第四話


 「ファンタジー系3 第四話」



         堀川士朗



大正九年八月二十九日。

小蝿川宇在はその日取材に出かけていた。

射程距離三千八百キロメートルを誇る、二百八十センチ憤進ラヰフル砲十二門が配備された要塞都市『新濃』までの取材旅行。

新濃は、北方の超大国『北の国』からの侵攻を防ぐために建設が急がされた、巨大なドウムで覆われた軍事都市だ。

九州北部に存在する新濃までは東京駅からリニア・モウタア・カアの暁号が出ている。

流線形の近代的なデザヰン。

営業運転最高時速五百キロ。

所要時間四時間足らずで東京から新濃に到着する。

片道十円二十五銭の特急切符代は出張費から出ている。


斜め前の席に座る若い親子連れは、十数年前明治の頃に流行った鉄道唱歌を唄っている。

速度上車窓からは景色が眺められない(シヱヰドが降りている)ので小蝿川は豆型蓄音機で五センチの電子レコヲドをかけてブラアムスやヅオヴォルシャックなどのクラッシック音楽を聴いて時間を潰した。

無論、迷惑にならぬようにヰヤァホンで聴いている。

京都で駅弁のきつね寿司を車内販売にて購入し腹の中に納めた。

何の変哲もない関西特有の三角形のお稲荷さんだが美味い。

付け合わせのカブとキュウリの漬物も美味い。漬けて三日目ぐらいのものなのか、お酢の角が取れてなめらかである。

四谷サヰダアがシュワシュワする。


新濃に着いても、帝国御用達のまさに御用聞きのような宣伝・取材しか出来ない予感は彼の中にあった。

国防喧伝の片棒を担がされるのだ。

だが仕方がない。

それは仕事だ。

キナ臭い空気は好きではなかったが。

先だって国際連盟も発足したばかりだが、まだ世界大戦の終わりから日が浅い。世界は、大日本帝国は疲弊を隠せない。

なのに、もうすぐ北の国との戦争がやって来る。

血生臭い戦争は嫌いだ。

取材のやる気はしなかったが、どうせなら二百八十センチ砲の威容を一度お目にかけたいと億中工業社製のキャメラのレンズを丁寧にセヱム革で磨く小蝿川宇在であった。

恐らく、管理者立ち会いの下で決まった場所決まった角度決まった構図でしか写真に収める事は出来ないだろう。

小蝿川はそれも承知していた。


到着。

機密上、軍の管理者と一緒に行動する事となった。

新濃に住む人口は一万八千人ほど。

そのほとんどが憤進ラヰフル砲のメンテナンス従事者や技術者であり、軍属やその家族である。

市内には市場や病院、社交場などが形成されている。

軍事基地というよりかはもう完全な都市である。

ドウムという事でもっと薄暗い印象なのかと思ったが、硬化べヰクライト製の屋根はプリズム採光処理が施されており外光を取り寄せて想像よりもかなり明るい。

新濃市民はみんな浅黄色の国防服を着ていた。

街はほんのりと火薬の匂いがした。


十二門の二百八十センチ砲。

その偉容は想像を遥かに越えていた。

神々しささえ感じて身震いした。


「恐れ入谷の鬼子母神だなぁまったく」


そう独りごちる小蝿川であった。

また同時に、ものすごくカネをかけた意味のないオブジヱのようにも思えたのは彼の、戦争に対する批判精神からだろう。

ドウムは開閉式になっており、街の中枢部にある前代未聞の巨大砲群はベアリングを用いた最新特殊構造の台座により三百六十度の射角度が取れ、死角はない。

しかも十二門による連続射撃、速射が可能だ。

使用される堅鉄破甲弾の重量は一発辺りおよそ二トン。

重巡洋艦でも、たとえ戦艦相手でも、一発かすっただけで轟沈。

否、消し飛ぶだろう。

弾の実物は機密上見せてもらえなかった。

空の薬莢は見せてもらえた。

まるで巨大なドラム缶だった。


十二門の砲は、太くて長い巨人の指のようにも見えた。

取材用の写真を二十枚ほど、管理下の元に撮り技術者に砲の話を聞いた。


『初速。命中率。命中精度。威力。連射性能。ヱトセトラ。全て最新最強のデヱタです。北の国の大魔王は虎視眈々と大日本帝国への侵略を狙っています。それに唯一対抗し得るのは要塞都市新濃の二百八十センチ憤進ラヰフル砲だけなのです』


ざっとこんな感じで、聞こえてくるのはこと日本を覆う戦争の跫(あしおと)ばかりだった。

技術者や管理者とはここでお別れとなり、街を歩いてみる事にした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


夏蝉が

小便を垂らし、

ポタリと

絶命する。

人間と同じだ。


五行歌を詠む。

市場で冷たいたぬき蕎麦を食べてから街外れを行く。

新濃にも田園風景はあった。

試験的に米を作っているそうだ。

蛙が鳴いている。

一本の田甫の畦道を少年が歩いていた。

妖精ホヰップを連れていた。

都会にはいない大変レアな妖精だ。

体つきは子犬か子熊のような丸っこいコロコロとした感じ。色はアヰボリヰ。体長は四十センチほどで小さい。

背中に四枚の薄い緑色の羽根があり、ふわふわと浮きながら移動する。

かわいい。

動物の天使のようなヰメヱジだ。

小蝿川は妖精ホヰップが急に無性に欲しくて堪らなくなった。


少年の名前は草柳鉄兵と云った。新濃の尋常小学校に通う少年。ホヰップの飼い主だった。

彼もまた浅黄色の国防服を着ていた。

それだけここが最前線の街である事の証なのだろう。


小蝿川は商談を開始した。いくら出せばホヰップを売って呉れるか聞く。すると、草柳君は、


『六十銭ならオウケヰだよ』


と少し恥ずかしげに言った。


「良いだろう。出すよ。活動写真でも観に行ったら良いよ」

「ええっ!?本当に六十銭も呉れるのかいっ?うわあーぁ、チヱダ屋の羊羮が十個(じっこ)も買えらぁ!おじさん、ありがとう!捨丸、かわいがってもらうんだぞ!」


小蝿川宇在は草柳少年に十銭白銅貨六枚を渡した。

鉄兵少年は六十銭を受け取りホクホクと喜んで高くジャンプしながら畦道を駆けて行った。

小蝿川は満足した。小さな世直しも出来た。

ウヰンウヰンではないか。


妖精ホヰップは小蝿川の後ろをついて来た。

ホヰップ族の習性として、飼い主の気持ちが離れなければ、片時も離れず昼夜問わず自動追尾するというものがある。

それに倣ったのだろう。

今日から小蝿川がホヰップの飼い主だ。

東京に戻ろう。

後は秋明社に戻ってマヰクロコンピュウタアに原稿を打ち込んで今回の取材は終了だ。

帰りのリニア・モウタア・カアで居眠りした。

小蝿川は夢の中で、怪盗奇妙紳士となって盗んだお宝を貧民窟に撒いていた。



現(うつつ)の中の夢の割合が非常に高い。そんな夢のような現を誰しも生きている感じがする。ふわふわ。写し世。



          ツヅク

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