第7話 俺のだもん
「らっしゃい、らっしゃい。安いよ~」
現在、俺は街の市場でジャガイモを売っている。
売れ行きは悪くはない。が、さっきまでのテンションはどこへやら、なんとも微妙な気持ちで売れ行くジャガイモを見つめている。
あんまり儲からないのだ。時間がかかるわりに手元に残るお金は少ない。
理由は単価だ。10個で銅貨1枚と破格の値段設定である。
ほんとうならもっと高く売りたい。だが、それができない。
ジャガイモの市場価格は2個で銅貨1枚だ。
しかし、それも表の市場なればこそ。いま、俺がいるのは裏の市場、いわゆる闇市場だからだ。
表の市場は農業ギルドが仕切っている。
商売するには届け出がひつようで、ワイロをふくめ、あれやこれやと手続きがメンドクサイのだ。
とくに問題なのが、生産場所だ。生産場所をおおやけにしなければならない。
――そんなもん教えられるワケねえじゃん。
いや、わかるよ、生産場所はお上の徴収する税金に関わってくるから絶対ひつようなことぐらい。
農地の規模による課税。これがなきゃ街そのものが成り立たないし。
でも、あの土地はお上の領地じゃないもん。俺のだもん。
変なジジイが好きに使っていいって言ってたもん。
こりゃちょっと作戦を考えなきゃならん。
生産と販売を俺ひとりでするのはムリがある。
卸業者に商品をながすか、販売を誰かに委託か、あるいは大量消費するところに直接おろすか……
――ピコン!
ひらめいた。あそこしかない!!
広げていたジャガイモをかたづけると、闇市場をあとにした。
「コサックさ~ん」
ふたたびやってきました、あの宿屋。
かわいらしいヒヨコの看板が目印の『メンドリ亭だ』
オンドリだか、メンドリだかしらないが、とにかくチキンが有名な食堂兼、宿屋なのだ。
扉をバアンと開くと、ホウキとチリトリで階段を掃除しているコサックさんと目が合う。
髪を上にまとめた割烹着すがたの、胸もでてるが腹もでている、まさにザ・女将さんといった感じの、あのコサックさんだ。
「買うてくれ」
俺はシャツに包まれたジャガイモをグイと差し出す。
「……あんた、また来たのかい?」
あきれ顔のコサックさん。
来たのかいって? ああ、来ましたよ。市場に行くなんて、回り道しちゃったけどね。
「待った?」
「いや、待っとりゃせんが……」
いま一度、シャツに包まれたジャガイモをブリッと差し出す。
「買って」
「シャツを?」
ちがう。シャツではない。
察しが悪いなあ、もう。
シャツの中からジャガイモを取り出した。
「なんか臭そうなジャガイモだねぇ」
臭くねえよ! あいかわらずの毒舌ババアだ。
だが、ここはガマン。どうしても
ゴロロとテーブルの上にジャガイモを全部こぼすと、「全部で100個以上ある。これを銅貨20枚で買って欲しい」と伝える。
5個で銅貨1枚の計算だ。闇市ほどの安さではないが、市場価格に比べるとかなりお値打ちのハズ。
「この品質でこの値段なら、買って損はないよ!」
「たしかに見た目はいいね。けど、どうしたんだい? これ盗品かい?」
盗品じゃねえよ。ほんと口の減らねえババアだな。
俺が頑張って育てたジャガイモになんてこと言うんだ。
俺はためし食いしたときの旨さをジェスチャーを交えて、熱く語る。
ついでに仕入れ業を始めたんだとウソもついておいた。
「まあ、盗品じゃなきゃ買ってもいいけど……」
よし! 折れた。
意外にチョロイ。
だが、こうなることは予測していた。
コサックさんは盗品じゃなきゃなんて言ってるけど、たとえ盗品だとしてもこの女は買う。
なぜなら少しでも材料費をケチるために、足しげく闇市にかよっているところを目撃しているからだ。
闇市なんてものは、出どころの怪しいものばかりだ。
盗品なんてまだいい方で、血のついたもの、腐りかけたものなども平気で混ざっている。
だからこそ安い。
それを考えれば、俺の売るものなんて優良中の優良だ。
「ほかに欲しいものないかい? いい品を格安で仕入れとくよ」
俺がそう言うとコサックさんは、う~んと考え、「かんざし(髪留め)なんかが欲しいね」と頭をさわった。
違げえよ。そうじゃねえよ。
食い物だよ、くいもん。なに色気づいてんだよ。
うんざりしながらも、ここは笑顔で「まだ、たべものしか取り扱ってないんだ」と答えた。
「たべものねえ……じゃあ新鮮な魚なんて手に入るかい?」
それもちがう。
いや、たしかに食べ物だけども。
わかんねえババアだな。野菜だよ、ヤサイ。食堂でつかってるもんがあるだろ。
オメーが闇市にコソコソ仕入れにいってるもんがよ!
「魚はちょっと手に入らないな。まだまだ提供できる商品が少なくて申し訳ない。えっと……野菜なんかどうかな? 比較的栽培しやすそうなやつとか」
「……栽培しやすい?」
ん? といった表情をみせるコサックさん。
しまった、ついつい栽培に対する不安が口に出てしまった。
しかし、無駄なところで勘が働くなコイツ。ぜんぜん話が進まんわ。
「栽培が難しかったり、希少価値の高いものなんか俺にはまわってこないんだよ。そのかわり安くていいものを提供できるよ。いいルートを見つけたんだ」
それっぽいことを言ってごまかしてみる。
「ふ~ん、あんたも頑張ってるんだねえ」
「そうだよ。コサックさんには迷惑かけちゃったからね。真っ先に声をかけたんだよ。これがうまくいったら、昨日の宿代も払えるしね」
やはりチョロイ。まあ、しょせん宿屋の女将などこんなもんだ。
しんみりと感動すら覚えているようなコサックさんの態度に手ごたえを感じる。
「エム、あんた……まさか私を狙ってるのかい?」
胸元を手で押さえ、そうのたまうコサックさん。
「ふざけんなゴラァ!」
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