第18話 甘露12

 あれから浄水の受け渡しとしてサリファさんがよく村に来るようになった。町の方の様子を見ると最初は僕のことを探っている様だった。少し不安を覚えたが途中から僕に同情的なのと、司祭様からある程度事業を聞いていたのか、僕の街での再雇用等を見据えて動いてくれているというのが解り、分霊での監視は止めた。

 その中で近々ダンジョン近くに新たな村というか、宿や商店を作る話になり、そこで僕とキリを雇用したいというマレクさんの意向も知り、村での身の振り方について考える。

 ヒメの足だと早朝に出れば昼前には何とか付く距離か。

 村から通う考えになっている。以前のように住み込みでとはならないか。

 どうなるか今は考えもつかない。そうして居る内に寒い季節は過ぎていく。

 日差しに熱が戻って来た頃。ヒメがまた新しい子供を産んだ。なんとなくだが、僕が望むと季節を問わず産めるようだ。これが王種かぁ。人に害を成す魔獣とかの王種が現れたら災害だな。

 ちょっと危険性を認識する。

 先に産まれた子は大分大きくなっている。枯れ草から何から何でも食べてるな。漆の様な人が触れるとカブれる様な草もものともしない。食用で無い草を食べるので助かる。

 ヒメの子達は石板に戻せないので普通に飼う必要がある。

 大人しくて従順で、前述の通り餌も困らないし勝手に食べてくるのですることなくて楽ではある。

 あと糞はヤギや兎の様な粒状で水分の少ないものを出す。尿も少ない。そして臭わない。なんか凄いな。

 堆肥にならないかと畑の土に混ぜ込んだりしていたが、他の家の畑と違いウチの前の畑だけ雑草が早くも芽吹いている。

 そんな冬の間はヒメの毛を刈り糸を紬ぎ、織物とチーズを作り、次いでにチーズの保管庫を作っていた。

 冬を超すための食料も、それを買う現金も不足していたので本当に助かった食料事情。思えばキリは痩せすぎである。焼印の影響や本人の精神的な負担もあって、食は細い。なんならノーマより細い。

 少ないとはいえ、食べては居るのだが、身に付かない。何とかキリをもう少し太らせたい。傍目に良いもの食べて肥えてると思われる程度にはしたい。なのでチーズが量産出来るのは非常に有難い事だ。ヒメの子供からも何れは取れるのだろう。


 そんな中で織物は作っても町には売れないので村の人達に配っていた。簡素な服しか無い村には毛糸の服類は有難がられた。

 それでも毛糸は余ったのでお世話になっている司祭様への贈り物を冬の間作っていた。

 スキルで脱色して、糸の質も変えていく。細く強く軽く丁寧に紡いで行くと、以前扱った魔物繭の様な光沢のある糸になる。

 ヒメから取れる毛で言うと、今寝泊まりしている小屋には入り切らない位の量から一着の服を作る位には目減りした。その位にスキルの効果で別物と化す。

 そんな素材で作るのは礼服の上から羽織れる外套だ。着心地の良さは勿論、そのデザインも拘る。

 染色は出来ないので、兎に角編み込みで飾りを付けていく。光の当たり具合でその影の付き方等で見えるような装飾。教会の建物等に良く見られたこモチーフを思い出しながら今使える技能を全て注ぎ込む。


 聖水を持ってきた使者が最初は生地の質に驚き、形になっていく様を、来るたびに称えてくれた。

 その時にデザインについても相談しながら、恩人に贈るに相応しい物を作っていく。

 そして、もう1つ。

 分霊を使った試験をしていた。相変わらず町の方で活動し技の鍛錬に余念は無いが、それ以外に学びたい事を先の資料室潜入以降、色々と忍び込ませて貰い、文献類を拝見させてもらっていた。勿論、使うとなくなってしまう巻物等には触れない。魔術書の類には不慮の事故が怖いので近寄らず、僕が調べていたのは錬金術に関する資料だ。

 マスマには薬師は居らず、他所から取り寄せている。しかし、現在ダンジョンの探索の為にその薬が消耗され不足しているとか。商家の人達が買付を増やす方針で動いている。そうした薬の製法やスキルに関する知識、そして素材の情報を調べていた。

 認められた弟子以外に教えるほど安い情報ではない。ただ、錬金術は魔術と異なり、型に嵌める必要が薄い。必要な成分を抽出して濃縮するのが基本だ。

 この世界の薬というのは曖昧な扱いだ。ポーションのような魔法薬と呼ばれる類は錬金術の産物だが、薬効のある丸薬等は料理の、軟膏はまた別の分野になってくる。分野が整理されていないし必要なスキルが明確でないから、上手く発展せず失伝も多い。実際にやろうとすると中々の手間である。独学では無理に近い。

