第40話 だれかいますか?

 ギイイ~。

 傾いた玄関扉を押し開ける。ツンとカビ臭さが鼻をついた。


「暗いな」


 それにホコリっぽい。空気の流れはあるものの、妙な息苦しさと閉塞感を覚える。


「あ、あの。明かりです」


 ミードがロウソクを手渡してきた。その手はやけに震えている。

 ビビリなのか? いや、それだけじゃないだろう。

 彼の青白い顔から視線をきると、ロウソクに火をともし奥へと進んでいく。


「キキィッ」

「ひゃっ!」


 ネズミだ。足元を駆ける数匹のネズミに、ミードは飛び上がって驚いた。

 大げさだな。たかがネズミに。

 元冒険者の俺にとっては、普通のネズミなんてかわいいものだ。

 犬ぐらいの大きさのジャイアントラットや、その倍以上もある巨大グモなどと戦ってきたのだから。

 まあ、基本遠くから魔法をぶつけるだけなんだけど。


 しかし、ここを借りるとなるとネズミくんにはべつの場所へと引っ越してもらわなければいけない。

 食品を扱うんだ。衛生面からみても同居はムリだろうしな。



 やがてダイニングとおぼしき場所へ出た。

 中央には大きなテーブルがあり、その上の天井にはロウソクを灯す巨大な燭台が吊るされている。

 また、両わきの壁にあるのはびっしりと本がつまった本棚で、最奥にかけられたのは誰ともわからない肖像画だ。

 ……妙だな。

 前の住人は家具を持っていかなかったのか?

 燭台はおそらく銀でできている。置いていくには高すぎるしろものだ。

 本だっておなじだ。内容にかかわらず紙の書籍は貴重なものだ。

 

「あ、あの。お気に召しましたでしょうか……?」


 いまにもかき消えそうな声でミードが尋ねてきた。

 ん~、そうだな。かなり汚れてはいるが、建物自体はしっかりしている。

 もちろん窓や扉は作り直して、壁や床もキレイに掃除する必要はあるが、倉庫として使うには申し分ない。

 ――しかしね。俺が確認したいのはそこじゃないんだよね。


 棚へと向かい、本を一冊手にとる。

 背表紙せびょうしには『落ちた金貨』と書かれている。童話か?


