第32話 テンプレ2

ミルニートの屋敷に行ってから、あれよあれよと話は進み、六歳の春にミルニート家の4男と共に領主の住まう都市の学園初等部に通う事が決定した。オクタビア先生の推薦あり。驚いた事にオクタビア先生は王族の家庭教師選考に名前が挙がった事もある講師だった。王族に職に関して名が知られるのはそれだけで功績だ。教育に関してはベタな貴族よりも発言力がある人だった。

 スタトの村に戻りその事が広まると警備兵達が祝ってくれた。冬には一度ミルニート家に預かられ領主の住まう都市、グッラスに移る。

 そんなわけで秋が過ぎれば家族と離れ離れだ。

 両親も村の警備隊の大人達も口々に素晴らしい事だと言っている。喜んで見せてくれる。その言葉に嘘は無い。1代限りの名誉貴族の息子が歩む進路としては理想的だ。誰もが夢想する人生設計の第一歩だ。だから喜ぶのだ。子供が余計な事を考えない様に。幸いな事に可愛い妹はまだ状況がわかって居らず大人と一緒に本心から喜んでくれている。

 ただ、前世の記憶のある身の上、何も思う所が無いわけ出は無い。


「皆が僕が居なくなる事を喜んでいる様で少し寂しいな。」


 講義中にふと呟いてしまった。


「何かおっしゃいましたか?」

「いえ、失礼しました。」


 誤魔化して勉強に集中する。

 講義の内容も基礎教養に加えて、能力判定が済んでから魔法や任意スキルについての授業が加わった。

 理を知り自己の能力開発に努める為の知識だ。僕は前世の知識で自分の能力について正確に把握しているが、他の人は違う。判定もすべてを詳らかにするものではないので、判定を基に自分の能力を探っていく。汎用性が高いものや、権威のあるものに関しては判別方法が普及している。そこから傾向も探っていける。

 ゲームでは魔法は付替え可能な物だった。プリセットの様な物があり、それをセットする枠の数はキャラ毎に固定。この枠は常時発動のスキル枠と共用だ。スキルに枠を回すと魔法の枠が減る。

 枠にいれるスキルの構成も枠ごとに容量がある。攻略用のスキルや魔法を付け替えて謎解きをする事もあるものゲームだった。

 ダンジョン攻略用にスキルと魔法の構成は仕上がっているが、現段階ではあまり活かせて居ない。回復魔法は例外たが、子供が勉強に励む中で強力な攻撃魔法等使えても何の役にも立たない。更に言うなら任意スキルや戦闘用スキルを使おうにも身体が付いていかない。もし同様の事が大規模な攻撃魔法で起きたなら自殺行為になるだろう。

 ただ、使えそうな魔法もある魔法の地図の魔法や一度行った地点に転移したりダンジョンから脱出する魔法。隠された罠を見つけたり透明な敵を可視化するスキルだ。スキルの方はステータスへの補正もあり付けていた。罠解除のスキルによる器用さへの補正は筆記に於いて、文字の綺麗さと書く速度に影響しているし、細かい身の熟し、つまり作法、所作を身に付けるうえで役に立っている気はする。

 転移魔法は試していない。理由としては使いこなせたら便利過ぎるからだ。

 オクタビア先生から学んだこの世界の技術では転移魔法は存在していない。つまり面倒事の種だ。いつかは使うがまだその時では無い。練習もしたいしね。

 そんなわけで、世界の情勢を学びつつどこまで出して良いのか、どう使うのか。そのあたりを探る必要もある。幸いな事に貴族の関係者という、高めの地位は維持できる見込みだ。ミルニート家に限らず、学校で他の貴族とも親交を持ち上手く取り入る事が出来れば安泰だろう。

 出来れば生まれの権威を傘に横暴な振る舞いをする奴の腰巾着になり、歯向かう奴を撃退する立場になりたいな。戦闘力を活かせるし、良い思いも出来るだろう。そういう奴の下で、少し真面目な態度でいれば、不良の善行が大きく評価されるように、楽に評価も得られるだろう。

