第19話 卜伝13

 故郷に戻ってからの一年は、穏やかな物であった。

 春先に山から採取してきた豆の仲間は夏の終わりに実をつけてくれた。蔓を巻き付ける為に棒を立て、荒い目の網を張り、そこに蔓を巻き付けた。思った以上の収穫には自分でも意外な程に喜びをあらわにしていた。同様のやり方で瓜の仲間の夏野菜も栽培に成功した。この栽培方法に付いては他の村人にも伝えて、来年以降村全体で栽培できる手筈だ。今後、以前のような飢饉に見舞われても乗り切れる様に。

 そして、最初に生まれた方のヒメの子供は気が付けばヒメと同じくらいに大きくなり、驚いた事に最近は乳が取れるようになった。特に妊娠の気配はないのに。魔獣の生態は良くわからない。

 最近は村の畑で使える家畜用の農具を買って、他所の畑を手伝わせている。村の労力として受け入れられつつあった。

 畑仕事に取り組む一方で、分霊達の仕事も増やして行く。2号の運用に慣れて瞑想以外の事も挑戦させだした。

 最初はやはり錬金術の訓練だ。食用にならない植物の果実や仁から薬用成分を抽出して集めたり、それを加工して見たり、色々と試していた。

 その結果として、色々と生産出来た。プラスチックの様な樹脂の品が特に多い。様々な色を付けられて透明で宝石の様な見た目にも出来た。髪留め等の端に付けて、キリを始め親しい異性に贈って感想を貰っている。

 といってもキリの他は母とノーマとサリファさんだけだ。妹のミキにはまだ追々だ。

 反応は上々。ノーマははしゃいで壊してしまい謝りに来た。

 それと並行して作っていたのは衛生品、主に石鹸だ。

 食用にならない硬い皮に覆われた木の実。前世の無患子の実に似た物を見つけたので何とか出来ないか試していたら、何となく形にはなった。白く濁った固形石鹸だ。基本的に石鹸は粉状の物が一般的だったので、携帯性の良い固形石鹸はサリファさんが持ち帰り町の商人達に使用感を確かめて貰った。

 感想としては迷宮探査隊に渡した所、返却はされずに今に至るとのこと。生産体制と錬金術としてのレシピ開示の要求が来ているらしいがサリファさんの下にそれらの書類が来ていないので真偽は不明。

 同様に食用不適な植物性の油脂から、固形では無く粘度の高い液体を抽出した。香油を作れないか試していたのだが、その途上だ。一応乾燥した肌に塗って肌荒れを防げる感じにはなった。

 母はその用途通りに使って要るが、キリとサリファさん髪に塗りだした。それを見て髪用にちょっと成分を調整して見たのを渡す。

 夏の蒸れた髪を洗い、髪を傷ませないようにしてある。

 キリの髪は艶を増しているのは目に見えた。毎朝、陽の光に反射して綺麗だと伝えて、使い心地や髪の状態も本人から聞き取っている。

 サリファさんの方はもとより髪の状態が悪かったので変化はより顕著だった。ボサボサという表現から緩いカールをしていると変化する。髪の色もこんなに明るかったかと錯覚する程に艶がある。

 彼女と対面するのは浄水の受け渡しの時でもあり、期間が空くため、会うたびに綺麗になっていくのが判る。

 本人もその事を伝えて、使用感を聞いている。


 こうした活動や聞き込みの理由は単純で、ダンジョン近くの商店に僕を雇うという話がマスマの町で本格化しているからだ。

 暗黙の了解的に僕に話を持っていく流れが出来ている。それも職人としてかなりの高待遇の扱いでた。店舗近くに僕が住む家屋も用意しようとしている。

 この流れを断り切る自信は無い。絶対に押し負けて流される様に住み込みの職人にされるだろう。

 その時の商品開発の一貫である。

 恐らくこの冬の間にそうした話が僕の耳に直接入るだろう。そのくらいに事態は進んでいる。

 不足している回復薬については、変わらず供給は足りていない。回復の魔法薬は意外にも錬金に必要とされる点数が高い。最低品質の物でもかなり要求される。恐らく、回復薬に特化した素材や触媒があるのだろうけれど、それらは近隣の山林では採取出来ず、町の資料からも情報は得られなかった。その需要から秘匿されていて当然の情報ではあるので、納得するしか無い。

 これに関する調査は今後も継続して行っていくつもりだ。現状は質の良い浄水が全般的コスト軽減に繋がるというものしか無い。それは深く考えなくても感覚的にわかることなので秘匿はされていない。浄水は使い放題なのは一つの優位性ではある。

