第39話 李傕曰く「邪魔者は一人消えた。我らは、長安に攻め寄せ、長安を落とす」

 賈詡が執務室の外に出た。入れ違いに、胡赤児が入ってきた。

 胡赤児は、その名のとおり、漢人ではなく、北方民族出身である。学はなく、読み書きもあまりできないが、赤ら顔で体格がよく、武勇に優れていたために、牛輔が武官として重用していた。

 胡赤児は、牛輔の執務室に入ると、ひざまずいた。

「牛輔様お呼びでしょうか? 」

 牛輔は、胡赤児が入ってくる間に、目を素早く動かし、彼の持ち物を検査している。

 牛輔の執務室に入る時は、たとえ、将軍であっても、武器を身につけてはいけないことになっている。武官が常に腰につけている剣でさえ、入る前に外すように命じている。

 牛輔は、胡赤児が丸腰であることを確認し、ほっと一息ついたのだった。

「長安に送る兵力は、二千であったな」

 牛輔が問うと、胡赤児は首を横に振った。

「いいえ。長安に送る兵力は、二万でございます」

 牛輔は、神経質そうに髭をしごきながら、書類に目を落とした。

「うむ? 二千とあるぞ。二万の兵を送ることを許可するはずがあるまい。それでは、弘農の兵力の全軍になるではないか。お前の間違いでは……」

 牛輔の言葉は続かなかった。

 胡赤児の目に突如としてあやしい光が宿った。その直後、胡赤児は、牛輔をめがけて猛牛のように突進している。

 机にタックルし、ひっくり返す!

 ゴツーン!

 と牛輔の顔面に机が衝突し、同時に、机にあった書類や文などが散乱する。

 その時点で、牛輔は、

「ぐおっ……」

 とうめき声を漏らすばかりで、半ば、意識を失いかけている。

 胡赤児の猛攻は止まらない。机をどかすと、牛輔につかみかかり、そして、体落とし!

 ドシーン!

 と頭から地面に叩きつけられた牛輔は手足を伸ばし、口から血を吐いて、完全に意識を失っていた。


「胡赤児、やったか? 」

 牛輔の執務室に、三人の男が入ってきた。

 一人は、今しがた、胡赤児と入れ替わりに出たはずの賈詡。あとの二人は、李傕と郭汜である。

 今、胡赤児に声をかけたのは、李傕だった。

「けっ。えらそうにしていた割にはあっさりと、伸びちゃいましたぜ」

 胡赤児がそう言いながら、牛輔の顔に唾を吐いた。

「胡赤児、牛輔の首を落とせ」

 そう命じたのは、賈詡である。

「剣がねえ。こいつはいつも、いちいち剣を外せだのめんどくさい奴だからな」

「そこに斧があるではないか」

 と郭汜が、机の脇の斬首台に突き立っている刑罰用の斧を指さした。牛輔が気合を入れるために使っていたものである。

「そりゃ忘れてた。この斧の最初の犠牲者が自分になるとはこいつは思いもしなかっただろうな」

 胡赤児はゲラゲラと笑いながら、牛輔を引きずると斬首台にたたきつけた。

 それから、まるで、牛肉を叩き分けるように、ザクッと斧を叩き落として、牛輔の首と胴体を分けてしまったのである。

 それを確認した賈詡も、占い用の筒とくじを牛輔の遺体の側にぶちまけた。くじにはすべて「大吉」と書かれていた。

「邪魔者は一人消えた。これより、我らは、二万の兵を率いて、長安に攻め寄せ、長安を落とす」

 李傕の言葉に、賈詡も同調する。

「参りましょう。我らが、天下を取るために」

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