第17話 でん11
仕事を任される際に、運ぶ荷について軽く説明を受けた。向かう無能村にはスキル持ちが産まれて、今後発展する兆しがあるらしい。
それ自体は珍しいが無い話では無い。無能者が代を重ねると神童と呼ばれる天才が産まれ救済する。それ故に無能者は集まりその時を耐え忍び待つ。
不幸な事に神童が産まれて数年後に飢饉に見舞われたが、その神童を町の商人に売って村は危機を凌いだそうだ。悲劇の様に聞こえるがその後は神童は町で成長し才能を開花させ、教会のある街へ身を立てにやって来た。
そこで司祭様と縁を持ち、その才を持ち聖水増産に助力していたらしい。
まだ未成年故に、司祭様は彼の存在を秘匿し成長を見守ると共に、折を見て確かな立場を与えるつもりで根回しして居たらしい。
しかし、彼本人の才は隠しきれず心無い者達の行いにより、蓄えた財産を奪われ街を追われる身となってしまったらしい。
僅かに残った財で故郷の村で役立つであろう家畜を買い故郷へ帰って行ったとの事。救いとしてはその神童の少年を慕う少女がついて行った事と、司祭様との縁が未だに残っている事だ。
「飢饉の時に売った子が、嫁さん連れて5体満足で帰郷する。例え街で上手くいかなくても、無事に帰って来てくれるんだ。今は悲劇でも何れ幸せな結末になれるさ。」
最後にそう話す使者の男は少年と面識があるらしい。
「その子はお前さんより年下だぞ。」
追加で言われた情報に目を見張る。
「そんな、本当にまだ子どもじゃないですか。」
「だから神童だと言ってるじゃないか。というかマスマの町で耳にしなかったのか?トハラ家が買った神童サグ。結構有名だぞ。」
まるで知らなかった。
「本当に知らないのか?孤児院にあった文字の一覧表や計算表は彼の発案だぞ?」
「あれ、そんなに最近のものなんですか?」
「彼がスキルを使って作ったのが始まりだ。それが術式の書の様に算術や書記のスキル書の効果が認められて、街で解析されて再現されのが去年の話だぞ。」
「そんな子が居たんですね。」
「変な権力何かの干渉から守ろうと司祭様も手を回してはいたのだがな。」
そんな隠されていた事を何故話してくれるのか問うてみる。
「それはな、ここ半年程彼とあって故郷での暮らし振りを見てな。安心したからだよ。彼の居場所がちゃんとある。本当に街では申し訳ない事をした。でもここでは凄く安心した彼の顔が見れてな。大丈夫だと思ったし、今後お前もマスマで活動するなら知っておくべきだと思ったんだ。」
確かにそれだけの人物であるなら、ダンジョンとの絡みでこの付近で活動する見込みの自分とも今後関わる事があるだろう。そんな自分への気遣いと、同時に何かあった時に彼を守って欲しいという事も暗に言っているのだろう。
これから合うのが楽しみになってきた。そして、少し別の期待もある。高品質な聖水の生産に関わっていた人物だ。もしかすると多少なりとも自分の手に入る機会があるのでは無いか。
頬に残る感触に暗い記憶が過る。最近は記憶も遠ざかり、落ち着いてきたが、時折あの夜の事を思い出し目覚める事がある。そんな時、夜の闇は恐怖を苛む。未だに日没後に一人で出歩く事には足が竦む。頬に染み込んだ印を洗い流したい。そんな気持ちは常に意識の隅にあった。
その日は教会からの使者さんはいつもと違う人がいた。
二人の内、片方は街にいた頃から面識もある人だがもう一人は合ったことの無い人。しかし、知っている人だ。ちょっと思考が止まる。
いやそうだろう。この人が仲間に相談出来ない様に、悪戯した時の仲間って教会の人だったじゃん。なんでこの事態を想定出来て居ないかなぁ。
凄く緊張する。向こうはこちらの事なんか、特に分霊の事もその使い手の事も知るわけ無いのに。
いつも通りに空の水瓶と聖水の小瓶を貰い、浄水を貯めた瓶を渡す。
「少し品質が上がってる?」
「はい、以前と同じ質ならもう少し作れる様になりました。」
「そうですか。上に相談しておきます。少しでも多いほうが彼女の為にもなるでしょう。」
視線がヒメの毛づくろいをしているキリに向く。
「それから、こちらの者は今後マスマに赴任予定の者です。年は若いですが優秀な術師です。まぁ、若さでいうとサグさんには及びませんがね。」
