第34話 テンプレ4

初等教育3年目、最高学年となる。とはいえ他学年との交流は少ない。部活や校内大会の様な物があるわけでも無いので、偶に合同の授業で顔を合わせる程度だ。

 それでも、同じ通学路でよく顔を合わせる程度の相手は覚えている。

 先に卒業した先輩方は高等教育迄の1年の間に社交界デビューしたり、成績不振だったものは留年して勉強に励む者も居たり。

 高等教育から学年を跨ぐ交流も増え、その縁での就職なり、伴侶を得たりと人間関係は本番となる。

 そう考えると、初等教育の最終学年はまだ気楽な立場だ。


「卒業したら、迷宮の探索隊に入る為、傭兵登録するぞ。フュンチルとセクトもそのつもりでいろ。」

「仰せのままに。」


 意欲に燃えるアベルに気の無い返事を返す。フュンチルは無言で頷く。彼は既に大人に敷かれたレールに従う気は薄い様だ。


「先日、父上からの手紙が来て中身を覗く事が出来た。ターレスとスタトの間に迷宮の口が開いたらしい。」

「それは、セクトも気になるの話では?」


 フュンチルの言葉に同意する。


「スタトの近くに出来たと聞いてはたしかに穏やかじゃないね。」

「霊峰バダックの魔力が中から感知されているらしい。距離を考えるとかなり地下で成長してきた物と思われる。領主様も我家もこの迷宮は閉じる方向で一致している。」


 霊峰バダック。国内で複数の領地を跨いで存在する秀峰だ。

 その実態は山岳型の巨大迷宮である。その領域内に入れば平野にそびえる姿は打って変わり、外からは認識できない山脈となる。そして、内部の至るところから視認できる山頂、迷宮内の最高峰への到達者は未だに居ない。

 山林型の迷宮内に無数の洞窟型迷宮を持ち、現在も成長し巨大化を続ける国内どころか世界最高の難易度を誇る大迷宮である。

 時折、その洞窟型迷宮から横分かれした入口が迷宮の外部に現れる。放置すればそこから周囲の迷宮化が進行するが、同時に多くの資源をもたらす存在だ。扱いは権力者に委ねられる。

 スタト付近まで来ているとなると横穴はかなりの規模となる。危険な魔物もそこから湧いて出てくるだろう。

 領主はこの横穴を閉じる決定をしたようだ。

 そこで傭兵の出番だ。

 テンプレで言うなら、この迷宮攻略に挑む物を冒険者と呼ぶこともある。こうした迷宮攻略を主として雇われる傭兵も存在しているわけだ。

 自分の父も、祖父もそうした傭兵を生業としてきた。

 迷宮の攻略は故郷の安全と領主の意志、そして自分の好奇心から非常に気になる話題である。初等教育を終えた頃には年齢としては見習いとして傭兵に登録出来る。


 何にせよそのあたりも卒業してからだ。


 学園の初等科3年目になり、一つ予想外だったのは妹が学園に入学しなかった事だ。僕の場合はアベルのお付きとして特別待遇だったようだ。

 定期的にオクタビア先生が村を訪ね教育してくれているが、妹にも多くの事を学び知って欲しい。これは僕の勝手な願いでお節介だ。

 幸いにして、僕には転生時にチートと言える身体能力を得ている。物覚えが凄く良い。なので短い期間に考えた。何か妹にさらなる教養を身に着けさせる手立ては無いものかと。

 そこで考えたのは普段書いている手紙を利用した方法だ。

 いつもは日常生活を少し盛って書いた物だが、それに加えて教材になる物を書こう。

 前世でも歴史を題材にした小説から歴史に詳しくなる者はいた。

 簡単に言えば歴史小説を書いて送る。それもちゃんと学園で学んだ歴史を踏襲しつつ、王家や偉人の話に当時の学者の研究や有名な詩文等を載せるように。

 勉学に励みながらそうした物を作れたのは、娯楽が少なく時間のある文明水準であったのと、知能的だけでなく体力的にもチートで優れていたからだろう。寝る間も惜しみ、月明かりどころか星明かりの下で筆を進めた、