「あの、そろそろ行きませんと……」


 ミードをみると、尋常じゃないほどの汗をかいている。

 顔色も悪い。くちびるなんて真っ青だ。


「いやいや、まだ来たばかりじゃないか。これからじっくりと使い勝手をみさせてもらうよ」

「えっ! まだ? ――あっ、いえ、わたし他にも仕事がありまして……」


「バカ言うなよ。こっちの仕事はどうだっていいってことかい?」

「いえ、決してそんなことは……」


 モゴモゴと言いよどむミードをムシして、本を数冊パラパラとめくった。小難こむずかしそうな本もあったが、大半は読み聞かせの物語といったところだった。


「さて――」


 そう言って本をもとの位置にしまう。するとミードは、あきらかにホッとした表情をうかべた。

 帰りたくてしかたがないんだろう。

 でも、悪いね。まだまだ、終わりじゃないよ。


「じゃ、つぎは地下室をみせてもらおうかな?」

「ええ! まだ見るのですか」


「あたりまえだよ。だって金貨四枚だよ。慎重にもなるさ」

「……あの、少しならお値引きもできますが」


 お? 値引きか。意外と早く言いだしたな。

 そんなに怖いのかい? ここが。

 だがねぇ、そんな物件を客にすすめるのはどうかと思うんだよね。

 まあ、こちらも利益になりそうだし、金額しだいでは丸くおさまる方へもっていってもいいんだけど。


「いくらだい?」

「金貨三枚に」


 ふ~ん、三枚ねえ。

 でも、まだまだ高い。


「ねえ、たとえばだけどさ。きみだったら金貨三枚でここに住みたいと思う?」

「……」


 ミードは押し黙ってしまった。

 そりゃそうだろう。金をもらってもゴメンだって顔してるし。

 まあ、彼も上から売るように言い渡されてるんだろうけどね。


「いやー、建物自体は気に入ってるのよ。街の中心地に近いし、市場も目と鼻の先にある。でもねえ、なんかありそうなんだよここ」

「……」


 ミードの目があきらかに泳いだ。

 やっぱりね。いわくつきの物件なんだろね。


「ここに以前すんでた人ってどんな人?」

「えっと、たしか――」


「言っとくけど逃げ出した人じゃないよ」

「えっ!?」


「だいたいわかるよ。引っ越してきた人みんな逃げ出したんだろ? そうやって顧客から短期間で家賃を回収してたけど、やがて噂がまわって借り手がいなくなったと」

「……」


「そんなしょんぼりしないでくれる? 責めてるワケじゃないのよ。ただ知りたいだけ」

「……」


 隠し通せないと思ったのか、やがてミードは声をひそめて話しだした。


「ここに長く住まわれていたのはミス・マーブルという方です」


 ん? 女性。

 ちょっと引っかかった。なぜなら肖像画の人物は男だったからだ。

 たいてい肖像画は家主を描くハズだ。代替わりした場合はべつだが。

 描かれている男性像は、見るからに仕立ての良い服をきている。位の高い人物なのだろう。おそらく貴族。

 となると……


「じゃあ、あの肖像画は誰?」

「子爵さまです。メーガン・オットーネル子爵さま」


 ガタガタ!


「ヒッ!!」


 ふいにテーブルが音を立てた。ミードが飛びあがらんばかりに驚く。

 ポルターガイスト現象か。

 なるほど、なるほど。なんとなーく、予想がついてきた。


「じゃあさ。そのオットー子爵さんと、イス・テーブルさんだっけ? どんな関係なの? ミスだから結婚してないよね」


 ガタガタン!

 今度はテーブルだけでなく本棚も大きく跳ねた。

 また、どこからともなく強風が吹きこみ、吊るされた燭台は大きく左右にふれ、手にもったロウソクの火も大きくゆらめいた。


「ヒイィ~」


 なさけない声だすなよミード君。たかが風じゃないか。

 大丈夫、このロウソクの炎、鬼火だから。ちょっとやそっとじゃ消えないよ。

 俺の背中に隠れて怯えるミードに、「つづきは?」とうながした。


「こ、これ以上は……。そっ、外でお話しませんか?」


 ダメ。

 ミードの襟首えりくびを掴むと、笑顔で語りかける。


「いいじゃん、いいじゃん。ここでぜんぶ喋っちまおう。そのほうがスッキリするよ、おたがい」


 しかし、ブルブルとふるえるミードは、首を左右にふる。

 なんだよ。つれないなあ。

 まあ、いいや。おれが勝手に喋っちゃおう。


「ふたりはさ、恋人だったのかな?」


 パァンとなにかが砕ける音がした。誰かがどこかで怒っているようだ。

 短気だな。

 怒りのポイントはオットー子爵かな?

 となると、この怒りんぼさんはミス・マーブルか。

 他人の話題でここまで怒りはしないからね。


 いっぽうミード見ると、べそをかいていた。

 なんどか逃げ出そうとしていたんだけどね彼。でもムダムダムダ。

 がっちり掴んだ俺の手が離れることはない。

 けっこう精霊と契約したからな。一般人の腕力じゃどうにもならんよ。


 じゃ、そろそろ核心かくしんに迫りますか。


「恋人だったとしてだよ。結ばれてたらこんなことにはならないよね」


 バサバサバサと音をたてて棚から本が飛びだしてきた。

 それは渦をえがくように、頭上で旋回し始める。


 おー、あたりだね。

 怒りが高まってきてるよ。

 念のためシールドをはっておこうか。ミードくんごと。


「でも、この屋敷は子爵に買ってもらったワケだよね。てことはお妾さんかな? 貴族にはつきものだし」

 

 どこから飛んできたのか、皿やナイフやフォークまでもが宙を泳ぎ始めた。

 かなり怒ってるよ。ナイフもフォークも尖ってる方がこっち向いてるから。


「えっと、なんでこんな怒ってるんだろう。――あ、そうか。捨てられたんだ子爵に」


 ドンと本棚が大きく跳ねた。

 それはそのまま部屋の出入り口へと飛んでいくと、通路を完全にふさいでしまった。


 ――あ、ちょっと怒らせすぎたかも。

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