第41話 董旻、ついに反旗を翻す
その長安では、まさに、重大な事態が勃発していた。
この日、長安の城門警固の責任者は、李蒙と言う名の中堅の武将であった。
長安の城門は、日中は、庶民や商人たちの出入りのために、東西南北、すべて解放されている。
商業が盛んで交易商人の出入りが多く、他国に攻撃される可能性が低いからである。ただ、山賊の類が全くいないというわけではないため、どこの軍勢かはっきりしない部隊が見えた場合は、念のため、城門を閉じる手はずになっている。
そのために、一定数の兵士が交代で城壁に立ち、彼方の草原に目を凝らしていた。
その兵士から、一報が入る。
「東の方に、軍勢が見えます! 」
李蒙はその知らせを受けると、騎馬で長安の東の城門に駆けつけ、自ら城壁に登って、彼方に目を凝らした。
軍勢は董卓軍の旗を掲げていた。味方の軍勢だという印である。
でも待てよ。となる。
「東の方と言うと弘農、あるいはその先の函谷関ということになるが、その方面から、味方の軍勢が来るという連絡は受けていない」
李蒙の言葉に、部下の武官もおっしゃる通りです。と頷く。
「あれは、味方の兵を装った賊だ! 直ちに、全ての城門を閉鎖せよ! 」
李蒙の判断は的確だった。
直ちに、長安の城門は、東西南北すべて閉じられた。外に庶民や商人が取り残されようと容赦しない。
城門を守る兵士たちはベテランぞろいであったため、心を鬼にして任務を遂行した。
同時に、李蒙は宮城に伝令を出して、正体不明の軍勢が接近している旨の報告に行かせた。
ところが、その伝令が駆けこんだ先は、妓楼「妖妹楼」だった。
伝令は、妓楼「妖妹楼」の奥に坐する董旻の下にひざまずく。
「李傕殿、郭汜殿が弘農の兵を率いて、長安の城壁前まで攻め寄せました」
董旻は、ゲラゲラ笑うと、ヒョウタンに入った酒をガボガボと喉に流し込んだ。
「いよいよ。来たか。東の城門は誰が守っている? 」
「李蒙です」
「知らねえ奴だ。大した奴ではなかろう。俺が、一撃で射殺してやるまでよ」
董旻は、鎧兜を身につけ、腰には剣を差し、弓矢を携えていた。
董旻だけではない。董旻の取り巻きのゴロツキどもも重装備で身を固めている。
いずれも一見すると、長安の守備兵と見分けがつかない。今、そんな者たちが、妓楼「妖妹楼」を中心とする盛り場に一千名ほど集まっているのだ。
「行くぞ! 全員集まるように言え! 」
董旻の手下のゴロツキどもが名を受けて出て行くと、董旻は、ヒョウタンを腰に下げて、立ち上がった。
外には馬が用意されている。董旻の超重量に耐えられるよう特別に選び抜かれた足腰が丈夫な汗血馬である。
見かけによらず、董旻は軽々とその乗馬に跨った。
董旻が街路に駆け出た時は、その周りに、一千名の偽装守備兵が集まっていた。
東の城門前には早くも、正体不明の軍勢の先鋒が到着していた。その数でも数千規模である。
李蒙は彼らに呼び掛ける。
「どこの軍勢だ! 何の用で長安に来た! 」
軍勢の大将らしき人物が出てきた。
「我らは、弘農の兵である。太守牛輔の命により、長安城に兵を補給するために参上した。直ちに、城門を開けられよ」
「弘農より、兵が送られてくるとの連絡は受け取っていない。お前は何者だ! 」
「俺の名は、李傕だ。牛輔の配下である。直ちに開門された方がその方の身のためであるぞ」
その時、東の城門の内側が騒がしくなった。
李蒙が背後を見やると、一千名近い守備兵が応援に駆けつけてきたところだった。
宮城からの応援の兵であろうと見た李蒙は、号令を発しようとした。
「弓矢を持つ者は直ちに、城壁に上がれ……! 」
言葉は続かなかった。ズシンと派手な音が立って、李蒙の鎧に矢が突き立っていた。胸に鋭い痛みが走る。
鎧をも貫通する強力な矢で射抜かれたと分かった時には意識が遠のく。
「なっ……。何者……」
更に、ズシン、ズシンと派手な音が立って、鎧に二本目、三本目の矢が突き立つ。李蒙は、そのまま前のめりに倒れ、内側の城壁からはるか下の地面に転落した。
城門の警護に当たっていた兵士たちの間に動揺が起きる。
応援に駆けつけた側の守備兵の大将が叫んだ。
「お前ら! 城門の兵を皆殺しにしろ! 」
董旻である。
董旻が、ゲラゲラと笑う間に、手下のゴロツキどもが、矢を飛ばし、剣や矛を振るって、あたふたする城門の警護に当たっていた兵士たちを殺戮していく。
董旻は、自らの弓の弦を舌で舐めて、ご満悦の様子。
「どうだ! 俺の弓の腕前は! 」
と。
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