 3年目、3回目の手紙の返事は父や母からも暗に続きを求められ、より筆は進んだ。学園やミルニート別邸にある資料を読み漁り、歴史的な順序を整理し主に王家の人間の偉業とその時代を生きた在野の偉人達との物語として落とし込んていく。

 そのあたりの手法は前世に数多あった歴史モノの記憶を参考にさせてもらった。義兄弟とかそんな話に少し盛って。

 私事としてはそんな所だ。

 3年目の授業は二年目の発展系だ。続けていると代わり映えはしないが決して飽きることは無い。

 法術も大分腕が磨かれてきた。


「セクトさんは相変わらずですね。」


 声をかけてきたのは同じ学年の少年。名前をヒイロ。ミルニートと隣り合う土地を任された貴族の息子、その共として在学する人物。僕やフュンチルと近い立場の人間だ。

 現在、ヒイロの主人のクリムはアベルと二人組で法術の授業を受けており、僕は彼と組んでいる。

 それなりに交友関係は学内で作れているが、一番は親しいのは彼等だろう。

 貴族として親同士も親しくしている為、成り行きの側面もある。



「相変わらずか、普段どう見えているかな。」

「入学したときとからずっと優秀な生徒では無いですか。ミルニートの家は三男迄は家を継がせる為に地位と物を与えて、与える物が無い四男には人を与えたと。そう聞いております。」

「確かに父も母も、ミルニート様とは友誼もあるみたいで、その縁でのこうしているのは確かだね。」

「十五年前でしたか?ミルニート当主の迷宮攻略は。それなりの信頼があるのでしょうね。」

「名誉貴族に推挙してくれ位だからね。僕も感謝しているよ。」


 会話をしながら体内に取り込んだ魔力を光の珠にして掌から放出する。


「学年で光の法術を会得したのは国内で君を含めて3人のと聞いています。君は他にもいくつか会得していますね。」

「いくつかというか、同時に体得出来る属性は全部発現出来るよ。魔法を使える者なら珍しい事でもないよ。実際他の光の法術体得者もそうらしいし。」


 法術の属性は理論上すべての属性を人は持っているが、適性が個々に異なり今のように光の珠を出すのが精一杯であったり、巨大な火柱を作れ足りと様々だ。

 また、属性には相性もあり、同時に体得するのが困難な物もある。前世のゲームでも火を体得すると水の術は全て失うといったシステムであった。

 自分のキャラがどんな術を覚えていたかを思い出し、練習していたら他の人より効率良く伸びただけだ。

 そして、前世の術と迄は行かない物の覚えていない術も属性を視認できる程度には発現させられた。それだけのことである。


「セクトさんの成果はそれに伴う努力が垣間見えますからね。」

「図書室で読書しているのは、努力とは違うと思うよ。」

「それだけでなく、この法術の授業も既に課題は済ませて出席は免除されているのに出席している。」

「それは必要だからしてるだけだよ。」

「それはアベル様の迷宮探索の為ですね。セクト様となら成果は約束されたような物ですし。」

「そんなに甘くはないよ。」


 周囲からはアベルが公言仕出した迷宮攻略に向けて、僕もまた親の様に今度は正式な貴族位を得るために励んている。そのように思われている。

 その面も無くはないが、本音とは少し異なる。

 二年目の中頃にフュンチルが能力判定を受けた。

 その結果、彼女には魔法もスキルも無い事が判明している。父親のスキルは受け継がれなかった様だ。

 これもよくある話で、魔法やスキルを持たない平民相手には子に受け継がれない事もある。

 それ故に貴族は貴族同士での婚姻を当然の物と考えている。

 フュンチルの判定結果から彼女は法術に入れ込んでいる。身の回りの世話をするための知識や技術は母から教わり、年相応以上のものがあるのに、彼女はそれに満足しない。

 アベルの力に成ろうと常に己を磨いている。そんな彼女の学外での鍛錬に付き合い、可能なら何らかの助力になれないかと、自分自身も法術を磨いている。その為に全属性の発現も試していた。

