第12話 ふで6

一度山賊に襲われて以降は、特に大きな問題も無く、素直に宿場で休みながら進み目的の街に辿り着いた。

 大きな街らしく、外壁の周りにも門の側には人が集まり集落を形成していた。

 そこまで荷車を引いて一息着く。肉体的な負担としてはあまり感じなかったが、矢張り自覚の無い疲れが溜まっていたとわかる。

 馬を借りるなり、次からは少し準備しようと思った。

 街の外でも逞しい商人達が商売をしている。ギルドの窓口もあるようだ。無理に中に入る必要はないかも知れない。

 ただ治安等は外壁の中より悪いだろう。何かあっても兵士が警邏で回っているわけでもないので自己責任になる。幼い僕らは過ごし無理してでも街の中に入るべきだろう。

 そんなわけで通行料を2人分払い外壁の内側へ。

 改めて、罰金により貯めていた貯金が大きく減っていた事を感じる。その辺はキリには黙っておこう。

 荷車を引いて一先ず商人達のギルドを訪問する。この街ではマレクさんのいた商家の権力はそれ程大きく無い。

 商いをするなら、改めてこちらの商家に挨拶して、筋を通して置く必要がある。


「マスマの町、トハラ家のサグ様ですね。こちらでも有名ですよ。トハラが無能村に出たスキル持ちを買ったと。」


 窓口で受付の為にギルド証を出すと、受付でそう言われた。スキル等が何も無い者達の斑で稀に生まれる優れたスキルや魔法適性の者。ここいら一帯での僕の風評はそうなっているらしい。五十年に一人の天才位の扱いだ。


「我が街のギルドでも、アレは人気商品です。」


 受付さんの視線の先には、僕が作った勉強用の掲示物が貼られていた。


「アレを張り出してから、5人、書記系のスキルが発現した者が居りまして。恐らくサグ様がスキルで作られた物だからでしょう。魔術継承に近い効果があると推測され現在検証中で御座います。」

「それは、初耳ですね。ですが急に注文が増えて値段も上がったのはそういう理由でしたか。」

「現在、効果が確認されたのはサグ様方作った物のみとなっておりまして。」

「その話はまた後日でお願いします。今は街の商業登録をお願いします。」


 ちょっと仕事の話しになりそうだったので本来の目的に話を戻す。

 一先ず指定された地域で露天を出す許可を貰い、宿泊先の斡旋も受ける。

 オマケでキリのスキルも判定してもらう。今まで機会が無かったので丁度良い。

 結果は見事に書記系統のスキルと暗記のような記録系のスキルが発現していた。算術もある。

 店の運営者や書類業務に於いてとても有用なスキル構成。

 受付奥の事務机から飢えた狼の視線が無数に注がれたので、そこで退散した。何処も事務方は人手不足のようだ。


 商人ギルドで手続きが済んだら、次は日雇いのギルドへ。街での活動申請をして外壁の出入りを申請する。

 街道直通の門は使えず、小型の馬車がやっと通れるくらいの専用の出入り口でのみの通行となる様だ。

 露天の許可が出ている場所とは離れている。

 そこまで終えて、商人ギルドから商会された宿泊施設へ向かう。

 ついた先は二階建ての長屋だ。下働きの若者が住まう社員寮の様な施設だ。一階の角部屋で荷車を置く為の場所がある。中は土間と炊事の他に一部屋。

 住込みでない未成年の就労者が暮らすには上等な方だ。

 今は他の住人は仕事に出ている様でみな留守だ。

 荷車の積荷を下ろして運び込む。部屋の内装は以前住込みでいた店の部屋に近い。向かい合う壁沿いに寝台と小さな机があるだけだ。

 本当に仕事と勉強以外は想定されていない。

 寝台はあれど、そこに敷く布団はまだ無い。

 季節がらまだ寒くは無いのでゆっくり揃えて行こう。

 今日の所は寝台に毛布を敷いて二人寄り添って眠る。

 キリの肩に焼印が見える。これをどうにかしないと彼女は一生奴隷のままだ。自分を買い戻しても、魔術的に縛られている状態は解除出来ない。

 その方法もこの街にいる間に調べて見当を付けておきたいと思った。


 街に入ってから数日。キリは寮から程近い飲食店で仕事を始めた。キリの持つスキルなら大体の商売事で需要がある。ただ、奴隷という事で日当は少ない。一人分の生活費がやっとの金額だ。


