第8話 水面下

「タマネギにニンジン、トマトにキュウリか」


 ブツブツとつぶやきながら市場をめぐる。

 血迷ったババアに話の腰を折られまくったが、なんとか買い取ってもらえた。

 ついでに、ほかに使いそうな食材の情報も得た。


 ジャガイモを売ったお金で、これらのタネを仕入れなければならない。

 ほどなくして、トマトとキュウリをみつけた。

 よさそうなものを一個づつ買う。

 このふたつは簡単だ。実の中にタネがふくまれているから。

 問題はタマネギとニンジンだ。

 葉菜類(※キャベツやホウレンソウなどの葉っぱもの。意外だがタマネギも)やニンジンなどの根菜類は商品そのものにタネはふくまれない。だから市場になんて置いていない。

 苗も同様で、栽培場所におもむくか、農業ギルドから買い付けるひつようがあった。


 ――しかし、農業ギルドと顔をあわせるのは避けたい。

 彼らは他人がおこす農業革命など望まないだろう。

 この画期的な栽培が知られれば既得権益をまもるため潰されかねない。

 彼らと関わるのはもっとあと、俺がお金と力を手に入れてからだ。

 それまでは水面下で動く必要がある。人知れず力をたくわえるのだ。

 そのためにはコサックさんのような者が狙い目だ。出どころの怪しい食材でも使う者が。


 表の市場は農業ギルドの支配下にある。仕入れの量が極端に減れば、彼らの耳に届くかもしれない。

 目立ってはいけない。浅く手広く。ジワジワと侵食していく。

 そして、最後には――


「フハハハハハ」


 俺の笑い声は雑踏にのまれていった。



――――――



 扉をくぐり、農場へと帰ってきた。

 けっきょく買ったのはタマネギ、ニンジン、トマト、キュウリ、マンゴー、パパイヤだ。

 タマネギ、ニンジンはタネを採取するため一度植える。

 それから本格的な栽培だ。二度手間だが、まあ仕方がないだろう。

 期待しているのはマンゴーにパパイヤだ。これら木になる果物は、時間はかかるが栽培に成功すれば長いあいだ収穫できる。

 手間いらず、追加費用いらず。軌道にのればかなり楽できる……ハズ。


 あと、使い古しのクワと斧も買ってきた。

 精霊と契約するまでは、肉体労働にはげむしかないのだ。

 


「おや?」


 ジャガイモ畑がみえたところで、思わず足をとめた。

 誰かいるのだ。

 ちょうど収穫したジャガイモを広げていたあたり、なにやらゴソゴソと怪しげな行動をとっているものがいる。

 ……まさかドロボー?


「ウラー」


 雄たけびをあげ、猛突進する。

 あれはワシのジャガイモや。だいじな事業計画のタネいもなんや。コソ泥なんぞに奪われてたまるか。


 息を切らせて犯行現場へとたどり着く。

 やはり不審者はドロボーのようで、ふてぶてしくも背中をむけたまま、モッシャモッシャと俺のジャガイモ食べていた。


「このチビー。キサマー」


 弱そうな者には強くでる。ジャガイモドロボウは身の丈60センチほどで、赤い服に三角帽子、ひげの生えた老人だった。


「誰のジャガイモだと思っとるんじゃい。ジジイ、ブッコロ……ん?」


 斧を振り上げ威嚇しようとしたところで、重大な事実に気がついた。

 この風貌。まさか……まさか、ノーム?


「なんじゃオマエ。これはワシのもんじゃ、やらんぞ」


 ふりむいた老人はジャガイモを後ろ手に隠すと、プイと横をむいた。

 その姿は透けて、背景がかすかに見えている。

 間違いない。大地の精霊ノームだ。

 通常のノームは10センチていど。コヤツは六倍の60センチと、あまりの大きさの違いに一瞬分からなかったのだ。


「いえいえ、どうぞどうぞ。心ゆくまでご賞味ください。これらは私がつくったジャガイモですが、ええ、たんせい込めて作った大切なジャガイモですが、あなたに食べていただけるのならば、これほど名誉なことはありません」


 すかさず手のひらをかえす。千載一遇せんざいいちぐうのチャンスだ。ぜったい逃してなるものか。


「おお、そうかそうか」


 それを聞き、ホクホク顔でジャガイモをほおばるノーム。間髪入れず契約へと話をもっていく。


「じつはわたくし、作物をそだてておりまして。お力をお貸しいただければもっとたくさんお渡しできるのですが……」

「ええよ、ええよ」


 キタ~!!

 ええよ頂きました。

 だが、これだけでは契約とまでいかない。詳細をつめて、そうほうの合意のもと召喚士が契約成立をとなえ、はじめて有効となる。

 しかも、移り気な精霊だ。難しい話などすれば飽きてすぐいなくなってしまう。

 スピーディーに、シンプルかつ過不足なく条件をつたえなくてはならない。


「作物、一日百個でいかがでしょうか? 勝手に収穫していただき、そのうちから好きなものを持って行っていただくということで」

「ほほほほ、好きなものをか。よいぞよいぞ」


 ノームはご満悦だ。『好きなもの』『勝手に』などのワードが心を揺さぶったのだろう。

 精霊は自由をこのむ。縛られない契約に魅力をかんじているのだ。たとえそれが見せかけの自由だとしても。


「では契約ということで」

「よしよし」 


「わが名はエム。なんじノームとの契約完了を、ここに宣言する」


 俺の文言もんごんとともに、お互いの体がひかり、意識の奥の方でのむすびつきを感じた。

 おお! スゲーぞ。地霊の力を感じる。それも、いままでとは比べ物にならない巨大な力だ!!


 大地に手をかざす。

 地表は大きくうねると、雑草を根ごとはがしていく。それから大きく盛り上がると、地中に埋まった石を次々とはきだす。

 またたくまに空気をふくんだ、ふわりと軽いウネをもった畑の完成だ。


 すさまじい力だ。

 これだけの精霊、作物一日百個ならば破格だ。しかも、いっけん払えないような無茶な契約にみえるが、この場所なら可能だ。いくらでも生産できる。

 それにノームは気づいていない。作物とともにおのれに労働が課せられたことを。

『収穫していただき、そのうちから好きなものを持って』この文言だ。

 そう、収穫はノームの担当になったのだ。

 俺は植えるだけ。

 まいにち、百ずつ引かれるが、そんなもの大したことはない。

 ここではそれ以上の生産が可能なのだ。


 俺は強大な力、そして労働力を得たのだ。

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