第20話 外伝14
街を去った少年からの贈り物に男は頬を綻ばせる。
そうだ。これだ。これが欲しかった。
品を運んできた部下は誇らしげに贈られてきた純白の外套について話す。制作過程から何まで聞いてもいないのにだ。
それだけこの品が素晴らしく、制作者の才能もまた素晴らしい。
しかし、何より素晴らしいのは制作者の心意気だ。これを自分には贈るに至るまでの過程。そして、これだけの品を贈られる立場になった男の社会的評価だ。
金銭には変えられない、しかしどんな金より価値があり、同時に贈られてきた外套は多くの者が競い金を出し合い求めるだろう。男が欲しいのはそういう価値だ。その為には手間も金も惜しまない。
そして、それらが一つの成果として形になった。
私室にてラックに掛けて絵画を見るように眺める。なるほど素晴らしい。角度によって模様の陰影が変わり見える印象を一定にしない。編み込みで描かれた文様はまるで生命を宿し呼吸しているかのようにさえ感じる。
そして、それらは全て威圧的な印象や厳かな雰囲気を徹底的配されている。その徹底ぶりが一種の神秘性を生み出して、恐らく礼拝等の場で着たなら見ただけで信者が増えそうな。そんな出来栄えだ。
これが、街を去った少年に気をかけた成果だ。
運んできた部下は特に口止めもしていない。そして教会の自分の部下たちはサグという少年について多少の経緯は知っている。
故に話は自ずと拡まるだろう。あくまで才ある少年の誠意を語る美談として。
素晴らしい事だ。
古い寓話には、正直者に褒美を与ええ嘘つきに罰を与える妖精が出てくる。そんな物語の登場人物にそれも正直者を導くような立場の存在になりたかった。
先ずは一歩だ。
今回のこれ以外にも目をかけている者はいる。そのもの達がやがては何かの功績を残し。己の事を誰かに語るときに、恩人として名前を出すことを期待している。
そんな中でも彼はとびきりだ。
とっておきの蒸留酒を少し開ける。
どの場面でこれを披露するか、楽しい考えをめぐらせ幸福感を噛み締めた。
村を訪れ、村人の健康状態を確認し、最後に本来の用がある少年の家を訪ねる。何度目の来訪になるだろう。
彼のスキルの秘密を打ち明けられてから、来訪の機会は増えた。それにより親交の深、色々と彼の試作した品を受け取る様になった。
「まだ髪は綺麗なまま効果は続いてますね。」
そんな言葉をかけられる。それが彼の作る化粧品の試作品の話なのはわかってはいるが、容姿を褒められるのは慣れない。こそばゆい気持ちが背中からへそへ流れる。だか決して不快ではない。最近、町などを歩いていて向けられるようになった視線とは似て非なる物だ。
これを聞きたくて来訪の頻度が増えているのは否定出来ないと自覚している。
もうじき彼は村を出てダンジョン近くの新たな商店に雇われる。本当に多才な彼は現在独学で錬金術を学んでいる。分霊を使い町の資料を漁っているそうだが、秘匿された技や極意はそれらでは得られず、今は得られた知識を基に実践と試行回数で補い、独自の製品開発を日常の中で行っている。
最初に出会った頃の少年は、それまでの経緯を聞けば理解できるが、年不相応な陰を帯びていた。それが時が経つに連れて薄れ、明るく世辞を言える程度になって。
町の中心で権力を持つ商家の人間は彼を高く評価しており、以前に彼が奴隷として追われそうになった際には減刑の嘆願を出している。
早期の街で挫折し帰郷した少年の早期復帰を誰より願いっているのが彼等だ。
そしてそれに追い風を吹かせているのか自分の上司である司祭様だ。彼の作った外套を上手く国の上流階級に喧伝し、マスマには注文が届いている。
わかりやすく利益を示して見せたのだ。
彼が再度雇用される事を拒む事はないだろう。自分もそれに続きダンジョン付近の教会の施設に赴任する。
そうなれば顔を合わす機会も増えるだろう。その気になればまず毎日でも。それを期待しているとは否定出来ない自分の内面の変化に少しばかりの戸惑いがある。心地良い変化ではあるが少しキリという少女との距離感に今後悩みそうなことが懸念であった。
春を前に店舗開店を目指し準備が進む頃。領主の送った部隊によるダンジョンの階層踏破が一定の成果を上げ、ギルドの出張所や産出物の取引が開始となり、一般にダンジョンでの探窟が解禁された。
