第47話 信じるべきか、信じないべきか

 そんなかんなで依頼書の作成は終わった。

 依頼書は本日クエストボードに貼りだされ、面接は翌日の昼となる。

 いっぱい集まればいいな。


 その後は馬二頭と馬車を買った。馬車は中ぐらいの大きさ。積載量は十分だ。店主はこの馬車を引くなら馬は四頭いるよ、と言っていたが問題ない。馬などかざりだ。

 ただ、馬車本体だが……けっこう年季が入っているのが気になるところだ。

 金がねえからな、しかたがない。

 まあ、ドライアドのイバラで補強すればなんとかなんだろ。



 翌日、まず市場へと向かう。

 収獲済みのヤサイを売るのだ。その金で売りさばく品を仕入れる。


「よう! また売りに来たぜ」

「お、サモナイトか。昨日の今日で、ずいぶん早いな」


 仲買人のトレンドだ。

 今日は若手のゴリラは見当たらない。


「まあね。昨日は様子見だったからな」

「なるほど。それで今日はソイツを引っぱってきたワケだ」


 トレンドが馬車を指さす。

 そうなのだ。今回は馬車にたくさん積んできた。

 これでまとまった資金が手に入るハズ。

 

「それでな、これを売ったら別のところへ行商にいこうと思っている。セラシア村にサーパントの街、フォミール砦だ。なにがよく売れるか教えてほしい」

「う~ん、そうだなぁ。セラシア村はほとんどが農地だ。鉄製の農具なんかが売れるんじゃないか? あとはナベやヤカン、布製品も不足してると聞く。サーバントは職人の街だ。鉄鉱石や木材などの原材料はいくらあっても足りないだろう。フォミール砦は……なんだろうな、軍事施設だろ? 娯楽品とかが売れるんじゃないか?」


 ふむふむ。商人ギルドで得た情報とあまりかわらないな。

 がっかりしたと考えるべきか、情報がより正確になったと考えるべきか。

 まあ、いずれにしても大きな利益は期待しないほうがよさそうだ。

 どこもこの街から近い。多くの行商人が訪れてるだろうから。


「じゃあ、買取金額はこれだけになる。いいか?」


 トレンドが提示してきたのは、金貨22枚。かなりの高額だ。

 トマトにニンジン、キュウリにジャガイモ、タマネギ、パパイヤ、マンゴー(ついに収穫にこぎつけた)、備蓄をすべて吐き出したのだから、当然といえば当然だが。


「金貨だけじゃなくて、なるべく細かいのも交ぜといてくれ」

「ああ、わかった」


 冒険者への支払いがある。それに行商ならお釣りもいるしな。

 銀貨と銅貨はいくらあっても足りないのだ。


「なあ、サモナイト」

「あん?」


 トレンドが声のトーンを落としてきた。

 言いずらい話なのだろうか。


「ヤサイを売るだけじゃダメなのか?」

「……どういう意味だ?」


 イマイチ言いたいことがわからない。

 商人は売り買いしてなんぼだ。仕入れる先でも売るのだ。

 カラの荷物をはこぶほど馬鹿らしいものはない。

 

「アンタの持ってきたヤサイは品質がいい。いや、よすぎるぐらいだ。ヘタにべつのものに手をだすより、ヤサイさえ売ってれば十分な利益が得られるんじゃないか?」


 ふ~ん。なるほどねぇ。売れるかどうかわからない余分な在庫を抱えるより、確実に売れるものに専念すべきだってことか。

 まあ、わからんでもない。そのほうが儲かるのは確かだしな。

 だが、俺の望みは販路の拡大だ。巨大なネットワークを作り、その上に君臨する。その原資げんしとしてヤサイがあるにすぎない。

 それに仕入れ先の問題もある。

 このヤサイはどっから湧いてきた? ってなるのは困る。

 販路が大きければ大きいほど、ヤサイの出所はボヤけてくるのだ。


 ……そうか、そこらへんを突かれるのはイヤだな。

 先にクギを刺しておくか。


「なんだ、仕入れ先に興味があるのか? 悪いが言えないな。理由はわかるだろ?」


 トレンドは商品を独占しようと専属仲買人を申し出たんだ。

 同じく俺が仕入れ先を独占したいのだろうと、理解するハズ。


「どこで仕入れたかなんてヤボなことは聞かねえよ。ウワサが広がりゃ皆がむらがる。うまみが減って困るのは俺だって同じだからな」


 ほらな。トレンドにしてみれば専属をむすんだ意味がなくなる。

 ここに根をはる仲買人が仕入れ先を知ったところで利益にはならないのだ。


「ただ、アンタむりしてるんじゃないかって思ってな」

「なに!?」


 ムリしてる?

 まさか。そんなことはない。商人の仕事に興味がわいてきたところだ。

 今後の見通しも明るい。

 もう冒険者に未練はない。冒険者はいくら強くなっても頭打ちだ。商人の方がよっぽど先はひらけてる。

 人間、だれだって老いる。英雄だなんだとチヤホヤされるのは若いうちだけだ。

 腕力は衰えても、金と権力は老いで衰えたりしないのだ。


「おっと、すまん。気を悪くしたか? だがな、そういうこっちゃねえんだ。なんつーのかな……」


 こちらの表情から察したか、トレンドは言いよどむと、言葉を探し始める。

 なんだ? なにが言いたい?


「ここに初めてきたとき、ずいぶんと俺らのことを見ていたよな」


 ムッ、気づかれていたか。


「最初は少しでも高く売ろうと俺たち仲買人を観察してたのかと思った。だが、どうも違う。信用できる、いや、口の固そうなやつを探してるんじゃないかって」


 ああ、そのとおりだ。

 しかし、こいつ……


「なぜ、そう思った?」

「買取金額の交渉をしなかったからだよ。高く売りたきゃ、普通は交渉する」


 なるほどな。しくじったか。


「交渉しないときは売り急ぎたいときだ。が、アンタは昨日は様子見で、今日大量に持ってきた」

「……」


「売り急ぐでもない、じゃあなんだっつたら、知られたくない何かがあるとしか思えない」


 ……コイツは危険だ。

 苦い思い出、盗賊ギルドとリール・ド・コモン男爵を思いだす。

 

「べつに詮索する気はないんだ。仕入れ先を独占したいだけってんならそれでいい。ようは、秘密はまもるってことを伝えたかっただけさ」


 ムウ。判断が難しい。

 善意で言ってくれてる気はするのだが……


 なにかを企むなら、わざわざこちらに知らせたりしないハズだ。

 それはコサックさんの件でも明らかだ。彼女は一度もそんな素振りは見せなかった。

 ――それに、いまここに若ゴリラはいない。

 わざわざそのときを選んだのだ。

 だれにも言うつもりはないとの意思表示のあらわれともとれる。


 ――信じてみるか。

 権力を握るなら、いずれ誰かになにかを託さねばならないのだ。

 おのれひとりでできることなど、たかが知れてる。

 なら早いほうがいい。駆け出しのころに信用できる者を見つけるほうがいい。

 古今東西ここんとうざい、金と権力にむらがるものなどロクでもないと決まっているのだから。


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