第26話 拳16

 それは3階層の地図を埋めている時の事だ。3階層から少し景色が変わってきた。人工的な石壁の迷宮だったのが天然の石の壁と、時折それを支えるような木材の柱。所々に掘り返された様な跡があり、廃坑を思わせる。

 出てくる魔物も変化する。ゴブリンは変わらずいるが、少し強い個体に加えて野生動物の様な魔物が増える。蛇や蝙蝠、大型の虫だ。

 ゴブリンは殴り倒せば良いが、蛇や虫のような的の小さい相手に拳や蹴りを見舞うのはいささが面倒だ。だが僕の武器は体術ばかりでは無い。魔法の出番である。今使うのは石の魔法だ。地形の影響なのか使い易い。僕の拳と同じくらいの大きさの石礫を魔法で生み出し発射する。急所に当たればゴブリン達でも一撃だ。体の小さい相手なら当たるだけで致命傷になる。1秒に5発位の速度で連射している。危なげなく攻略出来ている。この階層では魔法と体術を組み合わ方動きの機微を見ていこうと思う。

 そんな流れでこの階層では石の魔法を頻繁使っていた。すると頭の中で新たな魔術が使えるようになった感覚を覚えた。普段から頻繁に使っている水属性との複合属性、森や樹と呼ばれる属性の魔術を習得した。

 体内の異物や有害物質を除去する魔法による透析の様な魔術だ。解毒や病気の治療に使えそうだ。

 魔法によって体内の有害物質を分解して治療する魔術が火属性にあるが、それに近い。しかし、透析はかりかこの術は失った血液や欠損した骨も補修出来る。その代わり消費魔力が多いし、効果が現れるまで少し時間を要する。応急処置として使うには向かない。

 そして思う。恐らくこの術が本来の歯の治療等に使われる物だ。孤児一人奴隷として売り渡す額になるような。複合属性の術である為、使える者も限られるのだろう。使い所を気を付けないといけないな。取り敢えず後でキリに使って彼女の歯をきちんと治そう。


 3階層は先に進む階段までの道順以外はあまり探索が進んでいない。正確には領兵達が進行順路を開拓の為にある程度は調べているが、階段までの道以外は公開されていない。そこで探窟家や冒険者達が未開の場所を探索している。3階層はその最前線だ。

 そして、領兵に同行はしなかったが腕に自信のあるものは真っ直ぐに降りて5階にいる中ボスに挑んでいるわけだ。

 中ボスこと使徒と呼ばれる魔物。5階層の最奥、6階層へ進む階段の前室に発生する、同じ階層の魔物と比べて強力な魔物である。基本的には1階層から出た魔物の上位種が出ると聞く。複数の候補の中で何が出るかまではわからない。使徒との戦いに関しては色々と制約があるらしい。詳しいことは実際にみて確かめようと思う。

 3階層の特徴は壁が前までの階層と異なり人工的な石壁でなく、掘った穴という様子で、時々鉄を含んで居そうな見た目の石が埋もれて一部見えている用なところがある。

 こうした迷宮はその見た目の通りに鉱石が採掘できる。2階層迄の石壁は不思議な力に守られ、傷付けることは出来ないが、この階層は掘れる。そして、掘った先にも道があったりする。

 階段までの道もそうした箇所がある。泥炭の壁を掘ると階段につながるという情報は出ている。どういう仕組みなのかは不明だが掘った壁は時間の経過で埋まってしまう。逆に言うと時間をおけば資源が回復するわけだ。道の維持と資源の確保の為の人員が多い。その代わりこれ以外の人員が少ない階層でもある。

 基本的には外れの道は堀った先で魔物の群れにかち合うので、危険度が高い。その代わり安全な所だけ掘って戻る人が多い。

 そんな中で道場生達を見かける。ゴブリンの湧く部屋につながる壁を掘り、穴を維持している様だ。

 時折人目を避けてマップを見ては分霊に先行させて地形を確認する。もとからある道を一回りして、既に掘られた場所も確認する。

 何と無く、何かありそうだが手付かずの場所がある。ちょっと掘ってみようかと思う。石の魔法で土を掘り、分霊達で均していくのだ。

 入口から結構離れたとこらから掘っていく。掘った先から何が出て来ても良いように注意しながら掘り進める。

 掘り進んだ先には敵が待っていた。兜を被った明らかに体格の良いゴブリン。青竜刀の様な物を片手にもう片方には丸型盾。そしてそれに率いられたゴブリン達。短弓を持つ者、先端に火の燃える杖を持つもの。見るからに今でのゴブリンと格も練度も違う。群というより部隊だ。こういう場所に覚えはある。迷宮の仕様で罠の一種だ。だが同時にキャラ育成の為の稼ぎ場でもある。使徒のいるボス部屋同様、罠を凌げはお宝にもありつける。引き当てたのはたまたまだが好都合だ。数では負けているが、十体も居ない。分霊と連携すれば跳ね返せない不利ではない。

