第16話 メンドリ亭とジェイク
ジェイクがメンドリ亭に消えてしばらくして、俺も中へと入った。
もちろん、目立たぬよう裏口からだ。
顔を隠すタメのずきん、マントをはおり、旅人ふうを演出して席につく。
選んだのは、ちょうど柱で陰になる場所だ。
隙間から覗けば、こちらからは見えるが、向こうからは見えづらいという絶好のロケーションなのだ。
もちろん、そんな席が都合よくあいてるハズもない。
コサックさんの仕込みだ。もともとそんな席はなかった。俺の登場とともに、どこからともなく一人用のテーブルとイスが運ばれ、できた特等席だ。
コサックさん買収の対価は作物三種、それぞれ百個づつ。
なかなかにガメツイ。が、今の俺には屁でもない。
では、ウォッチングスタート!
ジェイクはいつものように大股をひろげてイスに腰かけている。まったく
今日は関係ないからいいとして、アレとなりの席でやられるとウザいんだよな。
こっちのスペースをやたらと侵食してきやがる。
膝が触れたときの嫌なぬくもり。風魔法が使えたときはコッソリ見えない盾でガードしてたけど、精霊がいなくなってからはダイレクトに生暖かさが伝わっていた。
あー、思いだしたらサブいぼがでてきた。
そんなジェイクの広げた太ももにチョコンと座るのがシルフだ。ジェイクの顔をうっとりと見つめている。
コエー、コエー。
普通なら嫉妬心しか湧かないところだが、さきほどの窒息シーンを見たあとでは恐怖心しかない。
なんというのか、子供がせっかくとった虫を逃がすまいと握りつぶしてしまうようなあの感じ。
そんなことを考えていると、ジェイクの席で動きがあった。
注文していた品が運ばれてきたのだ。
なになに。チキンとサラダにパンとスープ、それにジョッキに入ったエールか。
面白みのないチョイスだな。
ジェイクはまずジョッキに手をのばすと、グビグビと飲みはじめた。
エールが口のはじから少し漏れている。あいかわらず知性が感じられない。
お! すかさずそれをシルフが布でふきとった。
なんとかいがいしい。……てか、その布どっから持ってきた?
見れば、なんだかけっこう黒ずんでいる。
――あ! それコサックさんが床を掃除してた
ムハハハ。シルフやるじゃねえか。
そのとき、ジョッキを口から離したジェイクが、おや? とした表情を見せた。
そら、まあ違和感があるわな。
しかし、雑巾はすでにテーブルの下。すばやくシルフが隠したのだ。気をつかわせまいとの配慮だろう。ハハハ、ムダに奥ゆかしい。
続いてジェイクはチキンに手をのばした。もちろん素手だ。
ヤツにナイフとフォークは不要だろう。なんなら皿もいらないぐらいだ。
クッチャクッチャ。バリバリ。クッチャクッチャ。バリバリ。
そしゃく音がここまで聞こえてくる。
バリバリ? アイツ骨まで食ってんのか?
熊みてーなヤツだな。
――おや?
さきほどからジャガイモがささったフォークが宙に浮かんでは落ち、浮かんでは落ちを繰り返しているぞ。
もちろんフォークを持っているのはシルフだが、なにをしてるんだろう?
……もしかして「アーン」て食べさせてあげたいのか?
あー、アイツ食べ方汚いもんな。ガッついてるからタイミングが難しいんだろう。
――ピコン、ひらめいた!!
俺は注文があるとコサックさんを呼んだ。
「なんだい?」
「女将、俺のおごりだ。あちらのお客さんにアツアツのおでんをあげてくれ」
ジトっとした目をむけてくるコサックさん。見えずともなんとなく察してるのか?
まあいい。俺は「もちろん内密にな」と付け加えると、さっさと行けと手で追い払う。
いいとこなんだ。ジャマするんじゃない。こちとら、けっこうな報酬払っとるんじゃい。
ほどなくして、ジェイクのテーブルに料理が運ばれてきた。
ほわりと
「……どうぞ」
コサックさんが不機嫌そうに、皿をおいた。
コサックさん! いいところなんだ。もっと愛想よく!!
「あん? なんだコレ? おらぁこんなもん注文してねえぞ」
すかさず食ってかかるジェイク。さすがの反応だ。迷いがない。
自分が間違えたかもとは、みじんも思わない。やんわりと指摘する心すらない。
だからこその反応速度。昆虫のごとき瞬発力。
しかし、コサックさんも負けていない。すかさず言葉をはさんでくる。
「べつの客からのおごりだよ。あんたにぜひ食べてほしいって」
「べつの客ぅ? 誰だ? そいつ」
「ちょっとそれは言えないねぇ」
「言えないっておめぇ――」
会話の応酬がつづいている。さすがコサックさんだ。その後のジェイクの追及にも、言えないの一点張りで押し通している。
よく考えれば不自然極まりないが、彼女は頑として受け付けない。
コサックさんに依頼して、ほんとよかった。
だが、そんなふたりの会話をしり目に、ずいぶんとつまらなさそうな表情をうかべる者がいる。シルフだ。
まあ、たしかにつまらんわな。俺は面白くてしかたがないが、デート気分のシルフにとっちゃ邪魔でしかない。自分が加われない会話など、雑音どころか不快音だ。
しかし、しかしだ!
そこで登場するのが、おでんだ。シルフの視線の先にあるアツアツのおでん。
シルフ。おまえならできる。やってくれると信じている。
――きた!
シルフが手を伸ばした。その手にはフォーク。お皿に突き入れ、なにかを刺し取る。
ダイコンだ。アツアツの汁を吸いとった湯気をはなつ一品。
よっしゃ!
そうだ。それだ。いけ!!
「とにかく、頼まれたんだ。置いていくよ」
「オイ、まてよ。そんな得体の知れない――あっつぅ!!」
とつじょジェイクの口に押し込まれたアツアツダイコン。
ジェイクはたまらずスポーンと吐きだした。
するとどうだろう。それはキレイな放物線を描き、みごとジェイクの持つジョッキのなかに入り込んだのだ。
ムハハハハハ!!!
だめだ。腹がいたい。死ぬ。笑い死にする。
その後もジェイクの苦難はつづいた。
見えないのをいいことに、あれやこれやとしかけてやったのだ。
それはメンドリ亭をでても終わらない。
地の魔法でつくった落とし穴にも二度ほどはめてやった。
そうして、さんざん笑いつかれたころ家へと帰ってきた。
「あー楽しかった」
シルフとの契約は完了した。ジェイクを紹介するかわりに力をかしてもらうのだ。
ただ、召喚はなし。少なくともジェイクと別れるまでは。
そう、シルフはジェイクについていったのだ。
それでいい。むしろ好都合だ。
シルフがジェイクに張りついているかぎり、俺にちょっかいはかけられないだろう。
それどころか満足に日常生活を送れるかすらあやしい。
まあ、シルフには少し悪いことをしたかな。
だが、どうせすぐに飽きて帰ってくる。そんときはまともな恋人を探す手伝いでもしてやるか。
――後日談――
意外なことにジェイクとシルフとの関係は今も続いている。一方的だが。
なにやらシルフは母性に目覚めたようで、強い男がよわっている姿がたまらないのだそうだ。
今度ドングリと葉っぱのシチューを作ってあげるのだと嬉しそうに話していた。
ジェイク、がんばれ。
ちなみにジェイクだが、依頼など到底こなせるもんじゃなく、パーティーは解散、酒場で飲んだくれる日々だとか。
う~ん、メシがうまい。
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