第22話 手紙の配達
「おねがいしま～す」
手にとった依頼書を受付カウンターへと持っていく。
「……」
ムスッとした顔のオバチャンが、無言のまま後ろの棚に手を伸ばした。
あいかわらず愛想がない。
受付はギルドの顔だ。みばえを考え、若い女性を多数そろえている。
が、そんな窓口はたいてい混んでいる。むさくるしい冒険者の男がムダにしゃべろうとするからだ。
その点、オバチャンはいい。すいている上に早い。
残り少ない生命エネルギーを効率よく使おうとしているのであろう、動きにムダがないのだ。
パァンと手紙がカウンターの上に投げ置かれた。
勢いを殺す、なんて考えもしない。手紙は回転しながら滑っていくと、カウンターギリギリでふみとどまった。
すばらしい職人芸だ。
手紙を手に取ると、その場を離れる。
細かい説明など不要だ。質問したところでロクな返事などかえってこない。
かえってくるのはせいぜい臭い息だけだろう。
手紙には、ご丁寧にロウで
さすが貴族。手紙までエラソーだ。
じつはこの手紙の配達依頼、驚くほど人気がない。
貴族がらみの案件はとにかくメンドウなのだ。
考えてみればわかる。貴族がわざわざ手紙の配達を冒険者に頼むか？ って話だ。
家のものにやらせればいい。そのほうが早いし、間違いがない。
けっきょくは茶番なのだ。
冒険者ギルドは独立した組織だと声を大にして叫んでいる。
そんなもん嘘にきまっている。後ろ盾がないハズがない。
背後にいるのは貴族だ。いくつもの貴族が金と手をかしている。
みんなうすうす気づいている。だから手をださない。
引き受けるのはなにも知らない新米か、さらに上を目指したい野心家が顔つなぎに利用するぐらいなものだ。
まあ、弱者救済だな。
稼げない新人を助けるための貴族の温情。
そんなの、いまの俺にとっちゃどうでもいい。
ようはこれで一等区に入れるってことだ。
冒険者ギルドを出て一等区へ向かう。
さっきと同じ番兵が出迎えてくれた。
「おつかれちゃ～ん」
手紙をヒラヒラと見せると、今度はすんなり通れた。
番兵はカブトをかぶっているのに、なぜか青筋を立ててるのがわかった。
きれいに舗装された道を進む。
馬車が通りやすいように石畳がしかれ、道幅も広い。ところどころに
ほかの地区とはえらい違いだ。
ほどなくしてひとつの屋敷にたどりつく。
その屋敷は石造りの大きな建物で、鉄柵でグルリと囲まれた庭の中にたたずんでいる。
「たしかここのはず」
入口を探して柵にそって歩く。
門が見えてきた。すぐ横にかかげられた旗には手紙と同じ紋章が描かれている。
まちがいない。リール・ド・コモン男爵の
「すみませ～ん」
門には誰もいない。
そして半開きだ。
さらに呼びかけても誰もでてくる気配がない。
たぶんというか、間違いなく聞こえてない。
門から屋敷までまあまあ距離があるのだ。
笛でも吹こうか。ナベでも叩こうか。
いや、だめだ。きっとヒドい目にあう。
ん～、これだから貴族はメンドクサイんだ。
正解はおそらく、誰かがでてくるまで待つだ。
――それはイヤだな。
よし突入。
俺の見立てでは、リール・ド・コモン男爵は冒険者ギルドのスポンサーのひとりだ。
そこまでムチャはすまい……と言いきれないところが、お貴族さまだったりするのだが。
周囲を見渡す。
玄関まで真っすぐ続くのはレンガをしきつめた小道。それにおおいかぶさるようにさまざまな花が咲き乱れる。
右を見れば脇道だ。奥の方には木のベンチと鉄のアーチがあり、アーチにはバラのツタがからまっている。
当然バラは花を咲かせており、赤、白、黄色と目に美しい。
スゲーなこれ。
こんな庭ならピクシーも満足だろう。
「よ～し、これを再現しちゃるぞ！」
足元に麻袋をバサバサっと落とす。
そして召喚。ノームをポコポコっと５人ほど。
「花を根っこごと取ってきてくれ。ちょっとづつ、まんべんなくな。麻袋につめたら門の近くに隠しておくこと。いいね？」
「やれやれ、ひと使いが荒いのう」
ぶつくさと文句を言いながらノームは動き始めた。
「よろしくたのんだよ」
俺は屋敷のとびらに向かって進んでいった。
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