 素材集めの為に1号には速度を活かして野山を駆け回って貰っている。


 兎に角、この錬金術というのがとんでもないやり込み仕様のスキルである。流石に魔法適性と生産スキルの両方が必要なだけある。魔法にも複数の属性を内包していたり、合成魔法の様な高度な物はあるが、それと同列のスキルである。

 素材を点数に変換してその点数から別の物を作る。それだけ書けば単純な様だが、当然のそれだけでは話は終わらない。資料にあった名称を使うと素材は先ずそれぞれに応じた属性を持つ点数になり、さらに万能な点に精製される。前者を属性点、後者を錬成点と資料では読んていた。

 例を出すと、そこらの石ころには土や金属の属性点がある。それらを百点集めると石から銀が精製出来る。拳大の石ころ百個で属性点は漸く1に届くか否かというところだ。そんな石ころの属性点を錬成点に換算すると数万分の1になる。しかしこの錬成点は何にでも使える万能の点数だ。違う属性の水の属性点が百点必要な物を、石や砂から作ることが出来る。

 それならコツコツ石でもゴミでも点数にしてしまうと思うかもしれないが、各属性点や錬成点を保持しておくための設備と、素材を投入している間はスキルを使用し続ける必要がある。

 必要なのはそれだけでは無い。大量の素材はその質量をスキルが使われるまで保持している。つまり大量の素材を纏めておく容器、更には錬金術で取り込める有効範囲の広さも求められる。

 代々続く錬金術の工房にはそうした保存設備や見た目以上に容積のある魔法の大鍋等がある。そうした設備を整えるのも錬金術師には求められる。

 治癒の魔法薬は錬成点から生成出来ない品だ。浄水は属性点も錬成点も持たないが、一緒に錬成すると素材から得られる点数が微増する。魔法で生み出したり、スキルで加工してものは貰える点数が多い傾向がある。

 今の自分にある知識はその程度だ。


 以上の事から錬金術の点数への変換効率が良いアイテムをスキルで作るのが設備の無い自分のやることになってくる。それを突き詰めて行くとわかることがある。

 錬金点も要は魔法の適性と同じで阻害因子に打ち消される事で減少している。スキルで阻害因子の内部分を切り出して集める事で点数への変換効率が上がる。

 そうなるとふと思いつく事がある。図解因子の無い自分の身体を素材にしたらどうなるだろうか。

 それはちょっとした好奇心。抜けた髪の毛を使い試して、酷く後悔した。この結果が広く知られたらと思うと恐ろしい。

 万が一の為に一瓶分だけ作った。今後は素直に素材の加工に取り組もう。数日はかかるが治癒の魔法薬は欲しい品質の物の作り方が見つかったので良しとしよう。


 欲しい品質の魔法薬。小さな切り傷、擦り傷は優に治す。そして、飲むことで喉の腫れや発熱を抑え、体内の菌やウイルスを浄化し、免疫力を回復させる魔法薬だ。

 スキルのない村ではちょっとした感冒でも命取りになりかねない。傷の治療より毒消しに近い効能の回復薬だ。

前世のゲームとかだとHP小回復とステータス異常回復って感じかな。石化とかは治せない感じの。

 近い将来、キリやノーマとは関係を持つことになるだろうし、その後を考えると絶対に常備しておきたい物でもある。


 冬への備えがあったこともあり、村人は皆、冬を越した。ノーマとミキ始め数人の子供とその親に風邪の症状が見られたが、魔法薬を一口飲ませるだけで症状は改善していき、事なきを得た。

 この効果を確認出来ただけで満足だ。

 そして、冬の深まる中で予測していた店舗の話が来た。

 店舗併設の住居兼作業場で織り機等は用意してあるそうだ。宿も近くにできる為、そこの従業員の住居も兼ねた設備になるらしく他にも住み込みの人間は数人いるそうだ。暗にキリの同行を認めている。常に滞在する必要も無く定期的に製品を村から持ってきてくれるだけでも構わないという。まだ町に商品を降ろせない僕の窓口としての役割が大きい様だ。

 この世界でも7日で週の区切りて週末は休みだ。宿や商店は人員を交代して店舗事態は経営を続ける所が多い。土曜休みの人間と日曜休みの人間が居る。

 僕は土日休んでも良いという感覚だろう。金曜の午後に村に帰り月曜の午後に店舗に戻る。そんな形態でも許される様だ。僕を町の経済に組み込みたいという強い意思が見える。

 実際、他のスキル持ちによって再現された学習教材は街の方では未だに高い利益を産んでおり、領内どころか国内でも生産が拡がっているそうだ。そして、僕が手ずから作った品はスキルの発現率が高く、付与できる人数も未だに上限に達して居ないらしく、識者の鑑定によると、付与の人数制限が無い可能性もあるらしい。

