第10話 ふでん4

 予想の外から来られるとチート持ちの転生者も手に負えない。

 少女の傷を治療して数日後。孤児院の管理者らしき老人がマレクさんの店を訪ねてきた。その傍らに物々しい金属の首輪の付いた少女を連れて。

 老人の言い分はこうだ。

 欠けた永久歯の治療は手足の欠損治療に近い料金がかかる。そんな金は無いので少女を奴隷の身分に落として引き渡す。それで手打ちにしてくれという。

 あくまで善意からこちらが助けたというか主張は受け入れられず、ひたすらに孤児院とその運営者に治療費の請求をしないでくれとだけ主張する。

 この老人は隣で話を聞かされている少女を何だと思っているのだろう。

 おそらく無理矢理奴隷契約の魔術をかけられたのだろう。抵抗した事による生傷が増えている。

 そして、その瞳は何も信じる者が無くなった人形の目だ。

 老人が彼女の服を引き肩から背中を露出させる。左の肩甲骨のところに禍々しい文様が付いている。爛れた肉で描かれたそれは焼印を押し付けたのだろう。


「この魔術印に魔力を流せばこの娘は、主に逆らえなくなります。逆らえはこの焼印の痛みが全身を襲い動けなくなり、果ては息絶えるでしょう。ささマレク殿、遠慮なくやって下され。」


 どうやら店主のマレクが治したと思っている様だ。


「サグ、こいつはお前にやろう。上手く躾けて店の手伝いをさせるんだ。わかったな。わかったら魔力を流せ。」

「わかりました。ちょうど店の人手も欲しかったので。」


 内心を隠して老人の思う通りにやってやる。

 今後は勝手に子供を手助けしないでくれと言って去っていく老人を見送り何とも言えない気持ちになる。


「その子はサグ、お前が面倒見てくれ。本当に好きにして良いから。本当に気分が悪い。今どき子供に無理矢理焼印で奴隷紋をつけるなんて。あの孤児院の噂は本当なのか。」


 良く無い噂のある孤児院だか。それも頷ける人間が運営者にいるようだ。

 僕は置き去られた少女の方に気を向ける。虚ろな視線で口元半開きでよだれがたれている。肩は肌を晒したままだ。

 異世界転生で女の奴隷を手に入れるってはよく聞くけど、もっとこうさぁ、心温まる話というか、奴隷の女性との絆。育んだりとかそういうエピソードあっても良いと思うんだよ。

 確かに俺が手を出さなければ死んでいたかもしれない少女ではあるけどさ。作者の人頭おかしいと思うの。コイツの作品のヒロイン偶に本当に尊厳壊しに行ってるよね。


 取り敢えず涎は拭いて。


「サグ、その魔術刻印を押されたものは主が決まらなければ廃人同然のままだ。彼女を思うなら先ずはちゃんと従えるんだ。」


 質悪いなこの魔術。首輪も奴隷用の品で肩の焼印と連動しているらしく、発動すると締り、息を止め、場合によっては首の骨を折って殺すそうだ。

 魔力を流すと焼印が熱を持ち肉を焼く。そして悲鳴と共に少女が目を覚まし、床に倒れ悶えて失神した。


「首輪だけなら解除の術で外して、奴隷から開放出来るが、焼印はそれが出来ない。この子はこれから一生誰かの奴隷として生きるしか無い。」

「歯を治すのが金のかかる事なのはわかりましたけど、ここまでするものなのですか?」

「寧ろ、私はサグが何故そこまぜ優しく出来るのか不思議だよ。彼女は君に嫌がらせをしていたし、孤児向けの仕事でも勤勉な態度で無かっただろう?」

「まぁ、僕に嫌味を言うためにサボってましたね。」

「自分の食い扶持も稼がず、町の住人からの評判も悪い。もう少し歳を重ねたらスラムで客をとるか盗みでも働いて犯罪奴隷になっていただろう。少なくとも私は彼女をそう評価していた。」

