第23話 リール・ド・コモン男爵

 扉にはノッカーがついていた。

 真鍮しんちゅう製だろうか、淡い茶色だったものがところどころ黒ずみ、独特の風合いがでている。

 デザインはヘビ。

 ちょっと怖い。

 とはいえ、ヘビは豊かな実りと生命力の象徴でもある。

 紋章にヘビを使う貴族は多い。

 まあカッコイイしな。セミやダンゴムシではナメられるというものだ。


「おとどけもので~す」


 ヘビさんの胴体をにぎり、カコン、カコンと扉に打ちつける。

 しばらく待ってみると扉が開いた。


「どなたかな?」


 でてきたのは初老の男。白いシャツに黒い上着、あと、首にまいた細長いヒモをブローチでとめてある。

 しってるぞ! コイツは執事ってやつだ。


「え~っと、男爵さまにお手紙です」


 スッと手紙を差し出す。


「これはこれは。おつとめご苦労様です」


 執事さんは丁寧なしぐさで手紙を受け取ると、「少々お待ちください」と、ほんの少し頭をさげた。

 なんと美しい動きだろうか。美と気品をかねそなえている。

 よかった。

『このクソが! 勝手に敷地に入りやがって!』と水でもかけられないかと内心ドキドキしていたのだ。


「旦那様~。例のものが届いたようです」


 執事は後ろを向くと、声を張り上げた。

 だんなさま? もしかして男爵呼んでんの?

 てっきり報酬を払うから待てと言ってるのかと思ったけど。


 ……なんかイヤな予感が。


「じゃ、わたしこれで――」

「おー、きたかきたか。待っておったんだ」


 遅かった。これで帰ると言いかけたところで、何者かがドスドスとこちらに向けて歩いてきたのだ。

 やってきたのは身長は標準よりやや高めだろうか、三十すぎの男。

 高そうなガウンをきて、さきがクリッと丸まった口ひげをもつ。

 まさに男爵。


 男爵は手紙を受け取ると、中身を取り出す。

 それから読みはじめると、「うん。ほう! いや。しかし」などど言い始めた。


「助かったぞ! 青年。この手紙がなければ大事にいたるところであった!! セバスチャン。すぐに返事のふみをしたためよ」

「ハ! では文面ぶんめんはどのように?」


 男爵とセバスチャンはひそひそと話しはじめた。


 うるせえよ。妙な小芝居しやがって。

 「たすかったぞ!」じゃねえよ。手紙はどうせ白紙なんだろ?

 宛先はリール・ド・コモン男爵だ。手紙についたハンコもリール・ド・コモン男爵。

 ようは自分で自分にだした手紙なのだ。

 アホらしくてやってられない。

 

 それを証拠に、男爵はチラチラとこちらを見ている。

 気づくか? 気づかないか? みたいなのがバレバレだ。

 めんどくせ~。


「あの~、すみません。依頼達成のサインをいただけないでしょうか?」


 つきあってらんないよ。俺はヒマじゃないんだ。


「おお! そうであったな。セバスチャン。彼にサインを。そうだ! 返事も彼に届けてもらおうか。なかなか見どころのある青年だからな」


 げ! つぎのミッション発動かよ。

 そんな茶番にまきこまれてたまるか。

 しかし、こちらが帰ると言い出すより先に、執事が言葉をつないでいく。


「おまちください。旦那さま。これ以上の深入りは彼にとってよい結果にはなりません」

「そうはいってもな、セバスチャン。われらは見張られている。まさかやつらも外部のものに――」


 あーもう。また寸劇コントがはじまった。


「もうよろしいやん。どうせまた自分に手紙だすんでしょ?」


 思わず口をはさんでしまう。


「!」

「!!」


 執事と男爵はこちらをみるとニヤッと笑った。

 しまった。つい……

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