第9話 ふ伝3

 僕に対して多くの大人達は友好的だったが、逆に僕を疎ましく思う存在も町には居た。それが孤児院の子供達である。

 特に僕と近い年頃の子達は僕を目の敵にして蛇蝎のごとく嫌っていた。

 その理由は非常に単純である。親を失い、孤児院で養われ町中で取るに足りない形だけの仕事を受けて日々の糧を得ている子供達と、親に売られ一人町で働く子供の対比だ。実際は自分から売ったが親が売った事になっている。

 夜中まで文字の勉強をし勤勉な態度で、更にはスキルの片鱗を見せている子供。

 方や遊びたい盛で慈善事業でもらう仕事さえ斑のある子供。

 大人達の評価の違いを子供達は敏感に感じ取る。僕が居なければ同情や慈悲は彼等に向いていたであろう。それを横取りしたと思われても仕方無い。

 それを悪いとも思わないが気にする事もない。


「ちょっとアンタ、聞いてるの?」


 毎度飽きること無く絡んて来る者も居るわけで。

 毎日無視されているのに懲りない者だ。


「スキルあるからって大きな顔しないでもらいたいのよね。」

「大人に言われなきゃ何も出来ないくせに」


 一番背の高いに赤い髪の少女を中心に横から後ろから好き放題言葉を投げかける少年達。

 まだ体格差も無く力関係として中心の少女が上なのだろう。孤児院の中で僕と同じ世代の集まりで、最も対比される立場の子供たちだ。

 手は出してこないが、こうして声をかけたり、道を塞ぐように立っていたりと、その悪感情を行動で示している。

 いつもの事と無視して避けて通る。ギルド登録も済み、町の外に出でて活動出来るのだ。

 通常は町の出入りは通行料が必要だが、ギルドで活動申請すれば、申請期間中の通行料は免除されるのだ。

 これで町の外に出るお使いや、近隣の森等で採取や狩りも出来る。

 孤児院の子供達は、登録はしているが町中の仕事専属となる特別契約で通行料の免除が無い。代わりに彼等だけが受けられる仕事があるわけで一長一短だ。

 ともあれ僕は彼等を無視して町の外で活動出来るようになった。

 今後も彼等と関わる機会は少ないだろう。


 大人達の冷たい視線が僕の肩を通り越して後の者達に向けられている。こんな所で油売ってないで真面目に仕事に勤しめば良いのにとは思うが口に出さない。

 町の入口で守衛さんが僕に暖かい励ましの言葉をかけ、同時に僕の後ろに忌々しそうな視線を向ける。


「連中に何かされそうになったら、いつでも言ってくれ。俺達はお前の味方だからな。」

「ありがとうございます。」


 町の外に出てする事は枯れた繊維の取れる植物を探す事と、長い毛を持つ虫の魔物を探す事だ。前者は故郷でも紐に加工して色々と作った慣れ親しんだ物。

 後者はこれから初めて狙う獲物だ。ただ故郷の森近くで分霊が戦った事のある相手だ。その体毛を圧縮加工してフェルトの様な生地に出来る。毒なども無く弱い魔物なので良い獲物だ。もっとも加工にはスキルが必要なので、スキルの無い人には目障りな魔物でしか無い。


 それから暫くは、早朝に店の開店準備を済ませて、町の外へいき。夕方の閉店前の客入りと、閉店作業に間に合う様に戻る日々を送る。

 草は直ぐに見つかり集まったが魔物は中々見つからない。

 弱く害の少い魔物でも町の近くにいる者は駆除されている様だ。それだけ町の治安も良くキチンと統治されているわけだからそれを攻める筋合いは無い。良い町だ。


 そんな日々あいも変わらず孤児院の子供達は僕に心無い言葉を浴びせる。

 親の居る子供達はそんな僕と孤児院の子供達から距離を取る。親からの心象は良いので店にお使いに来た子とは話したりする。僕が真面目なせいで親の小言が多いと、何処まで本音か判断に迷う愚痴を聞かされるが、その程度だ。彼等も僕に対して悪意は持っていない。

 真面目に積み重ねた奴が、成果を評価されているそれだけのことだと子供でも理解しているのだ。まぁ、距離は置かれるけど。


「スキルが出たから村へ戻るんでしょう?なにするか知ってるんだから。不潔ね。」


 どこまで自分の言葉を理解しているやら。女子は其の辺成熟早いと聞くし、本当に理解しているのかもな。

 僕がまるで相手にしていないし、彼等も直接手も出さない為に、周囲の大人は苦い顔をしながらも見守るだけだ。


 孤児院の子たちもいずれ、僕に構う暇も無くなるだろう。他の年代子供達より働く時間を削って僕を冷やかしているのだ。色々と不利益も出てくる。


 そしてそれは当然に川の堤が決壊するような激しさで表面化した。

 絡んで来る一団が今日は居ないと穏やかな気持ちで町を出て、少い成果と共に戻った時だった。いつもの彼等が仕事の後にたむろしている細い路地の突き当りで、それは起きていた。

