第57話 長安城奇襲作戦開始!

 函谷関を守っているのは、主将の華雄と、副将の李粛らである。

 李粛は、言わずと知れた呂布の同郷の友人。華雄も呂布との関係は良好である。しかも、二人とも董卓に対する忠誠心が厚く、今回の賈詡らの謀反に加わることは絶対にありえない。

 馬商人に扮した呂布の一行がようやく函谷関にたどり着いた時、函谷関の門は固く閉ざされていた。

 のみならず、城壁には強力な弩が無数に並べられていて、すべて、呂布らを狙っていた。

 その時になって、呂布は扮装を解き、城壁に立つ李粛に、

「李粛! おれだ! 」

 と呼びかけたのである。

 李粛が驚愕したことは言うまでもない。漢中にいるはずの呂布が、どうして、洛陽方面から函谷関に姿を現すのかと。

 無事に函谷関に入った呂布は、華雄との再会を喜び合う間もなく、長安での異変を語って聞かせる。

 華雄、李粛のほか、函谷関を守る諸将にとっては、寝耳に水だったようである。

「ついては、華雄殿、兵を貸してほしい。少なくとも五千」

 呂布が頼むと、華雄は即答した。

「いいだろう。今、函谷関が攻められる可能性は極めて低い。五千と言わず、一万でも貸してやろう」

「いや、五千もいれば十分。但し、全軍迅速に動ける騎兵だ」

「分かった。五千の騎兵だな。貸そう」

 話がまとまるや、呂布らの部隊は即日、函谷関を発って、弘農に入ったのだった。

 弘農では、皇甫嵩、朱儁らに目通りすると、直ちに、張済の屋敷に駆けつけたというわけだった。


 さて、子午道に伏兵する李傕、郭汜らの軍勢を立ち退かせる作戦とは何であろうか。

 李傕、郭汜らの軍勢は、約二万。彼らが手にしている兵力の大半を集結させている。

 一方、呂布は、華雄から借りた五千の騎兵部隊。これに張繍が率いる私兵一千人が従う。

 弘農にも、皇甫嵩らが指揮できる数千規模の兵がいるが、これらの兵は、弘農の守りを固めるために動かすことはできない。

 呂布は、騎兵を指揮することを最も得手とするとは言え、函谷関の騎兵は、呂布自身が訓練したわけではなく、その癖や能力を把握しているわけではない。飛龍騎のように呂布の意のままに動かせる部隊とは違う。

 六千の軍勢のみで、子午道に伏兵する李傕、郭汜らの軍勢を強襲するという作戦は、呂布、正確には、その参謀である法正は採らなかった。


 張繍が私兵をそろえた時には、呂布も弘農城外に駐屯させていた騎兵部隊をいつでも出立させられる状態にしていた。

 既に深夜である。

 月明かり。それに、わずかなかがり火だけを目印に、呂布の率いる騎兵部隊と張繍の私兵部隊が弘農城を離れた。

 一夜明けた時には、呂布の率いる総勢六千の部隊は、長安城に迫っていた。

 呂布は、自らの旗印を掲げていない。

 旗印を掲げているのは、張繍だけである。大軍の接近を目にした長安城の守将は、すべての城門を封鎖したようである。

 それでも構わずに、呂布の部隊は城門に向かってかけた。

 先頭を行くのは、旗印を掲げた張繍。

 張繍は、長安の南の城門にたどり着くと、城壁に向かって怒鳴った。

「弘農の張済の軍である。勅命により、長安城の守りを強化するために駆けつけた。城門を開けよ」

 城壁には、西域の武将がよく着る防寒用の毛皮をまとった堂々たる体格の男が顔を出した。男は、

「そなたが、張済殿か? 」

 と問い返す。

「いや。私は、張済の甥の張繍と申す者。伯父の命により先鋒を務めている」

 もちろん、張済が今回の軍に加わっていないのは、言うまでもない。それでも、張繍はそう言ってのけたのである。

 張繍の傍らには、呂布が一般の騎兵の格好をして従うふりをしていた。

 呂布は、長安城の武官であれば、ほとんどの者を見知っているが、今、城門から顔を出している男には見覚えがなかった。そこで、呂布は、

「長安では見かけない奴だ。あいつが、何者か、問え」

 と張繍に耳打ちした。

「ご武官。失礼ながら、あなた様は、長安では見かけぬお方。どちらのどなた様ですか? 」

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