第58話 呂布の智謀により、長安城の城門はあっけなく陥落

「失礼いたした。それがしは、安定で武官を務めている樊稠と申す者。皇上から長安城を臨時に警固せよとの勅命を賜り、数日前に兵を率いて、長安に至り、以後、長安の警固に当たっております」

 安定とは、長安の北東に位置する都市で、馬騰、韓遂らが治める涼州と長安との中間に位置する都市である。

 外敵の侵入にさらされる危険は少ないものの、周辺の軍閥を支配するために、一定数の兵力が置かれていた。

 呂布は、その方面に赴いたことはないため、樊稠と言う武官とは面識がなかったのだった。

 樊稠もまた、呂布はもちろん、弘農を拠点とする張繍のことも知らぬ様子。あの様子なら、李傕、郭汜らの謀反のことも、よく知らないのではないかと、呂布は考えた。そこで、張繍に耳打ちした。

「穏やかに開門を求めてみよ。できれば、ここでは戦いたくないのでな」

「樊稠将軍でしたか。御高名はかねがね承っておりました。本日、お目にかかれて幸いに存じます」

 張繍が拱手すると、樊稠も慌てて拱手を返した。張繍は言葉を続ける。

「実は、我ら弘農の部隊も、長安城を臨時に警固せよとの勅命を賜っておりましたが、函谷関の兵士たちの交替などで、手間取り、兵を出すのが遅れておりました。ようやく本日、駆けつけることができた次第。どうぞ、ご開門くだされ」

 樊稠は、しばし、首を傾げたようであるが、すぐに返答した。

「広大な長安城を警固するには、我らの部隊だけでは、足りないと思っていたところでした。張済殿の軍勢も、警固に加わってくださるならば、助かります。まずは、張繍殿のみが宮城に赴かれ、皇上に復命為されますよう」

「そう言うことなら、軍はここに留め、私と数人の側近のみが城内に入らせていただきましょう」


 長安の南の城門が開け放たれた。

 張繍、それに数人の側近とは言うまでもなく、呂布の他、貂蝉、法正、成廉、魏越、侯成のことである。

 張繍を先頭に、南の城門近くに設置された屯所に入ると、まず、樊稠らと対面の挨拶を交わす。

 その瞬間に、呂布は動いていた。

 七星剣を抜刀。樊稠の首筋に突き付けている。

 樊稠は唖然とするばかり、樊稠の側近らも、呂布のあまりの速さに、とっさに対応できずにいる。

「な、何のつもりだ! 」

「樊稠と言ったな。お前は、李傕、郭汜と、どのような陰謀を交わした? 」

「陰謀……。何のことだ! 」

「本当に何も知らんのか? もしも、呂布が長安に押し寄せたら、どうしろと命じられた? 」

「呂布……。衛将軍の呂奉先様のことか? 呂将軍なら、今、蜀方面に遠征中と聞いているが……。呂将軍が長安にいらしたら、どうせよなどと言う命令は受けていない」

 樊稠の目には明らかに戸惑いの色がある。こいつは、本当に何も知らないらしいと見た呂布は、七星剣を下げた。

「脅してすまなかったな。俺が、呂布だ」

「は? 」

 唖然とする樊稠に、張繍が声をかける。

「樊稠殿、こちらにおわす方が、衛将軍呂奉先殿だ」

 衛将軍とは、大将軍、驃騎将軍、車騎将軍に次ぐ地位の将軍の官位のことである。現代的な感覚で言えば、少将に相当すると考えていいだろう。

 当然ながら、董卓軍に属する武官であれば、直接の面識はなくても、誰しも、衛将軍呂布の名は耳にしている。

 樊稠は、慌てて、呂布に向かってひざまずくと、

「呂将軍がお越しと知らず、御無礼仕りました。それがし、安定で武官を務めている樊稠と申します」

 と拱手する。

 樊稠の側近たちも、一斉にひざまずいた。

「立つがよい。その様子では、そなたたちは、何も知らずに長安の警固のみを行っているものと見た。ご苦労である」

「はっ……? 」

「樊稠よ。確認するが、宮城の警固は今、誰が担っている? 」

「分かりません。我らは、城門のみを警固せよと命じられているだけで、宮城に入ることは認められていません」

「そうだろうと思った」

 呂布は、法正を見やる。法正が口を開いた。

「おそらく、宮城のみは、賈詡らの息のかかった部隊により押さえられているのではないでしょうか。皇上を軟禁するために」

「そうだろうな。では、宮城。そして、皇上は、力づくで取り返さなければならない。我らの部隊で、直ちに宮城に突入するぞ。成廉、魏越、選りすぐりの部隊を連れてこい」

 呂布の命令を受けて、成廉、魏越は直ちに、駆け出て行った。

「張繍。お前は、樊稠と共に、城門警固に当たれ。李傕、郭汜らの軍勢が引き返してきても、絶対に入れるなよ」

「はっ。承りました」

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