 だがその分利益は見込めるので今後の為に勉強だ。体が2つあるのは便利である。

 丸薬作りは薬効の成分を集めて固めて整形して、濃すぎると毒にもなるので調整してと

あるものを加工する感覚だ。

錬金術となると大分様子が変わる。

 素材に評価というか、例えるなら雑草が一点で沢山集めて百点集めるとその百点で一つの薬を精製出来る。

 中々のうまく表現出来ない。

 必要な点数を減らす道具や触媒があったり、錬金術は複雑だ。

 名前は馴染み有る賢者の石とやらは、触媒の一種であらゆる精製に必要な点数を大幅に下げる品らしい。実在している。

 それでも錬金術の技能が足りなければ、若返り等の薬は精製出来ないらしく、効率的な習熟方法についての研究が模索されている。その為の学校なりが王都にはあるとか。

 魔法の適性とスキルの適性が共になければ頭打ちになるスキルである。

 習熟に関しては自分はその枠に嵌まらず、若返りなり、反魂なり霊薬の類を作れる様にはなるだろうけれど、設備や素材的に所が問題で、そこそこな治癒の魔法薬を作るのが関の山だろう。

 今作りたいのはそんなそこそこの魔法薬である。

 ダンジョン需要で値上がりしているし、非常用に村に少し置いておきたい。

 冬はそんな学びの時間であった。

 春になり、畑仕事も始まる。

 完成した外套を、同じく加工スキルで作った木の箱に入れて、浄水を取りに来た使者に渡す。

 さて、畑はあるが育てられる作物なんて考えてないぞ。村の他の家は自分達の今年の作付け分で手一杯だ。

 その為の対策は一応考えている。

 分霊戦士を呼び戻す。久しぶりに手合わせすると、自分の成長を感じる。大分背が伸びた。殆ど体格差が無くなっている。

 出せるなもう一体。

 ソレについては後程検証。今やることは山に入り畑で育てる作物を探す事。

 僕は畑を耕す。分霊が見つけたらそれを採取しに行く。

 村の主な作物は芋と雑穀の類だ。それに加えて葉物の野菜が少し。あとは山に入りそこで季節の果実があればといった所だ。

 幸いな事に水は毎年雪解け水が地下にたまり、井戸は枯れない。数年前の飢饉は冷害が続いた事による。

 山とは言うもののそれ程の高いものでは無い。それでも山頂近くになると少し涼しくなり、植生も多少の変化がある。

 そんな山頂付近に、その飢饉の時に別の地域で食べられて危機を凌いだ作物があったと、そんな資料を目にしていた。涼しくて少し暗い場所でも成長出来て土壌改良もする。連作により土を痩せさせない植物だ。その代わり成長速度や繁殖力が弱く、他の植物が育ちやすい環境では競争に負けてしまう。そんな植物だ。

 大粒の固い豆の様な実をつけ、それを茹でて柔らかくしたり、粉にして加工するとのこと。

 根に根粒らしきものが付いている絵図をみてから気になっていた。

 村の近くの山にも無いかなぁと。

 畑に生えてきた食用に向かない芽は毟ってヒメたちの腹に収める。

 何を育てるのかと、たまに村の人が見に来る。ノーマの両親などは家で手伝ってくれたら作物を分けると提案してくれた。

 それはまぁ、有り難いがヒメから取れるチーズを行商から保存食と物々交換して周りからの援助は受けずに凌いでいた。



 では分霊に付いて話そうか。

 冬の間に分霊戦士のスキルが成長していた。


基本性能としては変わらず


破壊力D

スピードB

精密動作性C

射程距離∞

持続力∞

成長性C


見た目に変化はない。相変わらずのとんでも性能だ。


 スキルのレベルアップの効果はそれだけではない。


2体目の分霊を呼び出せる様になったのだ。

2体目といっても今まで使ってきた分霊戦士とは見た目からして異なる。別の新たな分霊が現れた。


 それは平均的な成人男性程の背丈で、小柄な一体目と似た銀色の装備を纏っていた。ヘルメットの意匠が少し異なり目元から口元が見えている。また拳を覆う保護具は無く拳打での攻撃性能は下がってみえる。しかし、それを補う様に分霊の周囲を一本のステッキが浮遊している。シンプルなデザインで片方の端は鋭利に尖り返しが付いており、もう片方はハンマーになっている。

