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「誘導尋問に引っかかったんだ。カフカはドイツ出身の作家っていう。実際は、チェコだそうじゃないか」
「お前が相手のミスを気遣って、わざと正さなかった可能性もあるだろう」
「いや、作品の内容でもカマをかけられてたんだ。おれはカフカの『城』って作品を、中世の貴族の物語だっていう前提でしゃべって即バレだ」
「なるほど」
カフカの城は、中世の貴族の物語などではなく、ひとりの冴えない『測量士』の主人公が、自分を招致した役所である『城』を目指すものの、いつまでたってもたどり着けないという、特異な物語だ。分厚い作品ではあるが、最後まで書かれてはいない、未完の大作ということになっている。作品を読んでいたおれは終始クスクスと笑い続け、物語終盤のとある一場面では、腹の底から笑ったことを思い出した。何しろ原稿用紙換算千枚以上の長い長いページ数を経たあとで、主人公がついに城の重要人物らしき者から核心を聞かされているまさにその瞬間、うっかり眠ってしまい、聞き逃してしまうからだ。
「それに、おれには正解を答えられなかったんだ。その試験問題の」
肉付きのいい浅黒い鼻を、撫でるように湯田は掻いた。
「どんな内容なんだ?」おれは尋ねた。
「『トロッコ問題』についてだ」
ひとりの命を救うか五人の命を救うかという倫理上の思考実験。線路の傍らに立ち尽くす自分を想像しながらおれは言った。「……なるほど。そいつは厄介そうだ」
「しかもそれは、少し手が加えられた問題でな」
「手が?」
「親しいひとりと見知らぬ五人のどっちを選ぶかという、より具体的な内容になってるんだ」
おれは腕を組んだ。
「ちなみに、お前はどう答えたんだ?」
「秒で親しいひとりと答えて秒で落ちた」
らしい答えだ、とつい笑ってしまったおれに湯田が尋ねる。
「で、その気はあるか?」
「報酬は?」
おれは冗談交じりに皮肉を込めて尋ねたが、湯田は当然のように発生すると言って、一ヶ月分の金額を伝えてきた。
「おいおい、年収かよ……」驚いておれは言った。
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