第52話 呂布曰く「賈詡の姑息な陰謀など、この呂布がお見通しだ」

 賈詡の命を受けて、解放された張繍は、暗澹たる思いで、弘農への道を急いでいた。

 灰色の空はますます、濃くなり、頬を撫ぜる風も刃のように冷たい。

 張繍は、このようにつぶやいていた。

「やはり、伯父上は、李傕と郭汜らの謀反人と通じていたのか……! 伯父上は、謀叛とは無関係と信じていたのに……!」

 同時に、陰謀の全貌を見破った呂布、正確に言えば、呂布の幕僚の法正とか言う年少の軍師の頭脳明晰な様には、畏敬の念を禁じ得なかった。


 呂布が陽平関から貂蝉、法正と共に漢中に引き返してきた日。張繍は、呂布と面会するや、いきなり、七星剣を首に突き付けられた。

「お前は、李傕と郭汜の仲間か? 弘農に入った皇甫将軍、朱将軍の命を取れとの密命を受けているのではないか? 」

 そう問われたのである。

 張繍としては、寝耳に水であった。

「李傕と郭汜が、今回の事件を起こしたことさえ、皇甫将軍、朱将軍から知らされるまで全容を知りませんでした。李傕と郭汜の仲間などと、とんでもない話です」

 と答えるしかなかった。

 呂布は龍が人に生まれ変わったのではないかと思わせるその威圧にあふれる眼差しで、張繍の目を凝視した後、

「お前の目は噓をついていない目だ。お前は、何も知らなかったようだな。だが、お前の伯父の張済はどうだ? 」

「伯父上は……」

 と問われれば、思い当たる節がないわけではなかった。

 最近、張済の屋敷には、賈詡が度々訪れて、いろいろと密談を交わしていたようである。

 その時は、いつも、張繍は、張済から、二人が密談を交わしている部屋の周囲を警戒して、誰も近づけるなと命じられていた。

 張繍は、その命に忠実に従い、警戒に当たったが、どのような話が交わされていたのか、張済から聞かされることはなかったし、また、張繍も問うことはなかった。

 張繍は、ありのままに、呂布に話した。

「そう言うことなら、残念ながら、お前の伯父は、李傕と郭汜。それに、賈詡の一味だ。弘農に居残ったのは、あえて、皇甫将軍、朱将軍を誘い込み、お二方を暗殺するためであろう」

 呂将軍は、戦においては天下無双と聞かされており、直接の面識はないものの、張繍は、かねてから、尊敬していた。そればかりでなく、謀略についてもそれほどの頭脳明晰さを有しているとは……!

 張繍は、深い畏敬の念を抱いたものである。

 しかし、呂布は、カラカラと笑うと、

「賈詡の姑息な陰謀を見破ったのは、俺ではなく、この法正よ」

 と傍らの年少の軍師、法正を指さしたのだった。

 もっとも、法正にしても、

「いいえ。私は、長安城の内情について、詳しく知らないのに、どうして、陰謀を見破ることができましょう。私も、李儒様から、事情を聴かされており、その上で、賈詡の謀略を推測したのです」

 という。呂布は、その言葉にちょっと意外な顔をした。

「法正。お前はいつの間に、李儒殿と話をしていたのか? 」

「はい。呂将軍に、董卓様と引き合わされた後で、李儒様に声を掛けられまして、その後で、いろいろとお話を聞かせていただいたのです。あのお方の頭脳は素晴らしい。さすが、董卓様の軍師を務めるだけあると思いました」

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