。ここまで来れば成功したのは一目瞭然だ。水飴の完成である。

アベルとフュンチルだけでなく庭師の男も興味深そうに鍋の中身を見つめている。


「じゃあ、毒見をお願い。」


 そんな庭師の男に小匙で掬った水飴を差し出す。

 男は少し躊躇ったものの意を決し、匙を口に含みそうして表情が無くなる。


「味は問題無さそうだね。後は貴方が明日になっても腹を下していなければ大丈夫だ。」


 鍋を火から下ろして手早く保存用の小瓶に移す。魔法の小瓶で中身がカビたり傷みにくくなる道具だ。屋敷の食器棚の中で使われていなかった物を拝借して来た。瓶に移し終えて鍋を洗って残っていた物をすてる。庭師が何か慌てた様子でそれを見ていた。味は本当に問題なさそうだな。


「鍋はまた使うかもしれないから、お前が預かってくれ。」


 アベルがそう頼むと力強く首を縦に振ってくれた。

 さて、このまだ仄かに温かい小瓶だが、明日になれば学園の授業があるので直ぐに食べるのは難しいだろう。夜中に食べて虫歯になるのも嫌だし。


「おい、どこに持っていくんだよ厨房に隠しても見つかるって。」

「寧ろ隠さず、渡してしまおうかと。上手く出来たみたいだし。」

「本当にあんなやり方で良いの?とても人が食べるものを作ってる様には見えなかったけど。平民の感覚ってわからないな。」


 期待の大きいアベルと懐疑的なフュンチル。食べた時の反応が楽しみである。


 そんなわけで、勇んで厨房に小瓶を持って行く。


 今日の屋敷付きの料理人が毒物確認の魔道具を使い安全性を確認。そんな物があったのか。

 問題無しと判断され一口含んだ料理人が、庭師同様に動きを止める。

 その隙にアベルが小瓶をひったくり一口含む。毒物じゃないと確認されたからと急ぎ過ぎだ。


「おお、スッゲー、甘いぞコレ。」


 叫ぶアベルに差し出された小瓶から僕とフュンチルもひと掬い。


 んん、確かに甘い。こっちの世界に来て一、二を争う甘さだ。屋敷の料理で偶にデザートに出て来る果物よりは間違いなく甘い。

 だが同時に記憶にある水飴よりも雑味が多いし、匂いも土臭いというか植物の茎を噛むような匂いが混じっている。灰汁抜きとかが不十分だったかなあ。

 フュンチルの様子は、ああ、固まってるな。

 二口目を食べようとしたアベルからフュンチルが小瓶を奪い、正気に戻った料理人が更に小瓶を取り上げる。


「坊っちゃん達、こいつを何処で?いやそれよりクーゴ様を呼んできてくれ。」


 なんだか張り詰めた様子で使用人に指示を出す。

 その空気にアベルもフュンチルも何処か不安気な様子になるのだった。


 その後、屋敷の食堂にてクーゴ様とオクタビア先生も立ち会っての聞き取りが行われた。

 嫌疑は他所の家から高価な甘味を盗んだ、あるいは無断で高価な甘味を購入したというものだ。

 そんな事が疑われるほどに深刻な味だった様だ。アベルか反発的な態度でセクトがやったんだと主張し、フュンチルもセクトが言い出した事ですと主張する。

 その言い方だと僕が下手人の様になるなぁ。

 取り敢えず庭師にも来てもらい、昨日から行ってきた事と、自室にある糖化に関する情報の資料を使って、原理を説明して行く。

 成功したら作り方を伝えておやつ等に役立ててもらう為の資料だったが、身の潔白を示す為に使う事になるとは。


「それで、セクトは麦を噛んでいると甘く感じる事から着想を得て、この植物学の資料、作者は聞いたことも無いな。誰だ。」

「他国から身を受けた学者ですね。連邦の小国の王族だと言われていた人物かと。北方で植物の根を調理して食べる文化も聞いたことがあります。」


 クーゴ様にオクタビア先生が補足する。先生は流石だな。無名な学者の事も知っている。


「兎に角、煮出した草から蜜を作る実験をして、その成果がこれと。」

「その通りです。」

「セクトを疑う前に作って見てよ兄さん。俺も手伝うからさ。」


 作るのに関与した為にアベルが乗り気だ。

 一先ず屋敷の会計を確認しつつ、僕の理論の再検証が行われる事となった。なんか思った反応と違う。結論としては再現の結果と明日、クーゴ様が学園の方と別途聞き取りをして判断するとの事。


