第53話 呂布の飛龍騎が精鋭でも、無傷で、子午道を通過することは難しい。果たして……

 ともあれ、長安での事変を知った呂布は、飛龍騎の副隊長である張遼に命じた。

「では、直ちに、長安に進軍する。張遼よ、軍勢を整えよ。それから、剣閣を攻略中の師父の下にも一報を伝えなければならない。既に、早馬を走らせているとは思うが……」

「それには及びません」

 と答えたのは、法正である。

「うむ? どういうことだ。法正? 」

 法正は拱手して答える。

「此度のような事態が起きることを李儒様は、あらかじめ想定しており、そのような事態が起きた時は、この錦の袋を開けてその指示に従うようにと、私に預けておられました」

「さすが、李儒殿だ。では、なんと書かれていた? 」

「ご覧ください」

 法正が、錦の袋から、書付を取り出して、呂布に手渡した。

 呂布は一目見たところで、貂蝉に手渡して、読むように命じた。貂蝉がよく響く声で読み上げた。


 李傕と郭汜が長安にて謀反を起こした折には、長安奪還作戦の全指揮権を衛将軍呂布に委ねる。

 皇甫嵩、朱儁らも、呂将軍の命令に従って動くこと。

 このことにつき、董相国に報告して、伺いを立てるまでもない。

 なお、李傕と郭汜の幕僚には、賈詡なる知恵者がいるため、よくよく注意するように。

 奪還作戦については、呂将軍が法正とよく話し合い、決行するように。


「聞いてのとおりだ。これより、長安奪還作戦の指揮は、俺が執る」

 呂布の言葉に、張遼以下、飛龍騎のメンバーは、一斉に、呂布にひざまずいた。

「呂将軍。ご命令を」

「張遼よ、軍勢を整えよ。我ら飛龍騎は、子午道を通って、迅速に長安を奪還する。山越えに備えて装備は軽装にしろ」

「はっ。承りました」

 それから、呂布は、様々な指示を出した後で、張繍に対しても、

「張繍。お前は、数日、漢中で休んだうえで、子午道を通って、弘農に戻るがよい。その折、おそらく、李傕らの軍勢に出くわすであろうが、抵抗することなく捕まり、伯父の張済から陰謀を聞かされていたふりを装って切り抜けるがよい」

 と命じたのである。張繍が退出する時には、呂布は、

「張繍よ。弘農で再会しよう」

 と言ったのだった。


「それにしても……」

 と、張繍は、弘農への道すがら、首を傾げた。

 呂布は、正確に言えば、法正は、子午道に、李傕らの軍勢が伏兵となって潜んでいることを承知しているはずである。

 にもかかわらず、「我ら飛龍騎は、子午道を通って、迅速に長安を奪還する。」とはどういうことだろう。

 伏兵が潜んでいても、難なく撃退できるということなのだろうか?

 見たところ、賈詡は、子午道の狭い山道で、呂布の飛龍騎を殲滅すべく、ほぼ全軍を集結させている様子だった。

「いくら、飛龍騎が精鋭でも、無傷で、子午道を通過することは難しいだろう。仮に、激戦をくぐり抜けて通過できても、長安を奪還するための兵力が残されていないのではないか……」

 そのように危惧したのである。

 しかし、張繍には、呂布と法正がどのような作戦を立てているのか知る由もない。

 今はただ、弘農へ駆けつけ、皇甫嵩に復命すると共に、伯父の張済を問いただすだけである。いざとなれば、刺し違えてでも、伯父上をお止めしなければならない。と張繍は考えているのだった。

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