 そんな方針を考えながら季節を過ごしていた。


 秋の風が付く頃には、僕は再びターレスの町を訪れていた。父が頭を下げて去っていく。

 これから冬の間はミルニートの屋敷の使用人の寮に住む。

 家を離れる事に不安は無い。前世も込で初めての事ではないし、ミルニートの屋敷にはオクタビア先生も居る。

 僕を気にかけてくれているのが判るので、本当に不安は無い。

 基本的にする事は、春から共に学園に通うことになる4男の付き人としての扱いになる。作法については既に合格を貰っているので、あまり新しく学ぶことはない。幼さもあって友人役も兼ねている。

 講義の為に屋敷に入る以外は庭か寮にいて、4男に付いて周るとき以外は、特に仕事もないので自由な振る舞いを許されている。

 もっとも、朝から夕方までついて回るのが大半で自由な時間は限られている。それでもまあ、そう言うのは慣れている。二十年近く同じ仕事を続けた記憶もある。小さな事に変化と感動を見出し飽きさせ無い心の持ちようは出来ている。


 そんなわけで新たな友人二人を紹介しよう。先程から話に挙げているミルニート4男アベル。その腹違いの妹であるフュンチル。

 二人共すんなり僕を受け入れてくれた。

 四男とその腹違いの妹。どちらも家督を継ぐ候補としては弱い。ミルニートの長男は既に成人しいくつか仕事も任されている。次男もその補佐や長男の身に良くない事が起きた時の為の備えはされている。三男も同様だ。町や村の運営を任されて、領主とのやり取りもある。表立って上との交渉には長男が出ているが、町の管理や警備、税の扱い等補佐的な権限を弟達が持ち、上手く支え合っている。

 少し歳の離れた四男はそうした中に入れず、今後の扱いは宙に浮いたままだ。比較的自由の身の上でもある。腹違いの妹はそもそも面倒な生まれだ。二人共アイマイな立場である。その点は親は貴族だが、その地位を継げない僕に近い将来への不安がある。

 足元の定まらない者同士、不思議な親近感が湧く。と言ってもアベル達は本当に年相応の子供だ。自分の様に中身が中年なわけでもない。学びへの意識は僕と違っていた。そのあたりのすれ違いで仲違いをしなかったのは幸運だった。


「所詮お前は1代限りの紛い物だ。せいぜい父上に良い子して見せるんだな」


 歳の割に難しい言葉を使うが、発音が怪しい。恐らく誰かの、僕に対する陰口を真似ているのだ。そんなアベルを何処か可愛く思った。そんなアベルにフュンチルは付いて回り、付き人の真似事をしている。恐らく母親の影響だろう。

 この二人についていくのは童心に帰れて気が楽だ。周りからどう見えているかはわからないが、悪態を受け流し、真面目な態度で付き従う僕にアベルは甘えているのがわかるし、アベル以上に立ち位置が不安定で息苦しそうなフュンチルは僕という下の立場の存在が現れた事で子供らしい無邪気さを発露出来ている様に見えた。

 この兄妹は生まれの立場から実父との繋がりが薄い。そこに内面が中年の自分が入る。

 悪くない均衡が取れる。

 そう、悪くないのだ。


 座学については僕が黙々と書き写しや計算練習をする様を見てアベル達もつまらなさそうな顔をしては居るが大人しく励む。

 作法については僕は手本となって振る舞う。女性用の所作もオクタビア先生を真似て居たら身に付き、こちらも手本としてフュンチルに見せている。

 武術の訓練は身体の出来ていない幼子に過度な物はさせられないと型の練習と素振りや打ち込みを適度にやるだけだ。スキルによる動きはゆっくりとなら再現出来るのがわかったので、神経を集中させて全身全霊をもってやっている。ゆっくりとした数度の素振りで汗だくに成る程に。アベルは作法の練習同様にそんな僕の動きを真似ている。

 指導してくれている教官は退役した軍人で町の警備の指揮をとる立場の人物だ。

 僕の練習姿とスキルの動きはその人の眼鏡に適ったようで、そのまま励みなさいと声をかけられた。

 指導で大きく変化したのは魔法に関する内容だ。

 今までは自己啓発というか適性を探る様な訓練が多かったが、ミルニート家にきて、改めて魔法の適性を調べられ回復魔法の所持が明らかにされた。傷を癒す魔法と毒などを除去する魔法。その有無を調べる手段がミルニート家には存在し、それにより僕の所持魔法が一部晒された。それからは所持が明らかになった魔法の習熟を計る訓練となっている。