「サリファです。お見知り置きを。」
黒髪かと思っていたが、濃い緑なんだな。前世だと黒髪も光に透かすと茶色なのが分かるし、それが薄いと金髪になるけど、こっちの世界はメラニン以外の色素を持ってる感じ。というか魔法への適性が関係ありそう。
自分?前世と変わらぬ黒髪ですよ。多分透かしても茶色にならずに黒いままだろうけど。こういう所で異世界見を感じる。キリの赤毛は前世でもありそうな色だけど、サリファさんの髪の色は間違いなく前世では自然界に無い。よく見ると瞳も同じ色か。
マジマジと見ていたら照れられた。
「サグさんも成人したらマスマに戻るという話も聞いています。そうした時には教会の窓口としてこの者が応対することもあるでしょう。どうぞ良しなに。」
「いえいえ、こちらこそ。」
そんな挨拶をして品の受け渡しも終えて使者の人は去って行った。この後、村の中を見て回り簡単な怪我の治療や診療をしてくれている。それも無料だ。一応僕が代金を払っているという事になりなっている。本当にこうした手配をしてくれる街の司祭様には感謝している。浄水の生産にも気が入るものだ。
今回来てくれたサリファさんも優秀な術師なのは知っている。あの若さで多くの術を習得しているのだ。色々と気になって離れていく後ろ姿を目で追ってしまう。元気そうに見えたが少し脅かし過ぎたという気持ちもある。バレたら怒られるかなぁ。
そんな事を考えて見送っていると、ヒメの世話を終えて戻ってきたキリが普段と違う様子の僕に気が付き曇った顔で声を掛ける。
「サグはああいう人が好み?」
これには意表を突かれ変な声で返事をする。
「凄く真面目で頭の良さそう人だった。私と全然違う。」
あ、これ駄目な流れだ。
「私はたまたま近くに居ただけで、きっとサグの本当に好きになるのは」
「それより、聖水貰ったから古い方使い切ってしまおう。そういうのは焼印消してからな。」
言うだけ言わせてから焼印の治療の話を振っては話題を変える。
「焼印が消えたらあの人の前で誓いの言葉を言うかもしれないんだ。その時な険悪な空気になるような事はするなよ?」
誓いの言葉の意味を思案してから赤面して頷くキリ。
こっちも肉体的にまだ色々無くて感情的な事は明言出来無いので悪いが、予定としてはそういうつもりだ。その為に高い聖水を貰っている。
焼印が消えて、彼女の意思が完全に開放されてから、自由の下で言葉にして意思確認をするつもりだ。
それまでは僕の無意識が都合の良い言葉を言わせているかもしれない。
そんな事を考えるのは街で浴びた悪意を未だに引きずっていいるからかもしれない。
その時の結果がどうあれ、そこで漸く僕は前に進むか、倒れ伏して回復を図るかの状態になり次に進めるのだ。
俺も大概面倒だな。
その気になったら抱いてしまえば良いものを。前世ならそうしていたろう。どんな心変わりか。自分でもよくわからない。
少し憂鬱だ。
視点を帰路につくサリファ達に戻す。
「あの子がお前さんに興味を持つとはな。」
「アレはそういうのでは無いと思いますよ。単に眼鏡が珍しかっただけとか。」
「それでもだよ。彼があんなに視線を釘付けにするなんて。でもそうだな。お前さんは今迄彼の周りに居なかった類の人間だな。」
「ボクなんかを見つめても楽しいことは無いと思いますよ。」
「楽しいとかは彼の判断さ。まあ彼がサリファに興味を持ってくれたのは良かったよ。これから仲良くしてやってくれ。」
これから仲良くか。確かにその必要性はあるだろう。彼が提供したのは瓶にいつぱいの浄水だ。それも他に見ないほどの高品質の。教会が神童と認め縁を繋ぐ理由も理解できる。下手な権力者に知られれば、面倒に巻き込まれることは間違い無い。彼の保護は確かに重要な任だと言える。
マスマに戻り自分を残して荷物を街に届けに使者の男は行ってしまった。
これで今は自分を見ている者は居ない。一人の内に先程の少年を再度訪ね、彼が使者から受け取った聖水を少しでも譲り受ける。そんな事も考える。
行動を起こす前に彼の事を調べようと思った。