まだギルドにて認可を得た一部しか入場は認められていないが、伴った宿の方の来客が増えてきた。店舗も前倒しで開店の話が進んでいる。
サグはそれに合わせてリクの意見を取り入れながらに商品開発を急いでいた。
ミナークはそれを黙認している。現在国中からマスマに問い合わせが殺到している、外套制作者に関する話題は彼の織った物と、その素材となった糸を市場に出して、一定の鎮静化は成されている。
書類上はまだ未開店の店舗から町に送られた形になっている。村にいる間にサグが在庫を多く生産していた為に、それらを小出しにすることで開店前から既にミナークの下には利益が流れてきている。
また、素材とされるヤディクという家畜の特殊個体。それをサグが店舗に連れてきている事が大きい。数日置きに毛を刈り糸を紡ぐ姿が見られる。
その糸の需要が一番高いと言えるため、最大効率で生産されているのをこの目で確認している以上、空いた時間に何をしていようと口を挟む事は無い。
そして、それと同時にサグと共に商品開発に関わるリクに対する信頼もある。
リクはまだサグが町で働いて居た頃に交流があった様で、幼くも勤勉な同い年の相手を見て触発された子供の一人だ。
身近に居た人間の影響で勤勉な態度は評価されており、伴って身に付いた能力の認められていた。
サグが町を出てから若手で一番の有望株となっていた。
そしてリクが目をつけたのは出所不明とされる固形の洗浄剤だ。
町の商人達は伏せられた出所を察していたし、リクも同様だった。その固形洗浄剤は領主の部隊に試作品として試供され、その使用感等の回答と共に返却される予定が、未返却のままで、追加物資の中にしれっと固形洗浄剤の名前で追記されている。
そうしてこの上ない高評価を回答として得た商品をサグの合流と共に織物とは別に生産する様に。持ちかけた。
彼がしなければミナーク自身が折を見て依頼するつもりで居た事だ。これもまた止める必要性を感じない。
予想外の事はその生産に錬金術のスキルが必要な事とそれをサグが習得していた事だ。彼が隠れて薬品の調合を行い町の闇市に流していた事は知っていたが、それは生産系スキル調合による物の範疇だった。
今は明らかに魔法との複合スキルといえる錬金術を用いている。
その事をリクは最初から見越していた様で、個人的に錬金術用の資機材を持ち込んでいた。
見過ごせない才能は一人では無かったと思わされた。
ダンジョンの開発が進めばこの店舗を起点とした経済圏も生まれるだろう。やりようによってはマスマの経済の中心が移る可能性もある。そんな期待をするに相応しい若者がこの場所に集められている。
メラ率いる宿の少女達は、キリに部屋に半ば押しかける形で集まっていた。集まった四人の圧に部屋の主である少女は萎縮している。その様子は過去の記憶にある姿からは想像もつかない。
他の少年達はというと、サ宿の調理場でジグラさんと共に悪い顔して集まっている。定期的に行われるその集会の間に彼女達は各々の疑問を解決する為にキリの下には集まった。
「先ずは皆も気になってると思う事なんたけど」
「キリちゃんはサグっちとどこまでいってるのかなぁ?」
「キャオ、はしたないよ。」
メラの言葉に被せてキャオが疑問口にしキロンにいさめられる。
「キロン、少し姉を抑えてなさい。それで聞きたいのだけど。その貴女の髪なんだけど、あと多分、教会のサリファさん?あの人もだけど。」
メラの言葉に答えを察したキリが机の上の小瓶を一つ手に取る。
「髪はこっちの。手とか肌のはこっち」
「手とかって、いやそうねまだ実感無いけれど、肌もそうなのね。」
「メラは無いかもだけど、洗濯担当のアタシはあるよ〜、一緒に洗い物してるのにキリちゃんの手って全然荒れて無いよね。」
自分手をさすりながらキャオが軽い口振りで話す。
「使い方。あと、私達の分はある?サグに頼める?」
端的に話すのはルンだ。
「それでぇ、手触り良くなった肌と髪をサグっちに委ねてるんでしょ?どんな感じなの?」
「キャオ、はしたないって。」
「でもでも、皆気になるでしょ。サグっちの年頃なわけでぇ、自由に出来る奴隷のキリちゃんがそばにいるわけでぇ。」
好奇心を隠そうとしないギャオス。
「えっと、サグとはまだそういうのは無くて。」
