第21話 拳15

 リト、ジグラさん、イラスと四人で食堂に集まり、何をしているかと言えばヒメの乳を使った料理の試食会である。今まで僕がチーズを、偶にバターを作る位だったのだがジグラさんとイラスが乳の試飲とバターを試食してから、話が進んていた。

 ジグラさんは王都で修行した経験もあり、王族の食事を作った事もあるそうだ。その時に専属にはなれなかったが、腕前を認められ料理人としての懸賞を貰ったそうだ。それを持ってマスマに凱旋した経緯のある人だか、そんな人からヒメの乳が認められたのは嬉しい反面、ちょっと心苦しい。いつかリクタンには何か贈らないと。やはり人間素直が一番だ。

 そんなわけで毎日採れる量を調べたり、色々乳製品を試作している。まあ、チーズやバターの用途とジグラさんとイラスが作ったホワイトソースの味見がメインだ。

 とうのヒメは敷地内の空き地で雑草を食べてのんびりしている。毛の価値がわかっているミナークさんが結構積極的に世話をしているが、最近は乳の採取時にジグラさんも同行して愛でている事がある。大人しく愛嬌も良いので、ペットとして愛されだしている。


 料理に関しては僕もスキルがあるが、この場では僕よりも熟練した二人にお任せだ。

 こうして宿の看板メニューの開発は進んでいる。


 僕の生活は朝一番に起きて朝の鍛錬。ヒメの世話。それから商品の開発生産にかかる。リクの見立てで今後は以前作った固形洗剤の需要が高まるということで、その生産性向上に努めている。最近はキリとサリファさんに渡している髪や肌に塗る油脂を他の女性陣からも欲しいと要望が来て居るので、一緒に作れる物なのでそちらも増産する。

 今後増えるであろう客層には受けないが町の女性達から需要がありそうだとミナークさんが流通の手筈を整えている。

 現在、店舗や宿屋が主な客層として見ているのは、ダンジョンが開放された後にやって来る、探窟家や冒険者と言われる人達だ。どちらもダンジョンに入り糧を得ることを生業とする者達だ。新たに発見されたダンジョンに一攫千金の夢を見て、多様な人達がやってくるだろう。

 ここの宿を使うのはそんな中でも、ある程度の成果を他所で上げて十分な予算のある者達だ。

 元手の乏しい者たちは、よりダンジョンに近い場所に野営場が開放されているのでそちらに集まる。

 今はダンジョン踏破の為の領兵の補給拠点として使われている。なので客層はそこまで素行の悪い者は来ない見込みだ。

 今は分霊で町の情報を得る様な使い方はしていない。寧ろ人手が足りないので、工房で僕の手伝いをしている。

 僕がリㇳと錬金術で色々模索している日中から夜まで、糸を紡いだり生地を折ったり、夜には2号は錬金術で色々生産している。1号は引き続き糸紡ぎだ。分霊が居なければ過労でどうにかなっているだろう。

 幸いな事に錬金術の素材はリトが入荷してくれるし、ヒメの毛を刈る仕事はミナークさんが率先して、やってくれている。

 最近はダンジョン近くで待期する部隊に荷を運ぶ仕事にヒメも駆り出されている。その荷車の御者も彼が務めている。

 サリファさんも教会の設備が整い本格的に赴任してきた。この人も大分印象が変わった。キリと同じく肌用の化粧水や髪の手入れ用の油脂を渡したが、たしかにキリの言う通り見違える程に美人になった。傷んで放置された髪と肌が変わるだけでここまで変わるのかと。顔を合わせるたびに感心して、端的にだが言葉にして伝えている。

 何処かの街の鬼教官の様に、言葉にしないでいると、それが足を引っ張り後々親しい相手に損をさせる事を目の当たりにしたからね。良いと思った事は素直に口にして伝え置くべきだ。言われる方も悪い気はしないだろうし。

 




