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「で、用件は何だ」
コンタクト式カメラの存在に驚いている湯田にまたおれは尋ねた。何かにつけてもったいぶるのが、この男の嗜好なのだ。
「最近世間を騒がせている、猟奇殺人事件があるだろう?」
湯田が言う猟奇殺人事件とは、殺害された女性の腹部に文字が刻まれていて、膣内に人形が入れられていたという、理解しがたい殺人事件だ。
「もしかして、お前が担当なのか?」
デスクに着きながら放ったおれの質問に、その前の安ソファーに座った湯田が眼を見開いておれを見た。
「あいかわらず察しがいいな。そう、おれは特別捜査班の一員だ」
「特別捜査班? 本部ではなく?」
「ああ。メインの捜査本部とは別個で動く、極小班の班長だ」
驚いたおれはまた訊き返した。「極小班? キャリア組のお前が?」
「ああそうだ。と言っても、ある意味捜査本部長よりも重要なポストでな。まず確実に、その事件を解決できるだろう人間がいるんだが、そいつのマネージャーのような役を担うことになった」
「それで、何が問題なんだ?」
湯田は肉厚な眉間に皺を寄せた。
「その事件を解決できる人間ってのが、変わっていてな。自分の気に入ったやつじゃないと、協力してくれんのだ」
「部下じゃないのか」
「ああ違う。言うならばお前と同じ、探偵のような存在だ。『殺し専門』の」
若干面食らっているおれに湯田が続ける。
「具体的に言うと、そいつの出す問題に、きちんと答えられる人間を用意しなければならないんだ。それが捜査協力の条件だ」
湯田は目の前のテーブルに紙コップを置くと、スーツの内ポケットから取り出した加熱ホルダーを使って、煙草を吸い始めた。釣られておれもダンガリー・シャツの胸ポケットから取り出した紙巻き煙草に、BICのミニライターで火を点ける。チェアごと移動して後ろにある大きめの窓を少しだけ開ける。
「で、お前なら、そいつの問題に答えられそうだと思ってな」
湯田が続け、おれは尋ねる。
「……おれが? なぜ」
「前にお前は、カフカの小説は文学じゃなくて、ギャグだと言ったろう?」
「カフカ?」
突然出てきた文豪の名前に、ついおれは訊き返した。「……そうだな、正確には文学である以前にギャグ——喜劇、だとな」
「そうだったか。とにかく、そいつと話していて、カフカの話になったんだ」
ようやく頭が追いついてきた。警察にはあの『ハンニバル・レクター』のような、殺人事件専門の『ひいき探偵』がいて、そいつは自分が気に入った者を通じてではないと、捜査に協力しないということらしい。
「珍しいな」と、デスクの隅の灰皿に灰を落としながらおれは言った。「今どき、カフカを読んでるやつなんて」
「お前と一緒だ」
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