 この浮遊するステッキを自在に操り、時に手に持ち自重を乗せた強打や、浮遊ているのをそのまま念力で操るようにして遠距離攻撃としても使える。

 何より驚いたのはこの分霊は魔術を使うことが出来る。


基本性能は


破壊力C

スピードC

精密動作性B

射程距離∞

持続力∞

成長性B


どうやらさらなるスキルレベルアップでステッキを他の分霊にも使わせる事が可能になるみたいだ。魔法はこの分霊のみの固有能力らしい。そんな感覚がある。

 これはあれだ。ヤバいのが出てきた。

 単純に鍛錬の組手相手としてみたけれど、前の分霊の経験を引き継いでおり、破壊力と精密動作性が向上した事で格段に強化されている。

 体格もこちらが劣る為、ステッキ未使用でも、なすすべなく軽くひねられた。頼もしい事この上ない。魔力は僕の物と別だが、お互いに分け合える。

 使える魔術は僕と共有で、どちらかが学習して使えるようになると、どちらも使える仕様だ。

 本当に凄いチートだ。まぁ身体能力以外のチートとして貰ったスキルではあるので、この世界では反則的な性能なのも仕方無い。

 速さの1号、魔法の2号だな。


 この2号の出現はかなり大きな進歩だった。2号は僕とキリの寝泊まりしている小屋の上で、瞑想しながら周囲に気を張り巡らせて見張りをさせている。

 これにより、僕は自分で魔力を使った後に瞑想している2号の魔力を貰い更に魔力を使える様になった。

 瞑想中は魔力の回復が早いので、使い放題と錯覚する程には魔術を行使出来る様になった。

 そして、それが錬金術には都合が良かった。何せ錬金術は魔法との複合スキルな為に魔力の消費が大きい。更に素材として浄水の利用価値が高いスキルでもある。

 聖水の為に浄水を殆ど教会に引き渡していたが、一気に余剰が生まれる事になる。

 キリの開放も早まりそうだ。


 2号を出してから数日後、聖水を持ってサリファさんが行商と共にやって来た。

 少し様子がおかしい。僕の小屋から少し離れた所で立ち止まり、じっとこちらを見るだけだ。

 手を振ると漸くこちらにやって来た。


「すまない、ボクが慝いものを呼び込んてしまったみたいだ。今後の赴任の事も込みで見直す様に上に掛け合うよ。」


 申し訳無さそうに話すサリファさんの視線は常に小屋の屋根の上だ。

 そうだった、この人はオーラを纏った分霊を感知出来るのだった。瞑想中はオーラを纏っているわけではないが、魔力を高めている。2号の事を察知して、過去に脅かした時の事を思い出した様だった。

 これは潮時であろう。

 町でのこの人の有り様も見て、単純に信用しても良いと思った。というより、かなり僕の事を調べて肩入れしてくれている。そうした対応にはこちらも報いて、誠意を示すべきだ。隠し事は無しで素直に謝ろう。


「その事について、お話があります。」


 そう言って足で地面に印を描く。目を見開いて注視するサリファさんを他所にキリも呼びよせる。

 二人が揃った所で屋根の上の2号を下ろし、1号も呼び出す。


「先ずは謝らせて下さい。不要な恐怖を与えて、苦しめてしまった。」


 謝罪の言葉に始まり、僕のスキルに付いてキリとサリファさんに打ち明ける。そして分霊の二人に泥水をかける。直ぐに流れ落ちてしまうが一瞬だけその輪郭を可視化する。

 これにはキリも目を見開く。


「君は固有スキルを持っていたのだね。そうか、確かにこのスキルは隠したくなる。隠しておくべきだろう。使おうと思えばいくらでも使えるし、君の経験からだと、不要な不信を買う。ボクにしたことに関しては気にしなくて良いよ。アレは単独行動した僕も悪い。良い教訓だった。」


 サリファさんは許してくれた。


「サグ、その分霊は魔法も使えるの?」

「そうだよキリ、僕と同じ魔術が使える。」

「じゃあ、奴隷は要らない?アタシは要らない?」

「そんな事は無いよ。」


 キリは大分自己肯定感が薄れている。二度も町から追われた事が自分の責任だと思っている。そんな事は無いと言っても本人が納得しない。ゆっくり言い聞かせて行くしか無いが、今回の分霊の事を知り、落ち着くまでの期間が延びたな。

 伝えたい事は伝えた。今後は夜中に分霊が仕事することも話す。特に2号は精密動作性が人並み以上で、僕よりも生産系スキルに適性が高い。分霊スキルは常に使って成長させたいスキルの筆頭だ。広く浅くになりがちな多数のスキルを持つ僕の成長には不可欠なスキルである。生活水準向上のためにも。

 話したい事は話して、渡すものも渡して。


「町で何かあれば、君の分霊に伝えれば君に伝わるということかい?」

「そうですね。」

「それだけでも相当な事だよ。この国は今の所平和だが、戦争にでも使われたら恐ろしいな。」

「そういうのに巻き込まれたく無いので。」

「ただ、ボクのようにオーラ等から存在を感知出来たり、歴戦の兵は気配だけで分霊の存在を察知するだろう。注意が必要だね。」


 注意点を話しながら、そのまま用事を済ませて、帰っていくサリファさんを見送る。


「初めてサリファさんが来たとき、分霊通して合っていたから、バレたのじゃないかと不安で注目してしまったんだよ。」

「あの時は私も勝手に不安になって、ごめんなさい。美人だったし。」


 うぅん?美人なのかな。髪の毛の手入れはして無さそうだし肌も僕がストレス与える前から結構ガサガサで寝不足っぽい感じだったぞ。顔立ちはメガネの印象強くてわからんなぁ。分霊で抱えた時の感覚からキリに負けない位には細いし。

 でもキリが言うならそうなのだろう。少し身嗜みの道具でも作って渡してみるか?秘密をだまっでいて貰う口止め料位の気持で。

 新しい季節は、馴染みの場所でゆっくりと幕を開けた。

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