「わかります。性格的に客は取れ無さそうだから、盗みか客を取る振りをして強盗か何かをしていたかと。」

「私達ですらそうだったんだ。先程の様子でわかったが、あれだけ金に拘る奴が運営していたんだ。犯罪で奴隷落ちする前に上手く金にする用意をしていたのだろうよ。気分の悪い話だがな。」


 それを聞いて溜息が出る。つまりこの少女は大分前に世話をしていた大人達から見放されていたわけだ。今回の事を切欠に体良く孤児院から切り離された。


「明日から変な噂建てられたりしませんよね?」

「それは仕方無いだろう。サグは特にこの娘に絡まれてたのを、町の人達は皆知っているし、お前を哀れに思って心痛めていたんだ。スキルを持ち、自身の買い戻しも済んだサグがちゃんと反撃して身を守ったと、そういう噂は立つだろうな。」

「奴隷より信用出来る同僚が欲しいです。」

「信用という意味ではある意味一番だぞ。」

「能力的に信頼できる仕事の相棒が欲しいです。」

「お前に釣合うのは同世代では諦めろ。もしくは貴族様と仲良くなることだ。」


 失神した少女を担いで店舗奥の自室に運び寝台に寝かせる。

 僕はこの店に住込みで勤務している。

 一応従業員用の部屋として二段型の寝台と机のある部屋だ。それ以外に何もなかった部屋に、大きな荷物が一つ増えた。



 それからは忙しくなった。

 少女の名前はキリといった。勉強に励む僕を冷やかしていただけあって、彼女は当然に教養など無かった。それ以前に精神的にかなり不安定危なっかしい状態だった。他人を見ると怖がるし、一人にしておくと唇や顔を引っ掻く自傷をする。

 兎に角顔に傷が無い事に罪の意識を感じるようだ。奴隷として命令を出して止めさせているが、凄いストレスのようで、肌や髪の痛み方が凄まじい。毛が抜ける。

 とうてい人前には出せないので、取り敢えず読み書き計算の勉強を命令してさせている。

 その為に1人で勉強出来るように教材を僕が作って、部屋の壁に文字の一覧や計算の基礎を記した羊皮紙を貼っている。

 後は黒く染色しスキルで加工した板に蝋石で文字を練習させている。

 自分が勉強しているときにあると良いなと思った物を作って使わせている。

 その成果もあってか1年せずにマレクさんも感心する程にキリの学力は向上した。


「サグならなんとかなると思ったが、想像以上だな。それで数は揃ったかい?」

「注文されてた数に加えて5枚程追加で作ったよ。」

「助かるよ。」


 僕が勉強用に作った文字表と計算表はマレクさんの目に止まり、商品として売ることになった。

 結果としてはマレクさんの所属する商家が全て買い上げ、他の町の従業員室に掲示させる事になった。

 それから今日に至り、キリが店番として満足な計算力と筆記能力を得た頃、他の町の新米従業員の基礎学力が向上していると報告があり、その主要因が件の掲示物だと皆の意見が一致。

 この度、正式に系列店舗での取り扱い品目に加わりました。僕がスキルを用いて作っていた事もあり、貴族や大手商家の子息向けの商品作成の仕事が僕に回って来ていたのだ。


「お疲れ様、大変だったとは思うがこれで以前言っていた二頭立ての馬車も現実的な話になったな。」

「そうですね。まさかこんなに売れるなんて。」

「ギルドをはじめ、いくつかの組織でも需要が出てな。裏方の仕事のなり手は少ないからな。それを増やす一助になると話題だよ。」

「それじゃあ今後も注文が増える感じですか?」

「そうだな。たが、流石にお前だけに作らせる事はない。上でもスキル持ちに作らせる手筈が整ったからな。開発の報酬として、今後は売上の一部がサグの口座に入るぞ。」

「それは、ありがたい。」

「礼を言いたいのはこちらだよ。何せ商品として上に提案したのは俺だからな。俺にも同じく金が入ってる。店の利益の何年分になるかわからない位の大金がな。」

「それはそれは、もう店じまいですか?」

「サグがついでくれるなら隠居しても良いな。」


 忙しかったがそれ以上に儲かった。苦労に見合う、またはそれ以上の報酬があるとどんな仕事でも出来てしまう。


 そして、キリも店番を任せられる位に成長した。奴隷でかなり厳しい制約が付いているので不正不義の心配が皆無だ。精神は不安定なままだか夜中に悲鳴を上げて飛び起きる事は減ってきている。顔の傷も減り人前に出せる。

