第39話 物件さがし
「エム・サモナイトさんですね」
俺の提出した書類を見てギルドの職員は言う。
「呼び名はサモナイトにしてくれ」
エムの名前はいちおう表にださないでおこう。
商人や冒険者のネットワークはあなどれない。
思わぬところから俺の名前が伝わるかもしれない。
準備不足で足をすくわれるのは困る。
じゃあ完全に名前を隠せって話なんだけどな。
――でもダメダメ。それじゃあ、ぜんぜん面白くない。
こういうのはタイミングが大事なのよ。
見つけたけども手出しは難しい、でもなんとかしないと! って思えるところでバレるのがベスト。
焦りははミスを生み出す。そこを絡めとってやりたい。
「では、サモナイトさん。こちらが証明書です。
「ああ、ありがとう」
ギルド職員から茶色の光沢がある金属板を受け取る。材質は銅かな?
ちなみに証明書にもランクがあるらしく、取り扱える商品や、売買できる場所と相手に制限がかかるそうだ。
色でわかるとおり俺のランクは銅。下から二番目。とりあえずはこれで十分だろう。
じゃ、つぎは店舗の確保といくか。
物件探しをギルドの職員に相談すると、ある場所に案内された。
同じ建物内にある小さな一室で、客用のイスが三脚、書類の積まれたテーブルがある。また、奥に座るのは神経質そうな男だ。
「ミードさん。こちらの方に物件の紹介を」
「あ、はい。わかりました」
ミードと呼ばれた男はイスに座るよう、手でうながしてくる。
べつに断る理由もない。ゆっくりと腰かけると、古びたイスはギシリと音を立てた。
「それで、どのような物件をお探しで?」
「商売に使う建物だ。市場に近く、道は広ければ広いほどいい」
他にもいくつか注文をつける。
「え~、それですとこの物件はいかがでしょうか?」
ミードがだしてきたのは一枚の紙。建物の番地と敷地面積、あとは間取りが書かれている。
なになに。木造二階建て、延べ床面積は……けっこう広い。
却下だな。そこまで広い屋敷はいらない。目が行き届かないのは困る。
店舗兼住居ではあるが。それはあくまで表向きだ。
寝るのは農場だし、商品を備蓄するのも農場だ。ダミーの倉庫さえあればいい。
まず、俺がとりくむのは流通業だ。じかに販売するのではなく、業者に品物をおろす。
まあ、生産者と販売者の架け橋だな。
現状生産者は俺なんだけども、いずれは農場で作ったもの以外の商品も扱うつもりだ。
なにかに頼りきると、ひとつの失敗で全てが崩壊してしまう。
たとえ農場がなくなったとしても、揺るぎない権力基盤を得るのが最終目的だ。
早い話が気に入らないやつの命令を聞かなくてすむようにってこった。
「ではこちらは……」
つぎの物件が紹介される。
ふむ。石造りの建物か。
お! 地下室がある。こいつはいい。扉の設置場所にピッタリだ。
とにもかくにも逃げ込む場所をしっかり確保しておくにかぎる。
「よし、これにしよう。賃料はいくらだ?」
「へえ、ひと月金貨四枚になります」
たけぇ!
こりゃあ商品をしっかり売らないと二か月で|干上《ひあ)がっちまう。
まあ、やるだけみるか。うまくいかなければスグに手を引けるのが俺の強みだ。
「ここがそうです」
ミードに連れられてやってきたのは例の物件だ。
内覧ののち気に入れば賃貸契約となる。
しかし、これは……
「うっわ、ふっる」
耳元でルディーが呟いた。
そうなのだ。この建物、長い間放置されていたのであろう、窓や玄関の木製扉は、腐って傾いている。
石壁はコケで覆われ、継ぎ目からはシダが垂れ下がる。
おまけに庭なんか雑草が生えほうだい伸びほうだいだ。たぶん死体とかあってもわかんねえんじゃねーかな。
「これが金貨四枚?」
「ええ、まあ、その……」
俺の質問にミードは口を濁した。
この反応でもう分かる。あきらかにボッている。
こちらが土地勘もなく不慣れだと考え、長い間買い手がつかなかった物件を押し付けようとしているのだ。
さて、どうしたものか。普通ならこんな物件却下だ。
契約なんて結ぶハズがない。
だが、なんとなくピンとくるものがあった。
原因を確かめつつ賃下げ交渉といこうじゃないか。
「では、中を案内してもらえるかな?」
「いえ、わたしはここで待ってます」
そうはいくか。
「まあ、そう言わずに」
ミードの肩をガッシリと掴むと、なかば強引に建物の中へと連れ込んでいった。
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