第56話 呂布曰く「俺たちは、子午道を通ってきたわけではない」
「張繍! 」
呂布に呼ばれて、張繍は、素早く立ち上がって拱手する。
「はっ! 」
「張済が率いていた私兵は、これより、お前が指揮せよ」
「はっ! 承りました」
「お前は、俺に従うのだろうな? 」
「もちろんです。私は、呂将軍、董卓様に忠誠を誓い、裏切ることは決してありません」
「よかろう。では、お前に確認するが、子午道では、李傕、郭汜らの軍勢と遭遇したのであろうな? 」
「もちろんです。ざっと見たところ、二万ほどの大軍が子午道の長安側に伏兵として潜んでいました。呂将軍は遭遇しなかったのですか? 」
張繍に問われて、呂布はニヤリとする。
「俺たちは、子午道を通ってきたわけではないからな」
「では、陽平関を通ってきたのですか? 」
「陽平関でもないんだな」
と答えたのは、成廉である。成廉は、目を丸くする張繍の反応を楽しんでいる様子。
「師父が商人の格好をしても、全然、商人らしくないから、ひやひやしたよ。僕たちは馬商人のふりをして、上庸、宛、洛陽を通過して、函谷関から来たのさ」
「函谷関……。しかし、宛、洛陽と言えば、今は……」
「そう。あのあたりは袁術の支配下だよな。もちろん、軍勢を引き連れて通過するのは難しいけど、僕たちだけが、商人のふりをして通過する分には、何の問題もなかったのさ」
「成廉の言うとおりだ。俺たち六人だけが、函谷関を通過して、ここまで来た」
と呂布が言う。
「では、飛龍騎の部隊は……? 」
「予定通り、子午道から長安に入る。張遼と高順が率いてくる手はずになっている。ただ、そのためには、長安側で伏兵している李傕、郭汜らの軍勢が邪魔だ。奴らを立ち退かせるための作戦を今から開始する。張繍、お前も私兵すべてを率いて従え」
「はっ! 」
呂布が採用した法正の作戦の全容は次のようなものである。
呂布は陽平関から漢中に駆け戻るや、時を置かずして、貂蝉、法正、成廉、魏越、侯成だけを引き連れて、馬商人に扮して、漢中を発った。
目的地は、成廉の発言にもあったとおり、函谷関である。
なぜ、函谷関を選んだか。
言うまでもなく、賈詡らがこの方面には警戒していないと見たからである。
陽平関方面には、軍を配置していないにしても、賈詡らと通じている者が複数、見張っているとみるべきで、たとえ、呂布が変装していても、途中でバレる可能性があった。
子午道は、賈詡らが最も警戒しているはずで、既に伏兵も置かれている可能性が高いと見た。
すると、函谷関から長安に入るという選択のみが残されたのである。
正確に言えば、もう一つ、函谷関よりも南に位置する「武関」と言う関所から、長安に入る道もあった。
ちょうど、袁術が現在、本拠地を置いている宛の北西に位置しており、ここから入れは、函谷関まで北上するよりも近かった。
法正も当初、そのルートを提案したのだが、呂布が難色を示した。
「武関を守っている胡軫と言う男はな。俺のことを敵視しているんだ。俺たちがあいつと会っても、あいつは俺たちのことを拘束して、賈詡らにつき出す可能性がある」
「すると、武関の胡軫も、賈詡らと通じているということですか? 」
法正の問いかけに、呂布はうなずいた。
「賈詡は、策士だというから、事を起こすにあたって、当然、俺と胡軫の関係も考慮しているはずだ。声をかけている可能性が高い」
「すると、函谷関まで北上することになります。大回りですよ」
「やむをえまい。馬商人に扮すれば、多数の馬を引き連れていっても怪しまれん。途中で乗り換えながら走ればよい。何頭かつぶすことになろうが、目をつむるしかなかろう」
その様にして、函谷関を目指すという方針が固まった。
馬商人に扮するにしても、呂布自身は商売の経験はない。そこで、役立ったのが、侯成だった。
侯成は、かつて、馬泥棒の傍ら、盗んだ馬を売り飛ばす馬商人の顔も持っていたから、馬商人に扮するのに最適だったのである。
旅の間は、侯成が、馬商人の親方役を務めて、呂布らはその手代と言った風情を装ったのだった。
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