 何となくだが、この魔法の所持によりアベルの側仕えとしての地位が固まった様にも感じた。そして、それは同時にアベルにこれ以上護衛等の労力を割かない事も意味している。

 人は問題児には世話を焼き愛情も深くなるが、手のかからない子供へは、安心感から無関心になる。聡い子供は察して敢えて悪く振る舞って見せる。アベルの僕への悪態はそんな感情によるものだ。僕が居るから誰にも気を向けられない寂しさ。それと同時に弱い立場で逆らわない僕への甘え。

 先にも述べたが決して悪い気はしないのだ。


 そしてもう一つ、実家とは異なる点。

 それは踊りや演奏の授業があることだ。実家には飾り物として壁に楽器がかけられているのを見ていたが、ミルニートの家では実際に触れて演奏する事が出来る。

 はっきり言おう。これは楽しい。

 この世界、テンプレナーロッパなので都合良く娯楽が少ない。大衆小説等も存在しない。冬の長い夜を過ごすなら楽器の練習が最適なのだ。身体の器用さと記憶力は高いので上達も早い。オクタビア先生のバイオリン、正確にはバイオリンに酷似した楽器の演奏に心打たれ、それ以来一番力を入れている。これに関しては本当に前世からの持ち込みが少なく、それ故に楽しい。

 潜在能力やステータスの上昇率が高い状態でレベル1からスタートという気分だ。練習用とはいえ楽器の手入れもあり、高価な楽器に触れる機会が少ない為、授業がいつも待ち遠しく感じている。

 この世界でも趣味が見つかりそうだ。


 ミルニートの屋敷に移り基節も冬を迎えた頃、父が定期連絡に来る際に家族への手紙を書くことを許可された。

 文字を書けるようになって良かったとこの時は実感した。

 あって直接話した父とは別に母と妹に宛てて手紙を書く。母には心配をミルニート家で良くしてもらっている事を、妹にはアベルとフュンチルとのやり取りや、ちょっとした悪戯の話を物語調にして書いて父に預ける。

 その返事は次の父の定期連絡の時に届けられた。母は心配が尽きない様子で、妹は僕からの手紙を両親に読み聞かせて貰い、おとぎ話を楽しむように何度も読み返して居るそうだ。再度父に手紙を預ける内容は以前と同じく母には近況報告、妹には近況を基にした3人の物語。

 妹が育ったらこれも普通の近況報告になるのだろう。大衆娯楽の少ない世界である。近くに居れない分、こうして離れていても楽しめる物を届けてやりたいというのは僕の独りよがりだ。


 話のネタは尽きない。ヤンチャなアベルは活動的でちょっと大げさに悪戯や散歩の事を書き、それに教訓じみた風味を添えれば完成だ。前世の童話等を知っている分、何となくそれっぽくする事が出来た。

 この手紙と演奏の授業が今の僕の趣味と言えるだろう。

 そうして、冬を過ごし春にはアベルが初等教育の為に学園に通い、それにフュンチルと共に付き従う事になる。

 学園は領主の住む街、グッラスにある。そちらのミルニート家別邸から学園に通うことになる。別邸には現在長男が住まい、ミルニート家の当主として仕事をしているそうだ。

 6歳から3年の初等教育。その後1年の間を開けて十歳から5年の高等教育。高等教育には平民も入試を経て入るという。テンプレ話なので勿論トラブルはあるだろう。貴族は初等教育からエスカレーター式に進学する。

現代日本でも体感できるが、高等教育以降の一般入試現役合格者とそれ以外の学生とで進学後素行は明確に違う。後者は明らかに気が緩んでいる。

 この世界、面倒だし世界の名前はテンプレにしとくか。今決めた。

 テンプレの世界でもその辺りの人間性は同じなようで、高等教育を受ける頃のエスカレーター式に進学してくる貴族の子息は大半が後者である。

 そんな先のことは考える事もなく、春からの新生活へ向けて生活環境の変化に富む季節を過ごした。

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