彼の視線を思い返す。あんなに異性に見つめられたのは初めてだった。年下の少年の視線に照れていた自分の免疫の無さに辟易する。彼といた少女は、少しやつれてはいたが愛らしい顔で。少年を慕い村まで付いてきたというのは彼女の事だろう。なんだか下世話な思考に向かいかけているので深呼吸して切り替える。
町の資料に無かった情報。それを少し探ってみる。
手始めに彼が考案した教材に付いて、町の商店で聞いてみよう。この町が発祥だと聞いた。教会でも役立っていると話して考案者の事を聞けば何か聞けるだろう。
自分達の住む町から産まれた品やその発案者を褒める内容で話題を出せば、大抵の住人は気を良くして話してくれる。
その考えは間違いではない。基本的な話術である。
しかし、それが適さない場合もある。
それがこの町の事情だった。
サグという少年に付いて。悪意は感じないが話し難そうにする。そこでふと思いつく事もある。
村から売られて来た町で、相応の評価を得て商品開発で結果を出した彼が街に出てくるのは理解できる。だが、その街で挫折した後に何故真っ直ぐ故郷に戻るのか。
この町で再起を図らない、図れない事情があるのではないか。
そこで少しアプローチを変える。
サグ少年が街の教会のから依頼を受けていた事、そして高い評価を得ていた事。悪意ある者により、不幸にも街を出る事になってしまったが、既に彼は無くてはならない人材であり、いつか再起の為にこうして訪ね、仕事を頼んでいる話をする。
村の方では元気そうで安心したと。
そして、街へ戻るの難しくても、何処かでまた表舞台に復帰させるにはどうしたものかと、相談する様に接する。
すると何人か、主に商人達からの反応が変化した。
「今はこの町でもあの子はまともな職にありつけない。だが近々ダンジョンの近くに新たな店舗が出来る。そこは町の外扱いだ。成人迄の期限を待たずにあの子の働く場所は出来る。」
彼が以前働いていたという商店の店主はそう教えてくれた。
そして、調べる内にとある年代だけ、この町には孤児が居ないことがわかった。彼と同じ年頃の孤児達がその世代だけ一人も町にいない。
飢饉の時期でもあったので少ないのは理解できるが、それは他の年代も同様だ。
丸々その年代だけ居ない。理由を調べると直ぐにわかった。そして、それがサグ少年が町を出た理由でもあった。
町中での暴行。彼の減刑のために複数の嘆願が出ており、事件の概要もしっかりと記録に残っていた。
村で彼と暮らしていた少女。色々と問題のある人物だったようだが、負傷を治す代わりに商店で働く奴隷となり、その教育にサグ少年が携わった。
それにより問題行動も無くなり生活が安定した頃、過去に共に問題行動を起こしていた孤児院の仲間が店舗に押し入り狼藉を働こうとした。
その際に防衛の為に彼等を撃退。
だが、町の法により裁かれる事になり、嘆願があった事と、今後の再発のおそれが無い為、町では成人迄の奉仕活動に専任するよう裁定が下された。
そうして、同世代の孤児達は犯罪奴隷として、他所の過酷な場所で働く事になり町から消えた。
「一度街に戻り、彼の事を調べなくては。何故町の人達から減刑の嘆願が出てそれが認められる様な人間が街を追われたのか。少なくともこの町の人々からは、彼に対する信頼が感じられる。」
少なくとも善良な住人であったはず。自分達の住む街は彼を受け入れられない程の狭量な街では無いはずだ。
この時は一種の郷土愛めいた感情が彼女を行動させていた。
荷を届け別の使者が戻って来て、以前サグから品を受け取って一月程経過してから再度村を訪れ、受け渡しを済ます。今回は街へ自分が届けると申し出て一度街へ戻る。
教会にて司祭様に浄水の入った水瓶を渡し、その時に畏れ多い事だが直接サグという少年に付いて聞いてみた。
自分がマスマの町で調べた事と、本人の印象も含めて、この街に居られなくなった理由がわからない事も含めて。
「貴女が彼に付いて、気をかけてくれているのは喜ばしい事です。」
最初に返って来た言葉はそれだ。
「貴女は確かに術者としての才能に恵まれ、よく学び励みました。ですがその勤勉さとは裏腹に一つの事に集中し過ぎて周囲を見る目が疎かに成りがちでしたので。彼を見出してくれた事に貴女自身の成長を感じます。」
