第55話 張済激怒「張繍を捕らえて牢に閉じ込めよ! 」

「何を言う。すべて、賈詡殿の計画通りに進んでいる。子午道において、呂布の部隊を殲滅すれば、我らの敵はない。長安と一帯は、完全に我らの手に落ちる」

「絶対に失敗します。それに、董卓様は、善政を敷いているというのに、どうして、わざわざ謀反を起こす必要があるのですか? 」

「張繍よ。お前は甘い。今は、乱世だ。誰が覇権を握るのかも定まっていない。このような時代に生まれ合わせた我らが為すべきことは、高位高官につながるチャンスがあれば、逃がさないことだ。賈詡殿たちが皇上を擁立して天下を掴めば、それに貢献した我ら一族の高位高官も約束される。董卓に付いているよりも確実に、高位高官に上れるのだ。そのチャンスを逃がす手はない」

「私はそのようなお考えには賛同しかねます。董卓様の下で戦功を立てることこそが、我ら一族の繁栄につながると思います」

「董卓ごときが天下を取れると思うか! 董卓の本拠地である長安城はもはや、我らの手に落ちたのだぞ! 」

「長安は、必ず、呂布殿が奪還します。その後で後悔しても遅いのです。今なら、伯父上は、謀叛とは無関係と言い逃れることができます。どうか、思いとどまってください! 」

「黙れ! 我ら一族の方針は、私が決定するのだ! お前が口を挟むではない! 誰か! 張繍を捕らえて牢に閉じ込めよ! 」

 張済がそう叫んだとき、閉じられた政庁の扉が開け放たれた。

 扉の向こうには闇に包まれた中庭が広がるが、わずかな月明かりに照らされて、多数の武装した兵が屯っているのが見えた。

 張済の声に呼応したのか、武装兵の数人が、部屋の中に入ってきた。

 張済が再び叫ぶ。

「この張繍を捕らえて牢に閉じ込めよ! 」

 武装兵は拱手しなかった。それどころか、張済を見やってカラカラと笑う。

「残念ながら、その命令には従えないな」

 そう言い放った武装兵は、地味な一般兵の格好をしていても、際立った存在感を醸し出していた。

 その顔を見やった張繍は、瞠目した。

「呂、呂将軍……! 」

 その武装兵は、なんと、呂布!

 その取り巻きの武装兵も、見知った顔。貂蝉、法正、成廉、魏越、侯成ではないか!


 ※


「牢に捕らえるべきは、謀叛人の張済。お前だ」

 呂布はそう言い放つと、魏越に目で合図した。

 魏越の手から投げ縄が飛ぶ。

 張済が「あっ!」と声を漏らした時には、張済は、両手ばかりでなく、足まで縛られて、椅子から引きずり倒されていた。

「皇甫将軍! 」

 呂布が叫ぶと、なんと、皇甫嵩も中庭から、政庁の中に駆けつけて、呂布に拱手した。

 本来、朝廷における武官としての階級は、驃騎将軍の皇甫嵩がトップで、衛将軍の呂布はその下である。呂布が皇甫嵩を呼びつけるということはありえないのであるが、法正が李儒から預かった錦の袋の書付に従い、皇甫嵩及び朱儁は、呂布に従う姿勢を示しているのである。

「呂将軍。お呼びでしょうか? 」

「皇甫将軍。張済の身柄は、お前に預ける。我らの作戦の邪魔にならないよう、厳重に牢に閉じ込めよ」

「かしこまりました」

 皇甫嵩は拱手すると、自らの部下に目配らせして、張済を引きずっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る