 生産に慣れてきた後期の納品の物に限られるが。

 それらは現在王室に渡りマスマ産の品はプレミア価格になっている。

 今は他の再現した商家が特許の様な物を得て生産を仕切っているが、僕に次なる商品開発を期待しているのは目に見えている。

 また、街の司祭様に贈った外套だが、アレは上流階級の間で話題らしい。

 この町の職人の作品という事だけは知られている様で、先行で金銭を払う者も出てきている。

 その辺は街の教会や僕と取引のあった商人さんが手を回してくれている様だ。

 春を前に村を出る支度を進める。

 畑は週一度の手入れで、あとは成り行きに任せる。ヒメの子供たちが雑草は毟ってくれるから後は放置で。


 出来る要望に沿うために可能な限りヒメの毛を刈り集めたり糸にしておく。石版の収容にチーズと共に大量に入れておく。


 村にはこまめに戻るつもりだ。

 両親や村長、交流のある村人達に挨拶してまわり、ヒメに跨り村を発った。

 マスマに向かう途中からから分かれた道を進み半日程で目的の場所に付いた。

 まだ新しい商店と宿屋。

 ここから更に少し進んだ先にダンジョンの入口がある様だ。マスマからダンジョンとの間、少しダンジョン寄りの立地になる。今後のダンジョンからの産出物の取引拠点になっていく予定土地。

 ギルドの窓口等も増えていく予定で、予定地が区画されている。


「来たな、サグ。」

「お久しぶりですミナークさん。」


 迎えたくれたのは良く知った顔だ。僕が最初に村を出る切欠、飢饉の最中で僕を買った当時の行商だ。


「俺も晴れて店舗を任される事になった。キリちゃん共々よろしく頼むぜ。」


 こちらの店舗の店主はミナークさんが務める様だ。更に話を聞いて驚いたのは隣の宿の女将がミナークさんの奥さんだという。長男と義両親にマスマの方の宿は任せているそうだ。


「俺が買ったのに、俺の仕事の手伝いにはお前を使えなかったからなぁ、やっと俺の番だぜ。」

「お世話になります。」


 大きめの宿屋に店舗が併設されている感じか。宿の洗濯や炊事場等に並んで僕の生産の為の設備が備えられた部屋もある。その奥に別棟として従業員用の居住場所がある。


「部屋は角の二部屋を使ってくれ。それから家畜の事も聞いている。従業員の寮の裏は手つかずの土地だ。一応従業員が好きに自家栽培して良い事になってる。」

「ありがとうございます。」


 柵すら備えられていない荒れ地だ。区画杭だけ打たれている。恐らく僕が家畜を連れて行く事を見越して急遽追加で用意した土地だろう。収納していた荷物を出して、ヒメを空き地に放つ。雑草を食べて貰おう。


 それから他の従業員を紹介される。

先ずは店舗の従業員で僕と年の変わらない少年リク。その顔に見覚えがある。


「久しぶり、といっても以前は名前すら知らなかったよね。リクだ。宜しく。」


 思い出した。マレクさんの店で働いて居た頃、親と共に偶に買い物に来ていた、ぼくが真面目なせいで、親が見習えと煩いと愚痴を話した少年だ。


「久しぶり!」


 声がはずんだ。思えば同年代の男友達は記憶に無い。そうなれる可能性のあった孤児達は町から消えた。まともに世間話でもした相手はとなると彼が唯一の相手かもしれない。


「サグが居るならこの店舗は安泰だろ。それに俺もお前の教材で算術を得たんだぜ。頼ってくれよ。」

「ああ、本当に頼もしいよ。一緒に繁盛させようね。」



 僕達が知り合いなのに驚かれつつ、紹介は続く。宿の料理を担当するジグラさんとその弟子のイラス。イラスも僕と変わらない年の少年だ。リクの幼馴染らしい。

 そして、宿の従業員である少女が四人。メラ、ルン、キャオ、キロン。キャオとキロンは双子らしい。みんな年齢的には僕やリクと変わらず成年前に見習いとして働き、今回の新店舗を今後運営していく将来の主力としてここに居る。それぞれ能力が認められた少年少女というわけだ。