 やがて寒さは鳴りを潜め、店舗の営業は本格化していく。

 客入りは疎らに見えるが、その単価は高く利益としてはまずまずらしい。

 印象に残った客は新規店舗の視察という事でやって来た、身分の高そうな人が率いる一団だろうか。

 一泊で帰るという話だったのに5泊程に居座ったのと、その高貴な方の奥様か愛人かそんな立場らしい婦人がやけに宿の少女達に絡んでいたのと、お店の方でもキリを注視していた。

 商品としては固形洗剤の在庫を割増金額で買い占めて行った。工房に押入、作りかけの物まで押収されたので、忘れようもない。

 本格開店して早々に生産が追い付かす忙しい毎日が続く事になった。


「固形洗剤の販売が制限される事になった。これは領主側からの要請だ。断れないものと思ってくれ。あと、髪に付ける油か。あれも町への出荷が制限されることになった。」


 ミナークさんが夕方の報告会で知らせた。


「その代わり指定された量の買い取りを領主側が今までの利益に色を付ける形での買い取りになる。ようは専売契約になった。今後は店舗での取り扱いは領主側から買い取った物として扱い値段もそれに準ずる事になる。」

「勿論、僕たちが使う分はその範囲外てすよね。」

「すまんなリト、それも交渉したが抑えられちまった。あちらから買い取った分の使用なら許可は得たがな。あちらの買い取り金額がこれだ納得してくれ。」


 提示された契約書に書かれた金額に皆が口をつぐむ。


「恐らくお抱えの錬金術師に解析させて作らせるつもりだろう。今後は兵士所が上流階級から庶民まで、必需品になり得る品だからな。この額でも惜しくないという事だろう。」


「ママの一年は報酬が、ここの人達で分けても」


 メラが遠い目をしている。母親の年収と比べて衝撃を受けている様だ。ママのこれまでの生涯年収の十数倍の金額らしい。

 少なくともここの土地や店舗を建てるのに掛かった金額を超える額ではある。


「そういうわけだ。サグも気軽に作ると契約違反で罰せられるので気を付けてくれ。皆も個人的に頼むのも駄目だ。領主側の財務担当は職人を引き抜きたい意思を全く隠して無かったからな。」


 視線が僕に注がれる。知らない所で大事になったな。


「ミナークさん、新製品や粉末状の物なら平気だったりします?」

「あるのか?新製品が。」

「リク、出して。」

「いや、この流れでコレは店舗に出せないって。更に目を付けられるだけだって。」

「でも、せっかく作ったし。ここで出して自慢しないと暫く機会が無いから。」

「ヒメの自慢をしないようなサグが自慢したいという品は怖いな。俺は見たくないぞ。」


 ジグラさんが連れない態度だ。ヒメは自慢できる入手経路じゃないから。

 その横でリトが渋々と持っていた包を開ける。

 新製品というのも、固形洗剤をより高級にした物だ。今までのは洗浄効果や使用可能期間を実地で調べる為の試作品だ。その試作品が好評で済し崩し的に製品として出回っていただけで、そのデータを基に品質を調整し、売り物として見た目にも手を加えたのがリクが出した2つの固形洗剤だ。

 片方は試作品と見た目は近い。しかし白濁した固形物というより、均一に乳白色の成分が固まったそういう色の製品として見える。効果も少ない溶解量で安定した洗浄力を持ち試作品より長持ちだ。完成品として納得の品だ。

 そして、もう一方。前者は拡く様々な物の洗浄に使える品だが、こちらは逆に浴用にと用途を絞った物になる。

 そして、何より頑張ったのは香りだ。ミルク系のほのかに甘い香りがする。香水の様な強い香りではなく、本当に肌に染み込み仄かに香るような心地よい香り。これを作るのは大変だった。


「見た目は、少し綺麗になった物か。固形洗剤は制限があるだけだから、その範囲内なら大丈夫だろう。髪に付ける油の方は無いな?まだこちらの店舗出して居ないアレはかなり厳しく制限されているからな、新製品の開発も暫く控えてくれ。」


