第2話 韮崎にて

 どんどん過ぎ去る都市の風景を横目に、私は駅弁を食べていた。食べてはいるのだが、なんの駅弁を買ったのか記憶は曖昧だし、味もあまり感じられない。


 これから待ち受ける壮絶なサバイバルレースに、私は緊張していた。


「はああ? 全長78km? そんなのどこにも書いてなかったじゃない」


 参加案内を受け取り、私は急いでホームページを再確認した。だが、書いてあった。はっきりくっきりと、割と上の方に。応募したのは母が亡くなってまだ数ヶ月というタイミングだったから、頭がぼんやりしていたのかもしれない。


 味のしない駅弁を頬張りながら、その時の自分の衝撃を思い出し、ため息が出た。


(まあ、ここまできたらやるしかないか)


 諦めの境地に達しつつ、荷物をまとめる。まもなく韮崎駅に着くからだ。


 韮崎の駅前は、なんというかだだっ広かった。

 近代的で綺麗な駅なのだが、東京と違って建物が敷き詰まっていない。土地の使い方が全然違うんだな、と思いながら、駅前の広大なロータリーを横目に、スタート地点の小学校の体育館へ向かう。


 体育館に到着し、受付を済ませる。そこにいたのは小学生からご老人まで、バラエティに富んだ参加者の顔ぶれだった。皆一様に、受付で配られた蛍光イエローのキャップをかぶっている。


(なんかほんと、市民イベントって感じ。それにしては凄まじい人数だけど。千二百人とか言ってたっけ)


 会場の端っこに陣取ると、ふと、一人の男性と目があった。にっこりと笑顔を作り、会釈した男性は、格好は他の参加者と同じくジャージではあったが、ちょっと目を引く感じの整った顔立ちをしていた。


(一人で参加する人も、結構いるのかな)


 私は愛想笑いを返して、すぐに壇上の市長の話に耳を傾けるふりをした。他人とスマートにスモールトークを展開する技術は持っていない。


 視線を移し、会場を見渡すと、親子連れが多くいるのに気づく。


(ああ、私にもあんなふうに、親に守ってもらった時代があったのにな)


 子どもと呼ばれる時分から、10年は経った。なんだか急に、胸が締め付けられるような気持ちになった。

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