 1号が身軽に壁も足場に駆け回り、2号の杖が同じく縦横無尽に飛び回り相手を牽制。2号自身も前に出て拳を振るい、それに合わせて僕も魔術で攻撃しながら前に出る。

 上位種であろう兜のコブリン以外は呆気なく塵と消えた。

 残ったゴプリン相手に1号が襲い掛かる。不可視の相手に戸惑いながらも剣を振るう。気配などから1号の場所を把握しているようで、かなりの精度だ。しあし1号の速さは見えていても捉えきれないだろう。高速の打撃の連打が死角から浴びせられて、なすすべなく最後のゴブリンも倒れた。パワーは無いが手数で圧倒した。


 魔物が塵となり消えた後に床に残ったのは少し大きめな魔石。それと別の魔力を持った石だ。拾い上げてみる。透明度の低い曇った赤い石。触れると体温より少し暖かい熱を持っている。未加工の宝石と思われる。前世の記憶にあるぞ。武具に属性を付与したり出来る素材だ。多分だが杖を持ったゴブリンからの戦利品だろう。

 かなりのレアドロップだったと思う。マジックルビーとゲームで呼ばれていたアイテム原石であり、これを元にアイテムを作るのが主な用途だ。珍しいが国宝になるとかそういう物では無い。そこそこ裕福な一般家庭が持っていたり、する。前世の記憶だと自家用車位の感覚かなぁ。ちょっとお高めの。

 浅い階層で坑道の様な地形があり、この水準のドロップが稀にある。この迷宮はあたりだ。資源基地として公金を用いた開発が始まるだろう。恐らく早々に3階層が坑道で資源が採れる情報はマスマ町の商工会に流れて居たのだろう。だからその為の設備の設置も早かった。

 鉄や貴金属に限らず錫や亜鉛等の金属類や今動線の確保に掘られている泥炭といった資源が浅い階層で産出するのは大きい。こうした情報を店舗のミナークさんやリクに伝えるのも迷宮で得られる価値の一つだ。

 空き時間に潜っているとは言え、出来るだけ有意義に使いたいと思っている。

 

 翌日に掘った箇所に戻ると穴は途中迄埋まっていた。再度掘り進んでも部屋には誰も居らずそこからさらに掘り進める様子も無かった。3階層はこれだけ。見るところは見た。次の4階層へ。こちらも3階層と同様の地形で出現する魔物も変わらない。ただ、下りの階段への道で採取出来る物が泥炭から鉄を含んだ岩が混じりだしているそうだ。道の確保を兼ねた採掘もこちらの方が大掛かりになっている。

 階段に向かわない採掘された穴も盛んに採掘が行われている。採掘の指揮も領兵らしき装備の人が取っている。

 どうやら次階層の使徒を倒すと使えるようになる脱出用の転移魔法陣があるらしく、使徒を復活したそばから倒して、その転移魔法陣でもって採掘した物を外に運んでいる様だ。その為の使徒を倒し続ける人員として冒険者を使い倒している様だ。


「そこの君、冒険者だろ?ならここは良いから下に行ってくれ。今なら格上と組んで使徒に挑める良い機会だ。」


 使徒に挑む順番は人員を領兵と国の軍人が管理し、通常のギルドでは組まれない様な急場編成で兎に角使徒に挑ませて、倒せないにしても消耗させる。討伐時のドロップ品は一旦軍で回収した後に、ギルドを通して国から見合った報酬を支給する形にしている様だ。

 これが深い階層や、規模の小さく公的な管理の手が及ばない迷宮だと、その場の探窟家や冒険者者の管理に任され、独占されたり報酬の奪い合いで問題が起きるが、ここではそれが防がれ、若い冒険者でも経験を詰める良い環境が整っている。

 国の考えだと3階層、4階層の産出物で充分に利益が出ると解り、魔物からの産出物を餌に上手く冒険者達を制御しているつもりだ。

 5階層に降りると、そこには確かに人が多かった。階層の見た目は1階層と同じ石壁だが、迷路になっているわけでは無く、広間が並び合っている短い廊下の向こうに隣の部屋が見えている。そんな中央に特に大きな3つの広間が並び、その周りに小部屋、それを囲むように廊下が一周とその廊下にも小部屋が無数にある。

