第24話 セバスチャン
ポカポカとした陽気の中、俺は紅茶をすすっていた。
ふわりと香るのは紅茶に入ったレモン。ラベンダー、ローズマリーといった癒しの香もどこからか漂ってくる。
「もう一杯いかがかね?」
「はい、
テーブルをはさんで向かいに座るのはリール・ド・コモン男爵だ。
どうしてこうなった……
「貴殿は冒険者になってどれぐらいかな?」
「あ、はい。五年ほどになります」
なんだよこの状況。なんで貴族がどこの馬の骨ともわからん冒険者を気安くお茶にさそってるんだ?
コイツぜってーなんかたくらんでるよ。
トボボボ。
カップに紅茶がそそがれた。入れてくれたのは執事のセバスチャンだ。
目が合うと彼はニコリとほほえみで返してくれた。
う~ん。シブイ。ダンディーとはまさにこの人のタメにあるような言葉じゃないだろうか。
ジェイクなんか、かすんで消えてしまう。
……でもこの人、ちょっと怖いんだよな。
たぶんメチャメチャ強いと思う。もし俺が男爵に危害を加えようとするものなら、すぐさま排除すべく動くんじゃないか?
だからこそ男爵も平気で目の前に座っているんだと思う。
まあ、それだけじゃないけど。
なんか気配があるんだよね。見られてるっていうか。
屋根の上から、壁の後ろから、庭の茂みから。はっきりとはわからないんだけど、なんか感じるんだよ。
こりゃ理由つけて早いとこズラからないと大変なことになりそうだ。
「五年か……見たところ君は魔法使いのようだが、なかなか思うように活動できていないのではないかね?」
「ええ、そうですね。生きていくのがやっとですね」
男爵のことばにうなずく。
まあ、やっとどころか宿すら追い出されたんだけどな。
廃業だよ廃業。俺にかぎらず魔法使いが冒険者を続けるのは厳しいだろう。
魔力のみなもとを精霊に頼らない者はべつだが、たいていのものは大なり小なり精霊の力を借りて術を行使している。
精霊がいなくなったいま、多くのものが違う職業につかざるをえなくなっているのだ。
男爵もちゃんとわかっているんだ。
手紙の配達は新人の貴重な収入源だ。この質問はそれに手をだすほど、せっぱつまっているのか? って意味だ。
まあ、男爵がギルドのスポンサーなら、気にするのは当然だろう。
そのあたりを考えて、なにかしらの手を打とうとしているのかもしれない。
「由々しき事態だのう。ところで、貴殿はいまの冒険者ギルドについてどう思う?」
きた! やはり。
しかし、この話題、俺にとってあまりよろしくない。
以前の食えない状況ならべつだが、いまは違う。むしろ冒険者ギルドから距離をおきたいぐらいなのだ。
そしてなにより、精霊の存在だ。いまや俺だけが精霊をあつかえるんだ。
へたにかかわって、それがバレたらメンドウなことこのうえない。
ここはもう冒険者をやめることをつげつつ、話題をそらしていくべきだろう。
「ギルドですか。したっぱの自分にはよくわかりません。それにもういいんです。実はわたし、転職しようかと考えているんですよ」
「ほう、転職をね」
「ええ、幸いわたしは読み書きができます。商人ならばできるかもしれません」
「……商人ね」
「もちろん、そんな簡単なものではないことは分かっています。ですが平民のわたしにはあまり選択肢は多くないのです」
「そうか……」
男爵は押し黙った。少なからず思うことがあったのだろう。
この世の中、読み書きができるからといって自由に職業を選べるワケではない。
そこには身分の壁がある。行政に関わる分野はほとんど親から子へと引きつがれる形となり、コネのない一般人がつけるものではない。
それでも将来かならず役に立つからと、両親は無理して学ぶための金を工面してくれたんだ。
けっきょく、俺は精霊召喚士の能力に目覚め、冒険者になったんだけども。
「それにしても立派なお庭ですね。こんな美しい庭は初めて見ました」
男爵から視線をはずし、そう言った。
さっさと帰ろう。ボロがでる前に。
さりげなく「あのバラなんかすばらしい」「あのお花はなんという名前で?」みたいなことを適当に喋りながら、ノームの動きを確認する。
どうやら、ぶじ花をあつめ終わったようで、
「では、わたしはこのへんで――」
「いやー、若い者はいいですな。感受性も豊かですし、目もよい。じつはこの庭を手がけたのはわたくしでしてな」
帰ろうと腰をうかしたところで、口をはさんできた者がいる。
執事のセバスチャンだ。
クッ、またしてもジャマを。
「わたくし、最近めっきり目が悪くなってまいりましてな。うらやましい限りです」
「は、はあ」
くそ。庭を褒めたのが裏目に出たか?
お年寄りの長話につきあうのはイヤだぞ。
「おや? 誰かおいでのようですな。あなたのご友人ですかな?」
そう言ったセバスチャンの視線の先にはノームがいる。
げぇ、バレた!
ジジイ見えとんのかーい! 目ぇ悪い言うてたんちゃうんか~い。
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