「それは、勿体無いお言葉です。」
視野の狭さを指摘される。特に単独行動したが為に、抱えてしまった問題もある。
そして、彼に付いての話を聞く。この街で起きた事を。それはあまりに無情な事に聞こえた。
その真偽を確かめるべく彼と取引のあった商店に向かう。
マスマで良い織物を見かけた。ここの抱える職人の品だと聞いた。まだ取り扱いはあるかと。
そんな内容の事を店員に話す。
返ってきたのは店員からの冷たい目線。それが全てを物語っている。謝罪し、これからマスマに赴任する為に事前に調べを進めた上でとある人物の事に行き当たった事。
そして、彼を守れなかった事に関しての謝罪だ。
「ウチの店主も彼の事は気に入っていたし、彼の願いが成就した暁には正式な職人として囲うつもりだったんだ。今度はちゃんと守って彼の品が出回る様にしてくれ。」
店員の言葉は弟か何か近しい親類に対する様なものだった。
そして、彼の目的。それに関して司祭様は話されなかった。より詳しい話は彼といたキリという少女の働いていた食堂に行けと言われる。
そこの店主が彼が街を去った後に最も怒りをあらわにして一部の客を殴り出入り禁止にしたという。
その食堂は少年が衆目の中で、悪役に仕立てられた場でもあるそうだ。
なんとも気が重い。今は本人が居ないせいか噂は途絶えたが、彼が居る時は四六時中どここらか彼の悪い噂が聞こえていたとも聞く。
気は進まないが夕食を件の食堂で取ることにする。あまり繁盛していない様で客は疎らだ。
カウンター席で注文をし胃を満たして、客の途切れた所で出てきた店主に声を掛ける。
マスマでサグという少年にあったこと。教会は彼を気にかけているが、自分にはその情報が少ない事。そして、彼がこの街を追われたというのが腑に落ち無い事。
「あのキリって娘が奴隷なのは知っているか?」
「ええ、彼を慕っている様で良い関係に思えました。」
「そうだな。そのキリの主人はサグ本人だ。キリにとっては悪い主人では決して無いな。」
マスマで聴いた話と少し齟齬がある。サグが直接キリの主人だったのか。
「あの二人の仲だ、キリを奴隷から開放しても良いと思うだろう。あの娘が奴隷としての縛りを抜きにサグに気があるのは誰の目にも明らかだってし、サグもそれは知っていた。」
言われてみればその通りだ。奴隷でいることは一種の服役中の扱いとされ、雇用や男女の仲なら婚姻等に制限が出てくる。少なくともスキルを後天的に習得させる程に世話を焼き互いに信頼を深めた相手だ。ただの奴隷として置くのは違和感がある。
「キリの背には焼印がある。問題を起こした彼女をサグに差し出す時に押された者だ。俺もこの目で確認してる。」
「そんな馬鹿な、年端もいかぬ子供がそれ程の罪を犯したというのですか。」
「それだけマスマに居た時のあの子は札つきだったのだろう。」
マスマの彼等も同年代の孤児が軒並み奴隷に落ちている事を思い出す。相当な嫌悪感情が町の大人達にあったのだろう。
「あの坊主はその焼印を解除しようとしてたのさ。稼ぎの大半を教会に渡してな。スキル持ちとは言え子供の稼げる額には限界がある。そんな中でも教会の方は大分目をかけてくれてたみたいだな。」
最高品質の聖水を定期的に貰う。浄水を提供しているとはいえ、流石にそれでもまだ足りない程の価値が高品質の聖水にはある。
「ただな、知らぬ者にはあの坊主の努力は目に見えなかった。実際に街に来たばかりの頃はキリ収入で食っていたわけだしな。」
そこから彼の噂の詳細を聞き、その顛末も知ることになった。
目眩がする。そんな少年の大切な聖水を我が身の都合で融通して貰うつもりだったのかと自己嫌悪すらしてしまう。
「お話、感謝します。」
「そうかい。まぁ、あんたがマスマに赴任してくれるなら、俺も少しは安全出来るのかな。」
「ご期待に沿うように、今度は結果を残します。」
食堂を出て決意も新たに、マスマへ向かう馬車に乗る。
この身に染みついた呪いは自力で何とかするしかあるまい。さらなる精進が求められる。道は険しく見えていた。
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