 今回の事はオオカミ少年的な逸話として手紙に纏めようと思った。


 翌日、夕食の場にて料理人監修の水飴の試食が行われた。

 それによりも嫌疑は晴れたものの、水飴作成に至る資料の破棄を命じられた。

 理由に関しては、甘味を取り扱う貴族との政治的な問題らしい。

 端的にいうと、甘味の扱いで財を成している貴族の秘伝に近いものらしい。

 その貴族は王家とも親しく外交的な発言力もある為、刺激したくないそうだ。


「セクトは今後何か試す時は、私かオクタビア女史に事前に報告する事。それだけ守ってくれるなら、変わらずに勉学に励むと良い。今回の発見は本来なら大きく称賛されて然るべきだ。街に拡がる我が家の噂も、もはや事実と言えるな。」


 クーゴ様の言葉に素直に頭を下げる。


「アベルはセクトをそそのかして黙って実験させるなよ。それからこの水飴を勝手に作るのも禁止だ。今、父上に相談を上げているが結論が来るまで管理は私の預かりとする。」


 アベルの講義の声を聞き流しながらクーゴ様が宣言し水飴作成は幕を閉じた。


「材料も作り方もわかってるんだし、学園内で作ろうぜ、それならクーゴ兄様にもバレないだろ。」

「アベル、学内で作って他の子に知られたらそれこそ駄目な話だよ。」

「そっかぁ、美味いのになぁ。」


 アベルが残念そうに口をすぼめる。無言だがフュンチルはもっと残念そうだ。


「でも凄いな勉強って。」


 何気なくアベルが呟く。彼の学習意欲の向上に寄与出来たなら良しとするか。

 そんな事件もありつつ、程々に波風を立てながら3年目も無事に終了した。最後の試験の成績は二年目と変わらず。フュンチルは少し順位と総合得点に上昇があった。

 そして、そのままグッラスの街で傭兵登録をするつもりだった矢先に

 王立学園の推薦が出ている事を知らされた。貴族の子息にとって最も名誉ある事であり、この推薦を断る選択肢は無い。

 そして、それは高等教育が始まる迄の1年で社交界に顔を出し、王都の学園に通えるように生活の場を移す必要に迫られる。

 王都の学園寮に入るか、都内に住むか。そうなると学生の身の上で傭兵登録し合間を見て迷宮に入るなどと言うことは難しくなる。

 そして、王立学園を卒業出きたならそれは立派な学歴だ。危険な迷宮攻略で功績を挙げなくても世間からの評価は高くなる。

 王都で文官として職につくも良し戻って役職を貰うも良しだ。

 ミルニート家は実質迷宮攻略の功績を不要にする事で、アベルが危険に踏み入るのを止めるつもりだ。


「俺はどうしたら良いんだ。」


 一丁前に苦悩して見せているが、大人しく卒業してついでに釣り合った身分の貴族令嬢を恋仲になって親を安心させてやれ。仕事とかは一緒に苦労してやるから。


「なんか他人事って顔してるが、セクトも家に帰れないんだからな。もう妹さんと離れて何年だ?」


 どうやら本格的に転移魔法を練習する必要がありそうだ。


 色々とあったが、許可は貰ったので傭兵登録だ。

 登録はミルニート家のお膝元、ターレスの街で行う。

 グッラスで初等科を首席で卒業した貴族の子息一行の登録である。お供の一人は同じく成績優良だった上に名機攻略で名誉貴族に任じられた家の者だ。

 傭兵ギルドととしても、到底雑に扱える話ではない。

 子供相手とは思えない程、丁寧で敬々しい態度で迎えられた。


 大人達は非常に友好的だったが、気分が良くないのは同年代の子供達だ。貴族だからとチヤホヤされてと子供らしい妬みの視線が向けられる。それに対してフュンチルが本当に不愉快そうな視線で睨み返していた。

 テンプレのならず者?子供が見習いの登録しにきた時に絡む大人とかいるわけ無いだろ。正気か?

 魔法やスキル持ちということで評価が高いのもこの世界では当たり前の事でいちいち口を挟むことは無い。

 ここで登録しても、直ぐに王都の方に移り住むから、仮に見習いの業務をするとしてもそっちのギルドでになるんだよなぁ。

 約束通りに傭兵ギルドへの登録が済まされた翌日、王都へ向かう馬車に乗りこむのだった。

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