第54話 伯父上、賈詡殿に呼応して事を起こすことはおやめください

 数日して、弘農に入った張繍は、まっすぐに宮城に駆けつけた。

 政庁の奥に、皇甫嵩と朱儁が座しているのを目にした張繍は、胸をなでおろした。

(間に合った。伯父上は、まだ、事を起こしていなかったようだ)

 と。

「呂布が、自ら駆けつけると言ったのだな? 」

 皇甫嵩の問いかけに、張繍は、漢中で見聞したことをありのままに話した。

 ただ、伯父の張済も同席していたために、子午道の長安側に、既に李傕と郭汜の軍勢が陣取っていることは伏せた。

「呂布が、飛龍騎を率いて、子午道から駆けつけるというのであれば、心強いことだ」

 と、朱儁が満足そうにうなずく。

「うむ。弘農の軍勢と、呂布の飛龍騎が力を合わせれば、長安を奪還することも不可能ではない。そのためには、李傕と郭汜らが、子午道に伏兵を置かないよう、我らが出陣して、道を確保しなければならない。早速、明日出陣する」

 皇甫嵩の言葉に、朱儁が立ち上がった。

「では、早速、軍勢を整えよう」

「頼んだぞ」

 朱儁が出て行くと、皇甫嵩は張繍に声をかける。

「張繍、ご苦労だった。そなたは、伯父と共に弘農を守るがよい」

「はっ」

 張繍が拱手して引き下がると、張済もその後に続いた。張繍は張済を見やると小声で言う。

「伯父上、屋敷に戻ったら、お話があります」

「うむ? 」


 張繍と張済が屋敷に戻った時には、既に夕暮れになっていた。

 屋敷には所々に明かりがともされ、物見の兵が立っている。彼らは、すべて、張済の私兵である。

 張済の私兵は、表向きは、数百規模と公表しているが、実際には、規模を強化しており、千人規模に膨れ上がっている。

 もちろん、全員が屋敷の警備についているわけではないが、弘農の城内の各所にひそかに私設の屯所を設けており、張済が号令を発すれば、たちまち、千人規模の私兵が集結できる手はずになっている。

(伯父上は、何ゆえ、私財を投じてまで、私兵を強化していたのかと不思議に思ったのだが、今ならわかる。賈詡の密命により事を起こす時に備えていたのであろう)

 と、張繍は苦々しく思うのだった。

「話があるというのはなんだ? 」

 政庁の椅子に腰かけたところで、張済が張繍に訊ねた。

「単刀直入に申し上げます。私は、漢中からの帰途、子午道において、李傕殿と郭汜殿。それに賈詡殿にお会いしました」

「すると、賈詡殿は既に、子午道に伏兵して、呂布を待ち受けているのだな」

「そのとおりです」

「お前は、賈詡殿と話をしたのか? 」

「もちろんです。伯父上がなさろうとしていることもすべて聞きました」

「そうか……。お前にはあえて、黙っていたが。知ってしまったのか」

 張済は溜息を洩らすと、椅子に深く座り直した。その顔には、疲れとも見える陰りがある。

 張繍が身を乗り出した。

「伯父上。今からでも遅くはありません。賈詡殿に呼応して事を起こすことはおやめください」

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