第47話 呂布、張繍を斬首か?

 呂布は、赤兎馬を飛ばして、直ちに漢中に戻った。

 宮城の政庁に入ると、早くも、飛龍騎のメンバーが勢ぞろいしている。

 見慣れない若い武将が一人いた。

「お前が、張繍か」

 呂布に問われて、その武将は、拱手して答える。

「はい。お初にお目にかかります。皇甫将軍の命を受けて、子午道を通過し、駆けつけてまいりました」

「子午道を通ってきたか。寒かっただろうな? 」

「はい。北側は、かなり寒く、凍えるほどでしたが、漢中に出た時は、暖かく感じました」

 すると、呂布が突然、七星剣を抜刀した。刃が張繍の首筋に当てられた。


 ※


 そのころ、長安は、李傕と郭汜らによって、完全に掌握されていた。

 皇城の正殿には、文武の高官が集められ、新しい体制が発表されようとしていた。

 献帝は、李傕と郭汜らの軍勢によって、害されることはなく、これまで通り擁立されていたし、少年宦官司馬懿も、献帝の側に仕えている。しかし、二人の眼差しには陰りがあった。

 司馬懿は献帝に耳打ちする。

「皇上、必ず、董太師が戻ってきて、奴らを成敗するはずです。それまでの辛抱です」

「分かっている」

 聡明な献帝は、幼いながらも状況を正確に理解している。

 たとえ、自分が、李傕と郭汜らを謀反人と痛罵したところで、彼らには通用しないし、状況を悪くするだけだ。今、自分にできることは、董太師が戻ってくるまで、奴らのやることなすことを黙認し、奴らに連れ去られたりしないように身の安泰を図ることだけである。

 いざという時は、どこに隠れるかも司馬懿と共に話し合って、既に決めている。

 献帝が少年宦官司馬懿を従えて、正殿に入ると、文武百官が一斉にひざまずく。

「臣、参見、皇上! 皇上万歳万歳万々歳! 」

「平身! 」

「謝、皇上! 」

 文武百官の顔ぶれが大きく様変わりしていた。

 武官の筆頭は、李傕。文官の筆頭には、董卓を敵視する張温が立っていた。

 本来なら、武官の筆頭は、皇甫嵩。文官の筆頭は王允であるが、彼らは、献帝が罷免したことになっている。

 長安城が、李傕と郭汜の反乱軍によって制圧された後で、その参謀である賈詡に、無理矢理書かされたのである。

 あの日、賈詡は、胡赤児とか言う赤鬼のような武将を従えて、堂々と、献帝の執務室に入ってきた。

 その上で、賈詡は、礼儀正しく拱手して、自己紹介すると、

「ただいま、長安は、董卓の弟である董旻が謀反を起こし、賊軍どもは、皇城までなだれ込んでいます。我らは、皇上をお守りすると共に、董旻を捕らえるべく、参上いたしました」

 献帝としては、

「うむ。ご苦労である」

 としか言いようがなかった。

 董旻が長安第一の鼻つまみ者であることは、献帝でさえ、以前から知っていたし、董卓にも、どうして対処しないのか尋ねたこともあった。

 しかし、董旻のことになると、董卓の受け答えも歯切れが悪くなる。まだ、子供の自分には理解し得ない大人の事情があるのだろうかと思い、献帝もそれ以上の追及はしなかった。

 その董旻が、董卓が長安を離れた隙に何か悪さをしでかすのではないかとの懸念は、献帝自身も有していたし、そのために、軍事の最高責任者である皇甫嵩にも、そのことを尋ねていたのである。

 皇甫嵩は、

「皇上に置かせられましては、董旻のことはご放念くださいますよう。臣が責任をもって、にらみを利かせておきますゆえ」

 と答えたのだった。

 そのにらみとやらが利かず、董旻がとうとう謀反を起こしたというのである。

 そんな経緯があったため、少なくともその時点では、献帝も、賈詡の言葉を信じたのだった。

 賈詡が、

「皇上の周辺警固のために、この胡赤児を残しますゆえ、ご安心くださいますよう」

 と言った時も、偉丈夫の胡赤児を目にして、頼もしいと思ったのだった。

 ところが、その後から、賈詡に、

「皇甫嵩、朱儁を罷免する勅書をお書きになりますよう」

「王允、盧植、蔡邕を罷免する勅書をお書きになりますよう」

 と次々に要求されるにつれて、さすがに、献帝も、自分が軟禁状態に置かれたことを悟らざるを得なかった。

 胡赤児は、護衛などではなく、自分が逃げないように見張り役としてつけられたのだと。

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