 そんなわけで、本格的に時間が出来た。店の仕事はキリに任せて僕は好き動ける。

 そして店舗も収入が増えて増築された。部屋が増え台所も広くなった。僕が料理スキル持ちであることがマレクさんに知られ増築された。レンガでオープンをつけたり設備が良くなっている。

 何にせよ奴隷を得て仕事を任せることで、確かに僕の手は空き、利益は出た。

 今日は久しぶりに町の外に出る。編み物がしたいんだよ。紐が欲しい紐が。あと、低級魔法のスクロール買ったから金が入っても手元に残らない。火起こしと飲水には困らないくなったし、傷口や衣服を低刺激で洗浄する水魔術も覚えた。治療魔術と併用で効果的だ。もう神経に染みて失神させるような事は無い。


 そんなわけで稼ぎに行く。約1年ぶりの町の外だ。朝の仕事はキリ任せて、日暮れまで酷使。夜は勉強しながら寝台で力尽きて眠るのが彼女の日常だ。そこに慈悲とか無いのだけど、ストレスで見た目も内面もボロボロだった頃よりましになっている。

 飯だけは僕が作って美味くて栄養あるものだからな。うまくやれてると思うよ。

 町を囲む防壁の周りを歩いて、イネ科の植物を探す。無ければ少し付近の森や藪に入るつもりだ。

 ギルド登録し、キリが奴隷になってから1年。大半を町中で過ごしていた。最初は教材を作り、その量産。午後に少し買い物などに出掛ける程度だ。それでも自己研鑽は欠かさない。基礎魔術を教えてくれる老人、元はギルドで仕事を受けていたが現在は引退に魔術を習い、その後は武術の道場にも通った。身体能力強化のスキルがあるので、それを活かすためという名目だ。

 真の目的は分霊の戦闘経験から得たスキルを公然にすることだ。同時に徒手空拳で、しかも我流の体術で動く分霊を強化する目的もある。

 なので、道場でも真面目に型の稽古を黙々とこなす。先輩や師範の型や話から技の術理を学び一つ一つの型の意味や運用を考えながら、合わせて分霊の経験とも照らし合わせ、一挙手一投足に神経を研ぎ澄ませ鍛錬を重ねる。

 毎日通う事は難しいが、その都度、最高の集中力で望み、元々の勤勉さは知られていたので、道場の師範や先輩方も丁寧に指導してくれた。

 お陰で最近前世で言う所の段位を得ることが出来た。まだ一番下だが、認められた気分だ。

 段位を得る条件はオーラという魔力に似た能力を得る事だ。オーラは適性は関係無く鍛錬すれば誰でも得られるらしい。

 基礎の術としてオーラを身体に巡らせて物理的に肉体を強化する術を身に着けた。

 今も呼吸や集中力を意識して常にオーラを練って鍛錬している。一度オーラを得れば肉体の鍛錬は不要でオーラを練ると肉体も鍛えられるそうだ。なので段位を得てからはどれだけ普段からオーラを練るかという修行になってくるそうだ。

 そして、このオーラ分霊でも使う事が出来る。

 分霊を通しては魔術は使えない。しかし、オーラならば分霊の体で練る事も分霊越しに僕のオーラを使うことも、その逆も可能だ。この発見は物凄い成果である。お陰で分霊の攻撃力がDからCに上がる位には強化された。

 今、分霊は型をしながら動いて居る。前世の昔話で、才能の無いと言われた拳法家が、一つの技を歩く時も常に使い鍛錬し練り上げ、後に才能溢れる相手に鍛えた技一つで打ち勝ったという逸話の様に、全ての行動が鍛錬となるように動いて居る。