 いつも集まりの中心にいた少女が服を半端に脱がされ地面に倒れている。露出した臀部が紫に腫れ上がっている。脱ぎかけの服は手足を拘束する役割を果たし、倒れた少女は起伏の乏しい上半身と腫れた臀部を晒すように横倒しになり、彼女を取り巻いていた少年達がその腹部に代る代る蹴りを見舞っている。

 特に悪態を付きながら積極的に蹴りを放つのは、集団でも頭一つ低い少年だった。よく小突かれてパシリの様に扱われて居たが、どうやら彼が逆襲し力関係に変化が起きたようだ。

 ここで少年達の暴行が性的なモノにまで及んでいないのは幼さか、はたまた強すぎる憎悪故か。

 それにしても、少しやり過ぎというか子供の腕力のお陰でというか、そのせいか、まだ息はあるが弱々しい。顔も腫れており、それとは別に青くなっている。

 長く苦しんでいる。


「おい、何してる。」


 見ていられないので声を掛けると、少年達が振り返り、僕を見て複雑な顔をする。

 一人、積極的に少女を攻撃していた少年だけが


「お前もやれ。コイツの事嫌いだろ」


と捲し立てる。確かに良く思っては居ないが流石にやりすぎだ。

 再度倒れた少女を蹴ろうとしたので、少年をぶん殴る。やり過ぎなんだよ。ちょっとは痛みを知れ馬鹿者。


 理由がわからないという顔で僕を見る少年。


「殺す気かよ、コイツもお前等も俺には手出ししなかってろうが。くだらねえ事に巻き込むな馬鹿。」


 僕の言葉に何か思う所があった少年達は一人一人もその場を去る。最後に残った僕に殴られた少年も。何か言いたそうな顔をしながらも、堪えて去って行った。


 さて、そして残ったのはボロ雑巾の様になった少女と僕だが。ヤバいなこれほっとく死ぬんじゃないか?

 慌てて介抱する。取り敢えず服の乱れを直して、体を締め付けるような衣服のじゃなくて貫頭衣の様な服で良かった。

 触った感じ肋とかが僕にのと比べて異様に変形したり、骨の感触が途切れる部分もない。てか細いなぁ。

 腫れた尻はまあ、大丈夫かな?蹴られてた腹はわからん。

 腫れた顔はって、口に石と砂が詰められている。これでは悲鳴をあげられなかったろう。掻き出すと奥の砂は酸っぱい匂い液体にまみれていた。

 同時に胃液をむせながら吐き出す少女。可哀想に上の前歯が一本折れてる。石を詰められたと時に折れたのだろう。年齢的に永久歯だろう。本当に可哀想に。

 咽る少女を見下ろす。中々呼吸が整わないなぁと見ていると、どうやら小声で何か呟いている。耳をすませばそれは謝罪の言葉と許しを懇願する言葉を呟き続けている。

 そして、そんな状態からようやく自分への暴行が止んでいる事に気が付き視線を周囲に向けた。そこで僕の姿を見つけて表情が恐怖に染まる。歯を鳴らして震えて、青い顔で過呼吸を起こしている。コレはこれで見るに耐えない。どうしたものかと天を仰ぐとその隙に這って逃げて行った。壁に捕まり体を起こして、覚束ない足取りで必死に僕から離れようとしている。その背中を見送り溜息を一つはいて僕も店に戻る。

 今日は気分が悪い。


 翌日から孤児院の子達が僕に絡むことは無くなった。皆、僕を見ても目を逸らし無言ですれ違うたけだ。

 その中に今迄中心にいた人物の姿は無かった。

 少年達から離れた所で顔を腫らした少女は1人で歩いている。片手で口元を隠しているの。僕はいつもの道を歩く。そこで町中の仕事へ向かう彼等とすれ違うが、もうそれだけだ。


 本当にそれだけだったら心底良かったと思う。孤児院の子達は同じ場所で働くので結局皆同じ道を通る。

 同じ時間に。

 それ故に変化が判る。一人、明らかに遅れている者が居る。

 顔の腫れは治まってきた少女だ。孤児院での人間関係も悪化しているのだろう。1人で定まらない足取りのまま歩いている。その様相は日に日に悪化している。ただでさえ手入れの行き届いていなかった赤毛はより荒れて、カサも減っている。明らかに抜けている。匂いも酷い。周囲の人が避けて通る。今日すれ違った時、僕が近付いたのに気が付いた様子は無かった。視点も泳いでいるようだ。そして匂い。体臭では無い膿んだ傷口の匂い。そして口元を抑える手の隙間から滲む粘性のありそうな液体。