 そして、それらの結果で得られた知見は纏めて簡略化して妹への手紙に綴る。

 楽しみに読んでくれている手紙がそのまま教材となるように。

 そして、この教材はフュンチルにも流用する。彼女は僕が直接教えても、それを受け入れられない。僕はあくまでアベルの共をする名誉貴族の息子で平民なのだ。

 書いた内容はアベルにも話す。フュンチルのいる前で。こういう記述や事例があるからアベルもやれば何か得られるのではないか、自分もそれでこの術の体得に繋がった等とアベルに報告する。

 アベルは安全の為に自分以外でも僕のやり方を試させる。法術に関してなら当然に身近なフュンチルにもだ。

 一見無駄な一手間だが、こうした回り道が何事にも必要なのだ。

 機械でも同じだ。動力の伝導効率だけを考えても部品が耐えきれなければ壊れて不良品と変わらない。それなら緩衝用部品を挟み負荷を分散、軽減して方が良い。

 本人の努力も相まって、彼女の法術の成績は良い。魔法もスキルも持たない身の上で、他の貴族の生徒達と並んでいる。これは並大抵の事ではない。努力出来る才能と努力を物に出来る才能。それを兼ね備えた本物の傑物である証拠だ。

 こちらに対して下に見た態度でお世辞にも褒められた態度では無いが些細な事である。そうした彼女の努力家な一面を間近にいる分よく見て取れる。転生でチートを貰い楽に過ごしている自分からすれば、おさないながらに既に尊敬できる人間性を備えた淑女だ。多少態度が悪い程度でどうして嫌うことが出来よう。彼女の努力は報われるべきだ。

 そう強く願うからこそ、より勉学にはげめるというもなだ。



 ある日、朝食の席で授業が終わり次第、直ぐに帰宅する様にクーゴ様から伝えられた。

 卒業後の社交界デビューに向けた服の採寸等、所用があるそうだ。


 学園から戻ると既に採寸の準備は整えられていた。

 アベルの服は色々と手をかけた一点物になるのは分かるとして、彼に同行する機会がある僕とフュンチルも横に控えるに相応しい物が贈られるそうだ。

 採寸をされながら改めて自分の姿を確認する。

 まだ十歳に満たない子供だが将来の予想は出来る。

 自分は金髪碧眼の優男風だ。金髪の色合いは少し鈍い。整った顔立ちではあるが少し頼りない印象を受ける。何となく父譲りの顔立ちだ。

 対してアベルは明るい茶髪に同じ色の瞳。彫りの深い野性的な顔だ。こちらも父親譲りだな。本人の性格にも合っている。

 背は今のところ僕のほうが少し高い。と言ってもアベルの背が低いわけでもない同学年の中では平均位だ。

 フュンチルはそんなアベルより少し背が低い。髪の色はアベルと同じ髪の色と瞳だが顔立ちは母親に似ている。

 細めで切れ長な目は何処か冷たい印象に見える。それ以外の部分はアベルと、その父親と同じであり、一目で血縁を感じられる。特に前髪をかきあげたりすると、額の形や髪の生え際が全く同じで、頭頂部のつむじ付近だけを見比べたら、完全に一致している。

髪を伸ばし前髪で目元を隠せばアベルと見分けは付かないだろう。

 肌着になり色々と測られる。

 任意スキルを毎日使い慣らしているので歳の割に筋肉質だ。あまり日の目は見ないがスキルの効果を十全に活かす為に運動能力も高めている。学園では図書室に籠もる本の虫と思われているだろうか。


 身体測定を終えて部屋を出ると、同じく測定を終えたらしいフュンチルとはちあわせる。


「貴方の分も作って下さる事を感謝なさいよ。」

「それは勿論。本来は名誉貴族とはいえ国の認められた父が用意すべきもの、ミルニート様には生みの親同様の感謝と忠誠を持ってますとも。」

「わかってるなら良いわ。」


 こうした忠誠を確認する様なやり取りはいつもの事だ。アベルも最近までしていたが、学園の二年目からは頻度は減り、3年目にはまだ言われて居ない。代わりにフュンチルに聞いてくる様になった。アベルに代わり尋ねているのだ。彼女なりの家族への思いやりだ。