 本体である僕も歩き方や脚運びを意識している。

 傍目には少し変わった歩き方をして見えるが、町中ですれ違う道場関係者には、その調子で続けなさいと言われて好評である。最近は普通に見える歩き方でも同じ気の張り方というか、常に構えた姿勢になれる感覚が得られてきた。だが道行は遠い。


 そうした鍛錬をしながら採取物を探す。無いなぁ。

 森に入ると木に巻き付いた蔓を見つける。見上げると結構長く、果実の房が付いている。ブドウみたいで美味しい奴だ。蔓も衣服を作るには向かないが籠を作るには適している。

 採取してその場で籠を編む。スキルの習熟とオーラの効果で作るのも早くなった。5つ程出来た所で重ねて持ち、出来た籠にブトウを入れて満足して帰る。

 昼前に帰れそうだし、午後は道場に行こうかと考えながら店に戻ると、店の前が妙な気配だ。

 店の前に入口を塞ぐように数人の少年達が立っている。僕を見つける威嚇するように睨んでくる。

 見知った孤児院の少年達だけど。無視して中に入ろうとすると、それを遮る様に立つ。


「何のつもりかな?」

「少し待ってくれ。今取り込み中なんだ。」


 彼等の都合等知らないので、押し退けて入ろうとすると、そんな僕を取り押さえようと数人が手を伸ばす。それをすり抜ける様に躱して店内に入ると、ちょうど中にいた少年がキリの顔を殴りつける場面だった。

 彼は確か、最初にキリに反抗して、率先して暴行を加えていた子だ。後に腕力上昇のスキルがあることが判明している。小柄ながら力自慢というわけだ。


「ウチの店員に何をしているのかな?」

「店員?コイツは奴隷だろ?」

「それがなんだい。その主である僕がどう使おうと自由じゃないか。」

「その使い方が下手だから、俺が使ってやるってんだよ。売られたコイツが俺達より良いもん食ってるなんてありえないだろうがよ。」

「それだけ僕が稼いでるだけさ。」

「だけじゃ無いんだろ?あんたは男でコイツは女だ。なぁ、いいだろ俺だってコイツにはやり返したい事があんだよ。」

「君が痛め付けたあとで、治療したのは僕だ。君の分はそれでおしまいさ。今は僕が使っているんだ。商売の邪魔だし帰ってくれ。」


 応じない僕に、嘲る様な顔を向ける少年。スキルを得て増長しているのを感じる。後先考えて無さそうな顔だ。


「なら先ずはお前を説得してからにさせてもらうよ。」


 気配が変わる。重心が前に向く。攻撃してくるな。

 商品棚の隅にブトウ入の籠を置く。その隙に合わせて殴りかかってくる。

 彼のいくつかある失敗の内、大きなモノを上げると、僕が道場で技を磨いていた事と身体能力強化のスキルがあることを失念していた事だ。

 身体能力強化のスキルは彼の持つ腕力上昇の上位互換だ。部位出なく全身の強化。更には感覚や動体視力等も高まる。その上昇幅も大きい。

 心技体でいうなら、心は同じと見積もっても、技と体で彼は大きく劣っている。

 殴りかかってきた腕を取り、手首、肩、肘と、関節を外していく。最後に指を取りそのまま入口へ誘導して外へ放り出す。

 そんな少年を囲むように、外に居た仲間が駆け寄り、彼のやっちまえの声とともに僕に向かってくる。

 数にして七人。木の棒を持っている者も居る。

 そこからは町の警邏が止めに来るまでに5人を殴り倒した。そこで警邏の兵士達が来て止められる事になった。


 そこからは少し僕の思った方向と違う流れになった。

 僕と少年達はどちらも騒ぎを起こした主犯として罰を受けることになった。正当防衛とかそういう考えは無い。町中で争った事が罪だ。

 そして、当然未成年の僕らの保護者にも責が問われる事になる。孤児院の少年達は犯罪奴隷となり他所の土地に売られる事になった。

 そして僕はというと、少年達のよりは罪は軽くしてもらえたが、罰金。

 そして、保護者のマレクさんにも責が問われ、僕の雇用を解除。身元引受人でも無くなった。


 簡単に言えば、家と仕事を同時に失ってしまったのだった。

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