「またまたぁ、見てればわかるって。もう奴隷とかそういうの関係無い仲なんでしょう?」
妹の静止も虚しく、聞きたがるキャオにキリは服の肩口をずらしてその背にあるものを見せる。
そこには小さく薄くなったがまだ焼印が残っている。そしてそれは知識の無い少女達にも禍々しい物だと一目でわかる。
「これは焼印。私が売られる時に付けられたの。これがある限り例え権利を買い戻しても、誰かの奴隷としてしか生きられない。」
部屋の空気が凍りつく。キャオを諌めつつ好奇心を隠しきれない空気のあった少女達も表情が固くなる。
「これでも大分小さくなったの。サグはこれを消すために色々してくれてる。そういうのはこれが無くなって、私の意思が誰かに縛られなくなってからって。だからまだそういうのは。」
「そ、そうなんだぁ。サグっちは男の中の男だねえ。スゴイなー」
抑揚の無くなった声でキャオが何とか返して会話が途切れる。奴隷の焼印がどういうものかは皆も朧気ながらも理解している。
「あ、えっと、後でサグが部屋に戻ったら皆の分の用意出来るか聞いてみるね。」
「そ、そうね、お願いするわ。ありがとうね。」
一先ず要求は済んだとして部屋を出る四人。その後部屋には戻らずメラの部屋に集まる。
「ううん、ちょっとマズッたにぃ。思ったより二人の仲は明るくいから気楽に冷やかせない。」
「それより、焼印って、死罪に代わる罰として使われる物でしょ。キリの奴何したのよ。」
「あの、噂本当なんだ。」
一人、ルンが理由知り顔。
彼女の話に皆が耳を貸す。
「覚えてない?キリがサグ君の奴隷になる前に、他の孤児院の子がスキルに目覚めて、大きな顔してたキリが仕返しされた時の事。」
「あったわねぇ。あれから孤児院の男の子達がどんどんスラムの連中とも絡んで、結局今は居なくなったけどさ。」
「それで、その時の怪我でキリ結構酷い事になったじゃない?」
「覚えてるにゃあ。口を怪我して凄い匂いさせてたにゃあ。あれは死ぬと思ったにゃぁ。」
「歯、折れてたね。子供の歯だったのかな?今はキリの歯あるね。」
「それよ、見かねたサグ君がお店に借金して凄く高い魔法薬であの子を治したって話。」
「そうなの?でもあの頃ってサグ君キリに嫌がらせをされていて、そんな事するとは思えないけど。」
「私もそう思ったけど、そもそもサグ君ってそういう所あるらしいの。しってる?飢饉時に売られたのでなくて、お金の無い村に食べ物を分けて貰うために自分から身を売ったんだってミナークさんが言ってた。」
「待ってまって、サグ君がマスマに来たのって5歳か6歳頃よね。そんな歳でそんな事を?」
「そんな事を言うから、育てば絶対使えるって思って買ったんだって言ってた。」
「サグっちお人好しが過ぎるにゃあ。乙女心とは別の部分で目眩がするにゃぁ。」
「私もそれはちょっと引く。裏がありそうで怖いかも。」
「キロンと同じ事を考えたのが当時の孤児院でキリ達の世話を担当していた人ね。孤児向けの仕事とかの絡みて商家との関係も悪かったらしくて、キリの治療費を請求されると思ってキリを奴隷に落として引き渡したって話。」
「それでその時にって事ね。」
「それはお人好しのサグっちなら放っとかないねぇ。てか、アタシはそんな二人の仲は冷やかしたの?メッチャ寒いオンナじゃん。キロンどうしよう。」
「お姉ちゃんはいつも寒いから大丈夫。だから止めたのに。」
「うう、妹が辛辣にゃあ」
姉妹がいつものやり取りに入る。それを尻目にメラはため息をつく。
「仮にルンの話が事実かそれに近い話として。そうなるとちょっと心配ね。」
「にゃにがかな?キリちゃんの重い純愛でしょう。」
「キリの気持ちはね。でもサグの方は?お人好しが講じて同情してるだけって事もあるわよ。」
「メラちゃん、それは流石に寂しいよ。男の子に嫌われちゃう。」
「キロン、辛辣なのはキャオだけにしてあげて。それに良く考えてよ。キリのサグ君にしてきた事を好かれる事をはしてないと思うけどな。」
「同感。サグ君はキリちゃんより偶にくる教会の人との方が怪しい。」
「ルンちゃんはそっち派かぁ、あの人相手だと気軽に聞けないからにゃぁ。」
年頃故に身近な人間の色事に興味を隠せない四人であった。
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