 僕は街の外や外壁内の農地で、食用の野草や、繊維のとれる植物の採取だ。

 売り物になるものを素材を取る所からしなければならないので、キリの日当しか現状では収入が無い。寮の他の住人から奴隷の少女に働かせてる奴という風評が出てきている。

 焦らずにやるしか無い。寝台に敷くための布団等を優先し売り物はその片手間に作って行く。

 保存食は多くあるが、現金が少ないので暫くは切り詰めないと。

 この街の商人と繋がりも無いのでそれを作る所から始めなければならない。

 下働きの働き口の斡旋もギルドに頼んで居るが、今のところ声はかからない。

 片手間に作って籠を持って許可された露天売り場へ。ゴザを敷き、作った籠を並べて値札を置く。この付近では標準的な値段だ。品質には自信がある。

 見て行く人は居たが、この日は売れなかった。

 翌日は中年の女性が買っていった。力を加えて変形させたりと色々と試して満足気に買って行った。評判が伝わってくれると良いな。

 その3日後に、他の女性等と連れ立って買いに来てくれた。増産して置いた籠や追加で作ったロープも全て買われた。

 その売上で保存の効く食料を買って帰る。そんな日々を過ごしながらゆっくり貯金を貯めていく。教材を作って売りたいが、如何せん材料が無い。材料買うなりできるだけ貯金が出来れば。

 そんな事を思って居たが、風向きが変わる。どうやら他の職人により制作に成功してようだ。僕の物と質の変わらない物が少し安く売られ出した。

 世の中は甘くは無い。


「なぁ、坊主。お前さんスキル持ちだよな。」


 隣の露店の男が声を掛けてきた。


「その籠も縄も中々なもんだ。住込みで良ければ、近くの村にある織物工房を紹介するぜ。」


 そう言う男の商品は染められた反物だ。


「それはありがたい話をです。僕ともう一人一緒に働けますか?」

「そのもう一人も生産系のスキルもちかい?」

「いいえ、でも算術や書記系のスキルがあって、街なかの店で今は雇われてます。」

「お前さんの連れにはそこで街中で働いて貰って、お前は住込みでってんなら話は早いんだがな。」


 僕一人なら受け入れる余裕があるがもう一人は微妙な所らしい。

 街は人も仕事も多いが、需要と供給のバランスは取れている様で、一部の職種を除き人手は足りている様だ。

 本当に困ったらギルドの事務方に入ろうかと思っているが、深夜まで働く激務だとわかって行くのはそれなりの覚悟が要る。


 そんな中でも売り物の品質は良いため、作れば売れる様になってきた。最近は手袋等も細い繊維から作って並べている。また、作って欲しい物を依頼する者も出てきた。


「そのお前さんが敷いてるのも自作かい?」

「そうですよ。藁を編んだだけですけど。」

「内の敷物が傷んできてな。いくらだい?」


 新たに作る場合と、今使っているものを譲る場合の値段を言うと新品を希望された。隣の露天商も上客だ。


 そんな中で、朝からギルドの依頼を見ていると気になる依頼が出ていた。街の外での荷運び依頼だ。荷車持参だとその分手取りが増える。金額も悪くない。

 その日から数日はその依頼を受け続けた。

 外壁の外で働き、日暮れに戻る。その仕事の間はキリを部屋で一人待たせる生活だ。灯りも付けずに部屋で一人待たせるのはの、少し心苦しい所もあったが、収入は増えた。


 荷車での運搬業務は、僕の他にもいろいろな人が受けていた。共通しているのは皆も力自慢な事か。

 僕は自前の荷車を引いて参加。荷車の無い人は依頼主から貸し出されていた。

 ある時、貸出用の荷車が積み込み作業中に壊れる事故が起きた。依頼書にその場合の責任のついて規定が無かった為に、揉めそうになっていたので、面倒なので僕がスキルを使い直した。

 翌日、変わらずに荷車を引いて積み込みに来ると呼び止められた。

 そこで少し恰幅の良い男性に連れられて街の中に戻る。

 案内された先には、壊れた車や農具が並んでいる。どれも全損では無いが本来の性能を失い、無理に使えばそれこそ原型を留めなくなりそうな状態だ。


「スキル持ちだと聞いてね。直せる物があればそれに応じで報酬を出そう。」


その提示額はとても魅力的だった。

その日の内に一番大きな馬車を直した。補強もちやんとして、スキルの影響で壊れる前より性能は上かもしれない。


 その後は直接その場に呼び出され、修理業務の日々だ。新たに壊れた物も運び込まれてくる。中には原型を留めない瓦礫も持ち込まれる。それらも何とか組み合わせて、なんとか形にしていく。

 そして荷運びの依頼期間が終わり、仕事の契約期間が終わった。

 僕は追加の報酬と、廃品から作り直した糸車を貰い受けた。

 後は今回の現金報酬で未加工の羊毛等を買えば、作れる商品が増えるし、高く売れる品が作れる。

 販路は今回の依頼主の商人が、僕の品の買い取りを希望してくれた。質が良ければそのまま職人として雇ってくれるととも。

 漸く生活が軌道に乗ってきた気がする。

 苦しいながらも順調に信用を重ね、街に来て半年程で壊れた品の修理と織物で年齢の割に多い収入を得るに至った。

魔物の毛を加工して衣服や布を作るのが主な収入原だ。寒くなってきた昨今。手袋や靴下は瞬く間に売れる。セーターや外套は材料を融通してくれる恰幅の良い商人に販売を委託している。こちらも自信作を渡しているし、買い手の評判も良いようだ。

