第四部 復讐編

一章 販路を広げる

第119話 別視点――女剣士リズ

「ここもダメか」


 リズは閉ざされた扉を見て、ため息をついた。

 開店時間はとうに過ぎている。だが、目の前の食料店は開く気配すらない。

 これでもう六軒目。朝から街をさまよい続けて、いまだに開いている店を見つけられないでいた。


「この街はもうダメかもしれないね」


 閉まっているのは食料店だけではない。靴工房やガラス工房、金細工かなざいくに革なめし。どこも看板をおろし、戸を閉めている。

 物資が不足しているのだ。街の外から入ってくるべき素材がこない。

 原因は魔物だ。街の周囲をうろつく魔物が増えすぎてしまったのだ。

 田畑を荒らすわ商隊を襲うわで、流通も完全にストップしてしまった。


「ちょっと欲張りすぎたね。判断を誤った」


 リズは冒険者だ。

 その増えすぎた魔物を間引くのが彼女の仕事。

 しかし、狩っても狩っても魔物は増える一方だった。


 目端めはしがきく者は早々と街を出た。ただごとではないと感じ取ったのだろう。

 だが、リズは見誤った。稼ぎ時だと勘違いしてしまった。

 

 ときおり、冒険者ギルドは依頼とはべつに金を出す。懸賞金としょうし、強い魔物の討伐や新種の魔物の生態調査に報酬を上乗せするのだ。

 それがリズの目を曇らせてしまった。


 気付いた時にはもう遅い。

 冒険者はおろか兵士でも処理しきれないほど、魔物は増えてしまっていた。


 むろん、逃げ遅れたのはリズだけではない。多くの冒険者もまだ街にいた。

 となりの男もそのうちのひとりだ。


「リズ、あきらめろ。食い物は道すがら手に入れるしかねえ。それより商隊の出発時間がせまっている。これを逃したら本当に街から出られなくなる」


 男の名はジェイク。リズが以前組んでいたパーティーのリーダーだ。

 一度はモメて解散はしたものの、再び声をかけられ行動をともにしている。


「食える魔物だったら良かったんだけどね」


 リズは笑いながら言う。 

 増えた魔物は新種が多かった。

 懸賞金としてはおいしかったが、実際には食べられないやつばかり。

 全身火に覆われた悪霊みたいなやつだとか、人の顔が浮き出たイモムシだとか。

 物理的にも気分的にも、食糧には適さない。まだゴブリンの肉の方がマシなくらいだ。


「違えねえ、どんな悪食あくじきだってあれはムリだ。そもそも肉ですらねえんだ。いや、リズ、そんなことよりも急いだほうがいい。男爵が門を封鎖するってウワサだ。これがほんとに最終便だ」


 男爵が!?

