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「口を挟んですまない。続けてくれ」
湯田は一酸化炭素の少ない煙を吐いた。
「そいつがな、カフカの作品を『ご文学』だとあがめている文壇は、アホ揃いだって言い出したんだ。カフカは高尚なことなんて書こうとはしてなかったって。ほぼ無名のまま死んだあとに、多くの原稿を焼き払ってくれと、編集者でもあった友人に頼んだのが何よりの証拠だってな。それで、お前のいつかの言葉を思い出したおれは言ったんだ。つまり、カフカが生涯をかけて書いていたものは、高尚な文学なんかではなく、喜劇、ひらたく言うと、素直に笑える『ギャグ』だったということを、多くの人間が理解していないと? ってな」
「続けてくれ」
「そしたら、そいつがえらく喰いついてきたんだ。まさかわたしの言うことを理解できる人間が、いるとは思わなかったって」
おれは煙草を灰皿で消しながら謙遜してみせた。
「そうは言っても、そんな大袈裟なものじゃないよ。実際カフカの代表作の『変身』だって、主人公が朝起きたら、仰向けの巨大なゴキブリになってたにもかかわらず、仕事に行こうとどうにかベッドから起き上がろうとする、わかりやすい喜劇じゃないか。変身くらいは、お前だって読んだことがあるだろう?」
「いや、あらすじしか知らん」
湯田は吸い終わった煙草の道具一式を、スーツの内ポケットに戻しながら続ける。
「それにお前はそう言うが、普通のやつには、そうは思えんのだ。普通のやつは、どうしてもそこに『意味』を求めてしまう。『これはギャグですよ』とはじめにでも言われない限りな——それで、そういう感じ方ができるお前なら、そいつの試験に合格できるんじゃないかと思って、こうしてやって来たってわけだ」
「……その試験ってのは、どんな内容なんだ?」
「その前に、そいつに会う気はあるか? もし合格できれば、そいつと『組む』ことになるんだが」
どんどん進んでゆく話に戸惑っておれは言った。「おいおい、ちょっと待てよ。何もおれじゃなく、お前が答えを考えたことにすればいいんじゃないのか?」
「いや。それが、そうはいかないんだ。なぜならそいつは、それがおれオリジナルの意見じゃないことを、ちゃんと見抜いてるからだ——カフカの件だが」
「どうやって?」
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