 なので露店の機会は減り家で生産に明け暮れた。

 そんな日常の中でキリが食堂の仕事で休みになった時に二人で教会に赴いた。

 キリの背中の焼印は一種の呪いだ。普通の奴隷契約解除では、彼女の開放には至らない。その相談のためだ。

 対応してくれた神官は解呪の魔法と聖水でキリの治療を試みた。

 結果としては完全な解呪には至らなかった。上質な聖水を用いてもキリの肩の紋様は殆ど変化なしだった。

 しかし何年も掛けて毎日聖水で洗えば何れ解呪に至る事はわかった。

 何とか聖水を、それも高品質の物を求めたが需要が高く金で買える話では無かった。

 ただ、神官は人間の出来た人で僕に出来ることを探して、何とか安く譲る算段を立ててくれた。

 聖水を作るには神官の魔術で水を浄化する必要があり、その浄化工程が手間であり量産を妨げている。僕の使える浄水の魔術であれば理想的な聖水の原料になるらしく、聖水生産量も増やせるらしい。材料の浄化水を提供すれば融通してくれるという。高品質な聖水は高価でかつ需要もある。金持だからといってもおいそれと入手出来る物ではない。毎日使うなどとは、とんでもない話だ。だかそれでも必要だ。

 彼女は確かに少し悪さもした。しかし充分すぎる罰を受けたし心も入れ替えて新たな道を歩んでいる。今の境遇は相応しくない。もっと認められるべきなのだ。

 だから僕は金の代わりに毎日の終わりに全ての魔力を浄化水にして教会に納める。それでも求められる品質だと量は大匙で数杯だ。

 週末に作って貰った聖水を別けてもらい、それを小出しに使う。

 完全に開放されるまで数年かかるだろう。構わない。何年でもかければ良い。僕も成長し作れる浄化水の量が増えれば貰える聖水も増えるしその分開放も早まる。

 毎日、体力も魔力も使い切る日々だ。だが着実に貯金も増えてるし、キリの治療も進んでいる。

 成果が見えるのはそれだけで続ける理由になると実感していた。





 その少年と出会ったのはたまたまである。神官の身で聖水を作る術を習得し教会内で一定の評価と地位を得て安定していた男は、気まぐれを起こした。

 その日の夕方やってきた少年と少女。少女の方に奴隷の焼印が押され、それを解除したいと相談された。

 表面上は相談を受ける振りをして、彼等を帰した後で部下に二人の素性の裏を取らせる。はっきり言って信用に足る話では無かった。奴隷の少女に懸想した少年が連れ出して駆け落ち同然に逃げてきたのかと。もしそうなら他人の奴隷を盗んだ窃盗犯である。そうなれば教会の仕事では無い。

 そして、二人の事は直ぐに裏が取れた。驚いた事に少年の話した身の上話は事実であった。また、二人の街での暮らしも素行の良く、模範的な生き方をしている。

 かと言って高価な聖水を渡すのは話が違う。需要はいくらでもあるのだ。それに応じた対価を支払う者が得られるのだ。

 だが、少年に付いて調べた時に彼の才能に付いても報告があった。利用価値はありそうだ。

 故に試したのだ。聖水の材料となる浄化水を作れるなら、そこから少し分ける事は出来る。

 単に浄化の水を作る魔術なら使い手は多いが、聖水の作成行程を省略出来る程の品質の物を作れる者は少ない。

 だが、今は出来なくとも少年が本気で少女を想うなら、彼は努力するだろう。勤勉でよく励むと報告にあった。

 だから提案した。未来への投資のつもりで。

 その結果が手の中にある。大匙に一杯だが、彼は作って見せた。最高品質の聖水は一滴から取引される代物だ。それだけで効果も需要もある。

 顔が綻ぶのを抑えるのに必死になった。同じ量の聖水を作るのに普段どれだけ苦労していた事か。

 貰った半分は渡しても良い気分だが、さらにその半分の量を渡す。

 そして残りの聖水は本部へ納品と私的に使う。得られた利益は予想通りだ。

 毎日夕方に教会を訪れ挨拶とともに品を持って来る少年に、優しくしない理由がない。彼にはもっと私を信頼して貰わなくては。

 緊急で命に関わる事に私の作った聖水は使われている。今の所は。そんな中で少女の治療に必要な分をキチンと渡している。そして、本来の購入金額で見てもそれはかなり多めである事を教える。

 このサグという少年とは今後も良い関係を継続したい。故郷や現在追放状態の町に戻らず、この地に定着させるべきだ。

 増えた私財を一部彼等の為に使うのは、間違いなく良い投資だ。良い巡り合いを神に感謝する。

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