第一章

1-1

 小学生来の悪友の刑事・湯田ゆだから電話がかかってきたのは、三月の大雪が降った翌日の、昼下がりのことだった。


「どうだ? 浮気調査の方は」湯田がおれに尋ねた。


「探偵の仕事は、それしかないと思ってるのか?」


「他に何かあるのか?」


「ないな」


 定型文のようないつものやり取りを交わしたあとで、こっちから切り出した。


「それで、用件は?」


「会って話したい」


 彼女が浮気でもしてそうなのか? と湯田には彼女がいないことを知りつつ軽口を叩こうかと思ったが、珍しく深刻げなその口ぶりに気が付いて、代わりにおれはこう尋ねる。


「今日なら、事務所にいるぞ?」


「実は今、ドアの前にいるんだ」


 思わずおれは笑った。


「それなら、さっさと入って来いよ」


 すぐに呼び鈴が鳴り、ドアを開けると、恰幅のいい、それほど懐かしくはない男が立っていた。おれよりもいくらか長めの黒髪を、整髪料で撫で付けている。おれはその男——湯田を事務所に入れると、来客用の紙コップにサーバー水を注ぎながら尋ねる。


「突然どうしたんだよ、今日は」


 しかし湯田は、質問に答えない。答えないまま、棚に並べてあった黒縁の眼鏡を、顔の前にかかげてしげしげと眺めている。


「これって、ビデオカメラだよな。実際に使えるのか?」


「もちろん。解像度とバッテリーの持ちがよくなったからな。最近の証拠撮影は、もっぱらそれだ」


 湯田は眼鏡をかけた。


「そのうち、コンタクトレンズ式のやつも出てきそうだな?」


「それならもうある。今度買う予定だ」


 おれは湯田に、紙コップを手渡した。

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