 そんな事があり、リクとの開発は止まった。つまりは手が空いた。リクは店番に専念しお店の人手は足りている。

 宿もそこまで大きなものではなく、どちらかというと、食堂としての側面がある。早朝の仕込みや夜の片付け等は手伝うが、それ以外の日中の時間、手が空いてしまった。

 これは正直落ち着かない。糸も夜中に分霊が作業していた為に紡ぎ終わり出荷し、ヒメの毛が伸びるのを待っている。


 品出しや朝の掃除等が終わってしまえば。皆優秀なので交代で休みを取るくらいにきちんと仕事を計画的に回している。その輪に入れない。


「サグは自由にしててくれ、いっそダンジョンに入ってみるか?次の商品の案が思いつくかもしれないぞ。」


 リクがそんな事をいうものだから、お言葉に甘えることにする。


 


 昼を前にダンジョン前のギルドの窓口にやって来た。ここでは新人の登録や依頼の申請等の機能は無く、ダンジョンへの入場受付と退場時の清算だけだ。

 現在、ダンジョン踏破は第6階層まで済んで7階層を調査中とのこと。5階層に使徒と呼ばれる中ボス的な奴が居て、それの討伐により、入り口から5階層迄の転移が開放されたそうだ。一般のギルド登録者が入れるのはその5階層迄。6階以降はまだまだ国と領主の混成部隊とそれに指名で参加依頼されたギルドの実力者だけだ。宿屋店のお得意先は6階層以降の人達だね。

 ミナークさんが早朝にヒメで荷を運ぶのと一緒にやって来た。

 手続きを済ませて迷宮に足を踏み入れる。中は石の壁で囲まれた廊下が続く迷路だ。進むと分かれ道や広間、小部屋の扉等々、色々と目新しい景色に歩いているだけで楽しい。

 魔物は先に入った者達に倒され尽くして出てこない。浅い階層には危険度の高い魔物は少ない傾向にある。その分見返りも小さい。

 途中、人が集まっている扉があった。中には宝箱等が魔物の様に現れて時折珍しい物が入っているとか。他所の迷宮たが、そんな場所があるとは聞いている。集まっている人達の話に耳を向けるとこの部屋も同様の仕様である可能性があるらしく、検証中。そして、仲間内で入口を固めて独占している様だ。

 素通りして奥へ。

 人目が完全に周囲から消えたのを確認して、転生時に貰ったチートスキルの一つを発動。

 眼の前に半透明な地図というか地形図の様な立体映像が現れる。歩いて来た場所が表示されている。そして表示されているエリア内の人間や魔物、宝箱の場所が表示される。迷宮内でのみ使用可能なスキルだ。転生させた神様的には僕に迷宮内の攻略、またはその補助をしてもらい負の因子を減らしたい意図があってのスキルだ。それ故の超有用スキルでもある。まぁ恐らく過去に送った転生者達の成果を見ての最も効率の良かった能力なのだろう。本当にこれはズルい能力だ。

 実際に中を歩いて使うと凄さを実感出来る。少なくとも迷って遭難は無くなる。地味に前世の知識に換算した時計もついてるのがにくいね。一日ってその時間なんだ。

 地図を埋めるように歩いてまわる。時折魔物の気配がある時は分霊を先行させる。

 分霊が通った道も地図に反映される。視界を共有出来るから出来ても不思議では無いが、これはあれだ安全な所でヌクヌクしながら魔物退治したいという、僕の願いを叶えたのだろう。神様有難う。頑張って資源増産に寄与出来るようにします。

 魔物は前世ではゴブリンとか呼ばれたりしそうな見た目の人形の魔物。分霊1号より少し小柄で深緑の無毛の肌に黄色の目が特徴。身体能力は同じ体格の子供より少し低い程度で頭も良くはない。ただ群れるので数が居るよう厄介になる。