 今後、町としてダンジョンを産業として盛り上げる為の人的投資なのだろう。


「ねえ、キリってあのキリよね。本当に奴隷なの?」


 メラが僕に質問する。女子達のまとめ役は彼女の様だ。


「そうだよ。彼女については僕が主人をしてるから何かあれば僕の責任だ。」

「そう、ちょっと確認したかっただけ。大分印象が変わったから。」


 キリに関しては町の子供達の記憶にもある。彼女の両親が素行の悪い集まりに属して事と、孤児になってからの彼女の素行は悪かった。孤児向けの仕事の勤務態度も悪く、僕がマスマに来て彼女達に目をつけられる前は別の子が、彼女達に絡まれる環境にあり、キリへの印象は悪い。

 事の詳細を知らず、素行の悪かった孤児たちが揃って犯罪奴隷となり町から消えたこともあり、彼女もまた同じ犯罪奴隷という話で認識されている。

 この辺の人間関係は今後改善されてほしい。


 他の従業員達は僕には友好的だが、リク以外はキリに対して少し抵抗がある。彼女の頑張りにかかっているだろう。


 新生活がここで始まる事になる。長い付き合いになる面々との始まりの時でもある。






 自室に少ない荷物を運びこんだキリは寝台に腰掛けて一息つく。

 狭く簡素な部屋だ。机と寝台と衣装棚があるだけ。机の引き出しに鍵が付いている。ここには聖水を入れる。自分の所持品で間違いなく最高級品だ。そして、大切な相手との繫がりを表す物だ。部屋の小窓から裏の荒れ地を家畜の獣にと散策している、少年が見える。見ているだけで幸せになり安心する。

 机の上に小さな軟膏の入った壺を並べる。

 最近、彼が作っている手荒れを防ぐ樹脂から作った軟膏と髪を洗う油だ。髪だけで無く全身に水に溶いてから塗ると肌の艶が増し、荒れた肌が潤う。

 試すように言われてから、自分でも効果を感じている。それに毎朝顔を合わせるたびに、今日もきれいだと彼が褒めてくれるのが心地良い。彼としては渡した軟膏や油脂の効果で綺麗と言っているだけかもしれないが、それでも毎日容姿を褒められるのは嬉しい。

 村に居た頃、サリファさんも同じものを渡され効果を確認されていた。

 来るたびに綺麗とだと褒められて、特にあの人は効果も顕著に出ていて、細かくここが綺麗になったら魅力的だ等と言われて照れていた。

 その後、サリファさんが村に来る頻度が増えた理由は察せられる。見るからに真面目で、以前のサグと同様に勉強や修行に明け暮れた人だ。サグとは共感できる勉強に纏わる話が多い。また彼女が異性に慣れていないのはひと目で解った。

 合うたびに。容姿を褒めてくれて、話も共感してくれる周囲からの社会的評価の高い少年にサリファさんがどんな感情を持っているか。本人の自覚に関わらず、あの人はライバルだ。近々この新店舗にも顔を出すだろう。

 教会の設備、簡易的な神殿が近く作られ、その管理の為の人員の一人だ。村に居たときよりも合う機会は増えるだろう。それを思うと少し憂鬱だ。

 今日、先程挨拶をした少女達の事へ意識を移す。皆、成長して変わった所はあれど記憶にある顔ぶれだ。その記憶は決して友好的な物ではない。過去の自分の影は未だに消えない。これは背中の焼印が消えても残るだろう。だからといって足を止めるつもりもない。今の変わった自分を知ってもらうために。それが自分の為に居場所追われた彼の為にやるべき事だと思っている。

 視線を下ろすと自分の手が視線に入る。その手の指の隙間から虚ろな男の顔が見える。幻なのはわかっている。

 初めて人を殺した時の感覚を未だに消せずに居る。あの時、奴隷として強制される感覚は無かった。基本的に彼から何か命令される事は無い。時折、休まずに働こうとした時等に強制力は働く。最初は勉強が嫌で、それを戒める様に焼印が傷んだか、スキルを得て学ぶことが楽しくなり、同時に彼を信頼する様になってからは自分の意思で行動していると理解できる。

 あの時、山賊がサグを組み伏した時はただ夢中で、大切な人を守ろうとした。

 その時の殺した男の死に顔が頭に焼き付いている。

 そして、もう一つ。あの出来事が自分の中で薄れない理由。

 彼は言った。私に手を汚させてしまったと。

 助けた事へ感謝ともに送られた感情が未だに心に残る。

 今の彼の優しさがこの時の事に由来するものであってほしくない。

 過去は変えられないにしても、新たな気持で自分を見て欲しい。

 その為に何をすればよいかはわからない。答えを見つけるのが今の少女の願いであり目的だった。

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