第120話 別視点――女剣士リズ その二
馬車は街道をひた走っていた。
止まると魔物に食らいつかれる。みな馬車に乗りこみ、ひたすら荷台から矢を放つ。
もう何本射ったか分からない。
クロスボウの弦を引くリズの手は赤く腫れ上がっていた。
「右後方、ヤブの中に新たな魔物! 二本足で全身ミドリのウロコに覆われたやつだ」
それでも手をとめることはできない。追走する魔物に狙いを定めると、トリガーを引く。
「こっちも魔物だ。数は四。火につつまれた大きなトカゲだ」
魔物は次から次へと現れる。
街を出てからずっとこんな調子だ。
矢も人手も全然足りない。こんなにも魔物が増えていたのかとリズは身震いした。
「炎のトカゲは足が遅い。狙うのはウロコのやつだけでいい。リズ、こっちは俺がなんとかする。ウロコヤロウの足をとめろ」
戦いの指揮をとるのはジェイクだ。
商隊の護衛にも遠慮なく指示を飛ばす。
緊急事態だ。誰からも文句はでない。みなが必死で迫りくる魔物にあらがっていた。
「仕留めようと思うな。追い返すだけでいい。とにかく先へ先へと進むんだ」
やがて追走する魔物の数も減り、最後の一匹の眉間に矢を射ると、馬車はゆっくりと速度を落とした。
「ジェイク、馬も人もそろそろ限界だ。ここらで
ジェイクにそう告げたのは、商隊を率いる者だ。
ジェイクは少し考えるそぶりの後、うなずいた。
「わかった。俺は周囲の警戒をしておく。あとはよろしくな」
それだけ言うとジェイクは、ひとり馬車を降りる。
リズはこれには驚いた。
いつものジェイクなら、「おれが最前線に立ってるんだ。見張りはお前らがしていろ」とでも言いそうなものだったから。
商隊の者に気を使っているのか、それともジェイクが変わったか。
「これより少しだけ休息をとる。ジンとセッタは馬に飼い葉と水を、コールは皆に水と干し肉を配ってくれ」
隊を率いる者が声を張り上げた。
リズは考えを切り替えると、でてきた名前と顔を頭に叩き込む。
「あのふたりがジンとセッタ。あれがコールで……」
この状況だ、のんびり自己紹介などしてられないだろう。
これからも魔物の襲撃はある。連携のためにはさっさと名前を覚えておいた方がいい。
小声で何度も繰り返しながらリズは馬車を降りると、もう一台へと目を向けた。
馬車は少し離れた位置で停車している。
やがて、荷台からぞろぞろと人が降りてくる。
みな疲労こんぱいといった感じで、地面にへたり込んでいった。
そんな中、周囲を警戒しつつ馬車に破損がないか調べる者がいる。
おそらく商会の護衛だろう。さすが名のある組織なだけあって質が高い。
リズは素直に感心した。
「これをジェイクに渡してくれ。こっちはアンタの分だ」
ふいに後ろから声をかけられた。
見れば商隊を率いる男で、手には二人分の干し肉と革の水筒がある。
「ありがとう。私はリズ」
リズは少し頭を下げると干し肉と水筒を受け取る。
「スコールだ。アンタのことはジェイクから聞いてるよ。剣士なんだって? それにしちゃあいい腕だ」
「お世辞? でも、素直に喜んどくよ」
リズは剣士だが、クロスボウの扱いには慣れていた。
冒険者は依頼によっては商隊の護衛もつとめる。剣士だろうがなんだろうが、馬車から射れなければ話にもならないのだ。
さすがに弓となると扱いきれないが。
「いい心がけだ。人間、素直が一番だからな」
スコールはニヤリと笑うと、もう一台の馬車へと向かっていった。
様子を見に行ったか、これからの方針をつたえに行ったか。さすが隊を率いるだけあってソツがない。
それにしても……かなりの伊達男だ。仕事もできるし顔もいい。多くの女が泣かされてきたに違いない。
「ふふ。冒険者を引退したら、商会長夫人なんてのもいいかもしれないね」
誰に聞かせるわけでもないし、本心でもない。
リズはそんな独り言をポツリこぼすと、ジェイクのもとへと向かっていった。
――――――
ジェイクは馬車のやや前方にいた。
手でひさしを作り、遠くを見すえている。
その表情は真剣そのものだ。
やっぱりジェイクは変わった。
リズはあらためてそう思った。
もちろん、命がかかっている場面だ。見張りに手を抜くなんてありえない。
しかし、なんていうのか……
「ジェイク、これ」
リズは干し肉と水筒を差し出す。
「おお、すまねえ」
白い歯を見せてそれを受け取るジェイク。
「いや、礼ならスコールに言ってくれ」
「ん?」
「スコールから貰ったんだ。わたしは食料を持っていない。知ってるだろ?」
疲れのせいか語尾がすこし強くなった。しかし、ジェイクはとくに気にした様子もない。
「そうか、そうだったな。じゃあ、あとで礼でも言っとくか」
「……」
ジェイクのあまりの変わりように言葉もでない。
久しぶりに出会った時もなにか違うと思っていたが、魔物との戦闘をへてよりハッキリしてくるのだ。
ジェイクはもっと荒ぶっていたハズだ。もっとトゲトゲしさがあった。
だが、いまはやけに角がとれてしまっている。
なにがジェイクを変えてしまったのだろうか?
もちろん、いい変化には違いない。しかし、人とはこんなにすぐ変わるものだろうか。
「なんだ? リズ。俺の顔になにかついているのか? ――それとも見張りを手伝ってくれるのか?」
「あ、うん、いや……」
「はは! どっちのうんだ? まあいい。手伝ってくれるってんなら気持ちはありがたいが、遠慮しとこう。お前は休んどけ。こっから先も長ぇんだ。足を引っ張らないためにも休めるときは休んでおくもんだ」
そう言ってジェイクはシッシと手でリズを追い払った。
それは憎まれ口も含んでいたが、好意でしかないのは明らかだった。
やはり、ジェイクは変わった……
リズはここは甘えておこうかと思い、立ち去ろうとする。
が、そのとき、風に乗ってジェイクのつぶやきが聞こえてきた。
「怒るなよ。ただの仕事仲間だろ?」
え!? 誰かいるのか?
リズはそう思って辺りを見回すも、そこにいるのはジェイクただひとり。
どうやら彼は、足元に散らばるドングリに話しかけているようだった。
「……」
変化ってのは、なにもいいことばかりじゃないね。
リズはそう感じずにはいられなかった。
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