 3体いた。1号の敵ではない。パワーの低い1号でも磨いた体術とオーラの補正で一撃で倒すことが可能だ。倒された魔物は黒い霧のようになって霧散する。偶に小さな濁った結晶が残る。これが魔石と呼ばれる物で魔力の塊である。用途は多岐に渡る。前世なら石炭とかの扱いかな。燃料として使われる事が多い。

 ここで少し欲が出た。分霊を使わずに戦ってみたい。

 次に見つけたゴブリンの群れには分霊を先行させずに挑んで見た。

 結果は危なげ無く倒せた。しかし、疲労感は凄い。緊張感や直に手に伝わる感触は分霊越しのそれと違った。筋肉よりも神経的な疲労感が大きい。危険さは感じたと同時に、こうした感覚にも少し耐性をつけたほうが良いとも感じた。この経験だけで今回迷宮に入った収穫としては満足だし、今後も入る理由になる。

 2階層へ降りる場所についてからは真っ直ぐに入口に戻り、余力を残して迷宮を後にした。成果は数個の小さな魔石のみ。最初は無事に生還に満足しておこう。


 翌日からの朝の鍛錬にも熱が入った。

 そんな僕に声を掛けたのは、町の方で武術の道場にいた男性だ。昨日、僕が迷宮に入るのを見かけたらしい。道場生も冒険者なら仕事で、そうでなくとも腕試しにと仲間と連れ立って迷宮に入っているそうだ。

 僕の稽古姿に色々と感じた事があるようだ。


「基礎鍛錬は出来ているし、一人でそこまで練り上げたのは大した物だ。町での活動が自由になってからと思っていたが、それは私が持てそうもない。」


 そう言って手本の様にオーラを纏って操って見せる。纏ったオーラが更に収束して手刀に本物の刃の様な切れ味が生まれる。拳に集めた物を触れると同時に炸裂させる。足裏から噴射して空中でさらに踏み込む。果ては集めたオーラを打ち出して遠距離攻撃。放たれたオーラは回転して軌道を安定させていた。この回転が大事らしい。

 自分でも試行錯誤していたが、それより遥かに効率的なやり方であった。有り難い。


「もうある程度試していたのは見ればわかったからな。ここで足踏みさせるのは惜しい。では、今後も変わらす励むようにな。」


 そう言って去っていく大きな背中は頼もしく見えた。ちょっと憧れる。分霊達とオーラを練りながらより一層鍛錬に熱が入る。

 それからは毎日日中は迷宮に通った。兎に角技を磨きたかった。強くなりたいと言うより、あの背中に近付きたい。ハッキリ見えた目標に向かってい進む。そんな気分であった。


 その後は迷宮に入っている道場生に合流した。2階層の一角、魔物が湧きやすく宝箱が湧かない区画。そんな所を占有して魔物相手に実践訓練をしていた。それに僕も加えてもらう。宝もなく魔物だけ湧くような場所なので他の冒険者は寄り付かない。寧ろ湧いてくる魔物を留めてくれるので喜ばれている。利害の一致した良い修行場だ。僕もそこで実戦の立ち回りを磨く。一階層のゴブリンより少し強い個体が二階は出てくる。武器も刃物を持っていたりと危険度が上がる。それ故に磨かれる。

 また周りの道場生をみて装備も考えさせられる。腕や拳を守る手甲や小手があると。打撃力が単純に上がる。防御力が攻撃力に直結している。オーラを纏わせて手足の素手の時の様に扱えればこれ以上な武装は必要ないと思わせる位だ。

 そして、帰り際に余力で同門との組手をする。疲れて動かないからこそ、染み付いた技や癖がでる。とても充実した日々だ。

 しかし、2階層にだけ留まるのわけでもない。取り敢えず5階層の中ボスを一度は見ておきたい。また下の階層でも同様の修行場を開拓中らしいのでそちらにも顔を出したい。適度に地図を埋めつつ、次の階層へ踏み入るのだった。

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