 リズは驚いた。

 リール・ド・コモン男爵は、この街をおさめる領主だ。

 彼は生粋の貴族だが、冒険者や商売人に対して理解のあるほうだったハズ……。


 いや、それほど切羽詰まった状況なのだろう。完全に守りにはいったということだ。

 しかし……。


「ジェイク、あんた何でそんなこと知ってるんだい?」


 リズは不審に思った。

 どちらかというと、ジェイクは頭が回るほうではない。事実よりも感情を優先するきらいがある。

 諜報活動だってしたがらない。チマチマ考えているより、やってみれば分かるだろうって考えの持ち主だ。

 それがなぜ、男爵の動向を知っているのだろう。


 それに、だ。

 たしかジェイクは冒険者家業から退しりぞいたはず。

 精神を病んだのだ。見えるはずのないものが見え、聞こえるはずのないものを聞くという。


 しかし、今の彼を見るに、そんな態度など微塵も感じられない。

 パーティーを組んでいたころの自信に満ち溢れた姿だ。

 完治したのだろうか? それとも病気など根も葉もないウワサだったか。


「ヘッ、風が耳元でささやくのよ」


 だが、ジェイクは大真面目おおまじめにそういった。

 やはり病気は簡単に治らないようだ。




――――――




 街外れへときた。

 商隊が率いる荷馬車が二台に、護衛と冒険者らしき姿もある。

 あれがジェイクの言う最終便だ。


「ジェイク、ギリギリだ。もう少し遅かったら置いていくところだった」


 商隊を率いてるらしき男が言った。

 馬車についた旗印から見るにベレス商会だろう。そこそこ名の知れた組織だ。いくつかの街にまたがって商いをしていると聞く。

 なんでも彼とジェイクは旧知きゅうちの仲らしい。


「悪い。食料が手に入らなくてな。こちとらやっかいになる身だ。自分の食いぶちぐらいは持ってこねえとな」

「そうか、たしかにうちも余分な食料はない。店の棚だってスカスカだ」


 ジェイクと男は二、三言葉をかわすと、すぐに馬車に乗りこむ。

 どうやらほんとうに時間がないようだ。

 リズが挨拶する間もなく、馬車は街の門めざして進んでいくのであった。

 


 やがて門の近くまでくる。

 が、なにやら様子がおかしい。前方に妙な人だかりがある。


「なんで通れないんだ!」

「男爵様のご意向だ。なんぴとたりともここを通すわけにはいかん!!」


 兵士と冒険者が押し問答している。

 いま、まさに門を封鎖しようとしているのだろう。格子戸を巻き取る鎖に向かう兵士の姿も見える。


「チッ! クソッ!! もう動きだしやがったか」

「急げ! さっさと抜けちまうぞ」


 ジェイクと商隊を率いる者は、そう吐き捨てるように言うと、馬車の速度をあげる。

 兵士と冒険者がモメている間に横をすりぬけようというのだ。

 リズは置いてかれまいと、馬車にピッタリくっついて走るのだった。


「まて! とまれ!」


 しかし、無情にも馬車の進路はふさがれてしまう。

 強引に突っ切れば兵士を跳ね飛ばすだろう。そうなってしまえば、お尋ね者だ。

 どこぞのポンコツ召喚士のように賞金首になるのはリズも遠慮したかった。


 馬車は速度を落とした。

 リズはひとまず胸をなでおろす。


「なぜ止める!? われらはベレス商会の者だ。男爵様との取り決めにより、門を自由に通過する権利を持っている」


 商隊を率いるものが言った。

 だが、兵士はフトコロより、書状らしきものをだす。


「無効だ! 男爵様より新たな令が発せられた。なんぴとたりとも門を通すなと書かれている。例外はナシだ!!」


 兵士はそう言って書状を掲げるが、商会側は納得しない。

 冒険者たちのように押し問答へと発展する。


「ふざけるな! そんな一方的なものが通用するか!!」

「ここは男爵様が統治する街。文句があるなら男爵様に直接訴えろ!」


 ラチがあかない。兵士は一歩も引く気はなさそうだ。

 だが、ここでジェイクが口をはさんだ。


「その書状は本物かい? よかったら拝見しても?」

「なんだ、お前? ……まあいい。確認してみろ」


 兵士は書状を差しだす。

 ――しかし、そのとき、一陣の風が吹いた。

 それは兵士の持つ書状を空へと舞いあげる。


「あ!」


 あわてて掴もうとする兵士。

 だが、書状はまるで誰かが操っているかのごとく、フワリフワリと兵士の手をすり抜けていく。


「手伝え!」


 呼びかけに応じ、他の兵士も書状を掴もうとする。しかし、誰ひとり掴むことができない。

 そこでジェイクがポツリとつぶやいた。


「いまだ。抜けろ」


 商会の者が馬にムチを入れた。

 馬車は急発進。虚をつかれた兵士たちの横をすり抜け、門へと進む。


「待て! 誰か止めろ!」


 兵士が叫ぶがもう遅い。

 格子戸が下りたころには、馬車は街の外へと抜けだしていた。

 

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