第40話 皇甫嵩曰く「進歩が遅いのう。今の若い者はだらしないのではないか」
董卓は、長安を出立するにあたり、献帝に、
「内政のことは王允、軍事のことは皇甫嵩、儀式のことは蔡邕。その他もろもろのことは盧植にお尋ねくだされば間違いありません。これらの者はいずれも老いぼれですが、まだまだ、皇上のために、働ける者どもです」
と申し上げていた。
そのため、董卓が漢中に出征している現在、長安における軍事の最高責任者は、皇甫嵩だった。
皇甫嵩は、将軍の職位としては、驃騎将軍と呼ばれる地位に就いている。現代的な感覚で言えば、大将、中将、少将のうちの大将に相当する地位にあると考えればよいだろう。
ちなみに、驃騎将軍の上には、大将軍と呼ばれる地位があるが、現在この地位は空席となっている。
また、驃騎将軍の下には、車騎将軍、衛将軍と続いている。
このうち、衛将軍の地位にあるのが、呂布だった。
皇甫嵩はもう引退していい年頃の高齢の武将であったが、
「わしはまだまだ若い者に負けんぞ」
と老いてますます盛んな老武将であった。
董卓が漢中を攻める際は、自らが、先鋒になると申し出たほどであったが、董卓は、
「皇甫将軍殿には、長安と皇上を守るという一番大事な任務をお任せしたい」
といって、引き留めたのだった。
董卓が三万の兵を率いて、長安を立った後も、長安には、約二万の兵力が残されていた。
もっともこの兵士たちの大半は、募兵されたばかりの新兵で、ベテランの兵士たちに比べると戦力としてはかなり劣る。
皇甫嵩にとって、長安の警固以外の大切な任務は、この新兵たちを一日も早くベテランの兵に育て上げることであった。
そのために、連日、長安の郊外において、新兵たちの訓練を行わせ、その監督に立ち会っていたのだった。
日中、これらの新兵たちが、長安郊外にいる間は、長安の警固は、最低限の兵、数千規模の兵しかいないという状況だったのである。
その日も、長安の新兵たちは、長安の北方の平原に設けられた演習場を駆け回っていた。
新入りで鎧もまともに付けられない者たちは、まず、基礎体力を養うことに主眼が置かれる。専ら、演習場の周囲を荷物を担いで走ったり、整列して行進するといった訓練を行う。
ある程度基礎体力が付いた新兵は、ようやく武器を使っての訓練に入れる。
まずは、歩兵として剣を使うこと。矛を使うこと。この二つで、及第点に達した者は、弓矢の訓練に進むことができる。
更に選抜された者は、馬術の訓練と、馬上での実戦訓練に進み、騎兵として戦えるように訓練を受ける。
皇甫嵩は、演習場に設けられた壇に登り、新兵たちの訓練を監督していた。
「進歩が遅いのう。今の若い者はだらしないのではないか」
と、皇甫嵩は、白い顎髭をしごきながら、つぶやいた。
演習場にいる新兵は、演習場の周囲を荷物を担いで走る者。あるいは、歩兵として剣と矛の訓練をしている者が大半で、弓兵、騎兵の訓練を行っている者は、数百足らずにすぎない。
すると、皇甫嵩の隣に立つ、白髪交じりの初老の将軍が口を開いた。
「緊張感が足りないのだ。兵士になれば、とりあえず、飯が食えて給料がもらえるという理由だけで応募する者も多いようですな」
皇甫嵩は、じろりとその将軍を見やった。
「朱儁。それは本当かね? 」
朱儁は、皇甫嵩の後輩に当たり、皇甫嵩と共に、数々の戦功を立てた歴戦の武将の一人である。武官としては皇甫嵩に次ぐ、高官の地位、すなわち、車騎将軍の地位にある。現代的な感覚で言えば、中将と言ったところである。
「ここ長安は、周辺に敵対勢力はなく、他国に戦争に駆り出される可能性は低い。それゆえに、安定した就職先の一つとして認識されているようですな」
「敵対勢力がないと言うても、遠征することはある。現に漢中に出征しているのじゃがのう」
「おっしゃる通り。この新兵たちもいずれは、函谷関を超えて、関東方面へ出兵することもありましょう。まあ、董卓殿が、蜀を平定してからのことですな」
「うむ。董卓殿は、そろそろ、漢中を落としている頃であろうかのう」
皇甫嵩と朱儁は目を細めて、南の長安。そして、遥か彼方にうっすらと見える秦嶺山脈を見つめた。
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