 孤児院の責任者は何をしているんだと、その憤りは僕の務める店の店主で、保護者代わりのマレクさんにそれとなく話すとはっきりしない返事が帰ってきた。

 孤児院の運営は芳しく無い様だ。

 とはいえ、一応暴行の現場からは助けた相手だ。このままだと遠くない内に外を歩く彼女を見ることは無くなるだろう。


「水薬、一本買いますね。」

「君という子は。一番憎いであろう相手に。」

「親を殺されたわけでも、僕が殺されかけたりわけでも無いですから。」

「それを言葉に出来る大人がどれだけ居ることか。」

「結構いると思いますよ。皆僕には親切でしたし。」

「そうだな、そうなんだろうな。」


 歯切れのよい会話にはならないよなぁ。


 その翌日は朝の用意を済ませていつもの道で標的を待つ。

 僕に気付かず通り過ぎた孤児院の少年達の後に遅れて、いよいよ幽鬼の様相をしてきた少女が壁に体を預けながら歩いてくる。ここ数日、その有り様から仕事場に入れてもらえていないと噂を耳にしている。

 彼女の前に立ち塞がる。虚ろな視線が僕に間近まで迫ってから光を取り戻す。その目に宿るのは恐怖だ。その場に立ち尽くす彼女の腕とり引っ張る。

 僅かな抵抗を感じたが、成すすべも無く僕に惹かれて歩き出す。口元は手で抑えたままだ。すぐ近くの建物の隙間に連れ込む。そこまで来ると観念したと言わんばかりの瞳で僕を見ていた。口元を覆う手を引き剥がす。

 思った通り、血と膿にまみれて酷い状態だ。唇も腫れ上がりこれではまともに食事も出来ないがだろう。

 砂や石を口に入れられて居たのだ。破傷風の様な感染症にならなかっただけ幸運と思うしか無い。無理矢理口を開かせ持ってきた縄を奥歯に噛ませる。膿だらけの口に水薬を掛けて洗う。


 短いく小さな悲鳴と共に咥えさせた縄が落ちる。どうやら食い縛らず口を開く方に動きそのまま失神した様だ。股間も異臭と共に濡れてきている。

 意識が無いのを幸いと口の中を洗い流す。剥き出しの神経に染みる薬をかけているのだ。耐えられる種類の痛みではない。

 口の中を洗い終えた所で折れた前歯が目に留まる。ここから菌が入り悪化したのだ。痛みも半端では無かったろう。

 ここで最近覚えた土属性の魔術を行使する。効果としては骨折した骨を繋ぎ止める魔術。治るわけではない。軽くくっつけて治癒を促進する魔術だ。

 それの応用だ。欠けた前歯を補修する。象牙質とかエナメル質とかはよくわからないが兎に角固く、土台の歯を覆い、それっぽい形になるように、そして出来るだけ丈夫に。

 ぶっつけ本番だったが何とか形にはなった。軽く爪で叩いても大丈夫そうな感じだ。

 後は、失神した少女が目覚める前に、色々と綺麗にしてやろう。失禁した下着は目覚めてから本人に任せるとして


「起きないな。息はしてるし大丈夫だよな。」


 なんか、呼吸はしてるけどどんどん浅くなってないか?

 よく考えたら怪我と感染症と栄養失調とで衰弱仕切った身体にあんな激痛与えるような事って、治療以前にトドメを刺してるのでは。


 血の気が引いていく。抱えて家に連れ帰る。そこは病院とか行けと思うが僕も冷静では無かった。自分用に保持していた活力剤を開けて口に入れる。少しずつ。それを一口でも飲んでくれて呼吸が少し深くなって一安心だ。

 やるべきことは消化の良くて滋養のあるものを与える事だと勝手に決めつける。

 野外食のブロックを水と共に鍋に入れて溶かす。生産スキルには料理も含まれる。不味い固形食をお湯にふやかして溶かしただけなのに、何故か美味になる。それがスキルだ。料理は人前ではしないようにしてるが今回は非常時だ。

 明らかに素材からは出て来ない芳醇な香りがたち、食欲を掻き立てる。匂いに釣られて少女が目を覚ます。

一旦、自分から何処に居るのかわからず困惑の表情を浮かべ室内に僕の姿を見つけて絶望に染まる。

 慌てだ様に口元を抑えて、首を左右に振り返り小声で何か言っている。


「痛くしないで」


 囁く声で繰り返している。

 自分の行いを振り返り、周り全てが自分を痛めつける、恨みを持った相手だと感じているようだ。


深めの皿に溶かした固形食をよそい、彼女に歩み寄る。


「口はまだ痛いか?」


 僕の言葉に少し間を置き、ハット何かに気が付いた素振りを見せる。恐る恐る口元を指で確認するようになぞり再び、別の理由から口元を抑える。


「平気なら食え。あの状態じゃまともに食えてなかったろ?」


 差し出された皿を匙で一口食べてから、匙を使わず一気飲み干した。品は無いが気にすることじゃない。


「食い終わって、落ち着いたら帰れよ。」


皿を回収して洗い始める。


しばらく無言


「怒ってない?」

「怒ってるよ。当たり前だろ。」

「嫌いでしょ。」

「当たり前だろ。」

「嫌いなのになんで?」

「死んて欲しいとまでは思ってなかった。だから見殺しにもしない。」


 再度沈黙


そして僕が背を向けている間に部屋から出ていく気配。


まぁ、これで良かったと思うよ。ヤバい状態では無くなったし。この先、もう僕の邪魔をしてくることもないだろう。

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