 中央の広間の、一番奥の部屋には使徒のいる部屋への入口とその奥には次の階層への階段と、外への転移魔法陣。

 階段から奥への最短路にはレールが引かれトロッコが上の階から運ばれて来た物を運搬している。

 その道を迂回して奥の部屋を覗く。廊下は結構広い。

 中央の3部屋の一番奥は使徒に挑む者の待機場所とトロッコから外への荷車の積み替え場所になっている。

 中央に面した部屋は領兵達の待機場所や荷物置き場。3部屋の真ん中は教会の人員による治療院になっている。

 一番上り階段に近い部屋でギルドの看板を立てた机と掲示板。使徒に挑む受付をしていた。

 眺めていると使徒の部屋の扉が開き、鉱石等を積んだ荷車が入って行く。中で何か積まれている様子もある。

 廊下の方に人が走り、しばらくして冒険者らしき人を引き連れて戻って来る。彼等は奥の部屋で装備を確認しながら臨戦態勢で待機している。

 中央の治療院で見知った顔を見かける。サリファさんだ。忙しそうなので声掛けはないでおく。

 ギルドの受付では予想通り使徒の部屋の順番待ちを管理していた。既に仲間と組んでいる場合と、即席の仲間と組ませる場合とで少し手続きと待機場所が異なる。

 受付した人員はギルドが把握し、指定の待機部屋に案内される。仲間がいるなら仲間と同じ部屋へ、居ないなら即席の人の集まる部屋へ。

 そして部屋毎に呼ばれて使徒に挑む様だ。

 試しに挑む事にする。

 指定されたり部屋には5人の恐らく国の軍人と思しき揃った装備の人員と3人の冒険者らしき若者が居た。 


 軍人らしき人の代表が入ってきた僕に自己紹介をしながら声を掛ける。やはり軍人だった。5人部隊で彼等が主に使徒と戦い、冒険者はその補助にあたる。使徒はこの階層までに出た魔物の上位種の姿で現れる、配下を伴って現れるので、その配下の相手を冒険者が受け持ち、余裕があれば味方を巻き込まないように攻撃に回る。

 大まかな配置等の説明を受けてやることを確認する。

 軍人の方は規律だった動きをする訓練をしているので、このタイミングなら冒険者側から周囲を巻き込む攻撃をしても問題無いと言うような説明があった。

 話を聞いているだけで軍人の練度の高さが解り勉強になる。

 4階で下に行くよう促されたのも納得だ。

 軍人からの話が終わり後は冒険者間での連携について取り決める様に言われ、先に居た3人に話しかける流れも作ってくれた。これ、人とのやり取りが苦手でも補助してくれてるのだと感じた。


「サグです。体術と石の魔術を使います。」

「ベイラーだ剣を使う」

「ジル。法術士だ。」

「ベッカです。剣と少し魔術が使えます。」


少年二人と少女のパーティ。

新たな迷宮の情報を聞き、一山当てようと出てきて者同士即席で組んだメンバーらしい。3人で他のパーティや今回の様に軍人と組んで使徒に挑んでいるそうだ。

 しばらく待機しているとギルドの人間が呼びに来て使徒の部屋の前で待機。そしてドアが開くと共に中へ足を踏み入れる。中にはコウモリの群とその中央に一回り大きな1つ目の個体。


「総員散開!!奴の視線に入るな」


 部隊長から声が出る。部屋に居たのはゴルゴンバットと呼ばれる魔物で、この部屋に出る使徒の中では外れだ。軍の調査時に死者を出した唯一の魔物であるそうだ。その特徴的な1つ目は魔眼であり、見るものの動きを止める。動きが止まる。瞬きも呼吸も心臓の鼓動さえ止めてしまう。配下のコウモリの群と共に縦横無尽に飛びりり、その曲視線を獲物からは離さない。危険な魔物だけ。

 集まって居る所をまとめて見つめられると危険だ。しかし、都合の良いことに奴には分霊が見えていない。それだけで勝ちを確信出来る。すると心にゆとりが生まれ冷静に立ち回れる。

 石の魔法で配下のコウモリたちを撃ち落とす。一発当たれば倒せるので楽なものだ。走りながら魔術を行使する。100は居そうな群を引き連れているが、こちらも秒に5匹落とせる。落ち着いて狙いを外さない。使徒の横を駆け抜け背面に回り込む。他のメンバーが散開するから僕だけ突っ込んでいく。視線だけ気を付ける。

 僕の行動は目を引くだろう。使徒の目線は僕を追いかける。他の仲間に背を向けるように。その好きを練度の高い軍人たちが見逃す筈もなく。一斉攻撃にかかり勝負はあっという間についてしまった。

 これで良い。生命のやり取りだ。相手に見せ場など与えずに一方的に勝つ。少なくともこの階層までなら、多少の油断はあっても切り抜けられる。それを体感できた。

 奥の部屋の転移魔法陣で迷宮の外に出て、迷宮入口の受付で討伐完了の報告をしてそのまま解散。報酬は後日となる。

 それなりに良い成果を得られたと思っている。

 

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