 そのままアベルの方の測定が終わるの待った。

 来年には社交界に出る。いまいちピンと来ない話だ。会食なりに出席する機会が増えるのだろうが、そうした経験が無いので少し不安だ。マナー等はオクタビア先生からお墨付きを得ているが、それでも知らない物は不安なのだ。

 先が思いやられる気持ちだ。会社のお偉いさんとの会食なんかは名刺渡して、仕事に絡む資格やら会報にあった論文の話で誤魔化せてた。

 参加者の一覧から論文の作者がいれば上司と挨拶しに周り、感想や書かれていない考察について質問していれば、瞬く間に時間は過ぎるし、話しきれなかったからと、次も呼ばれて話を聞くだけだ。

 しかし、子供の社交の場でそんなのは通じないだろう。この世界の流行等は調べていないし、調べ方もわからない。不安は募るばかりだ。


 それでも日常は止まらない。

 夏になり、暑くなると夏季休暇が始まる。この時期と冬季休暇に数日、スタトに戻り家族に直接会える。

 妹のユイは合うたびに大きくなる。僕のことはちゃんと覚えているので嬉しい。

 両親も学園での成績を褒めてくれる。

 概ね順調な人生だ。大きな事件とか試練とかは要らない。平穏に穏やかな時間を身近な人達と過ごせれば満足だ。迷宮の探索もアベルが程よい、安全な所で満足してくれることを願おう。

 チートのお陰で戦闘能力は高い筈だが、こんな物は使う機会が来ないに越したことは無いのだ。


 夏季休暇が終わりグッラスに戻る。

 休暇明けての最初の体育の授業で見慣れぬ人物が教師と共に現れた。体育とはいえ武術の訓練なわけだが、どうやら実際の傭兵を臨時教師に招き、活きた戦闘術を見せる趣旨の授業らしい。

 自己紹介を済ませたジークと名乗る傭兵が頭を下げる。こういう仕事を受けられる位だ、素行も良い人物なのだろう。


「セクト君、先生達が立ち会う前に、代表して君が一度相手をして貰いなさい。」


 教師から指名だ。貴族の子息に危険な模擬戦はさせられないし、その共の中で最も成績優秀なのは自分である。代表として出され打ちのめされる役目が回ってくるのは当然だ。


 訓練用の防具と木剣を持つ。相手は特に防具もつけず、同じく木剣を持ったまま構えもしない。

 互いに向き合い、こちらは構えを取るも成る程。実力差を感じる。それどころか、僕からは数歩間合いを詰めないと攻撃に入れないが、向こうは今でも一息に僕へ攻撃を届かせられる。守りに意識が向く。


「へえ、代表として出てくるからそれなりの子だろうとは思ったが、予想以上だな。」


 守りを意識したのが伝わった様だ。これは駄目だな。今の自分では守っていては何も出来ない。


「使えるモノは全部使って良いぞ。安心しろ。そういう訓練だ。」


 声と共に気配が変わる。何となくだが嫌な感じがする、それもどんどん濃くなる。任意スキルを使う。

 レイザーエッジ

 剣撃を飛ばすも簡単に打ち払われる。だが常態スキルの効果で一撃では終わらない。二度、三度、これも払われる。四度目で体が悲鳴を上げる。いつもならここで止める。

 しかし、今日は四度目と共に踏み込む。体重を前に向けて、躱されたら死に体となるような捨て身の五撃目。

 手応えは無い。眼の前に相手の姿も無く地面が跳ね上がり急速に迫ってくる。倒された。いつの間に。

 衝突を覚悟した瞬間に体が止まる、支えられて止められた。

 ジークさんが僕の肩を掴んでいる。


「ありがとうございます。参りました。」

「おう、お前さんも良かったぜ。将来が楽しみだ。」


 互いに離れて礼をして試合は終わる。

 そして学園の教師とジークの試合を見学する。

 スキルに依らない技術とその中でスキルを活かす戦い。

 何もかもが今の自分に足りないと理解できる現実の戦い。

 やはり危険な事は避けた方が身のためだと改めて思い直した経験だった。

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