第38話 牛輔曰く「今日は、やたらと、大吉ばかり出るな」

 牛輔は、董卓の娘婿である。

 董卓が目をかけたからには、さぞ、呂布に比肩する名将と思われる方もいるかもしれないが、牛輔は、武将としては平均点を取れるかどうかというレベルでしかない。弓術においても、董卓の弟子になれるほどの実力はない。

 それでも、董卓が牛輔を娘婿として受け入れたのは、牛輔が文武共にバランスの取れた真面目な人物だからだった。

 文官としては言われたことを忠実にこなし、武官としては、自らの武勇がそれほどでないにしても、任務は必ず遂行し、董卓を失望させたことは一度もない。

 牛輔は、武官として勤務する際は、自らを奮い立たせるために、刑罰用の斧と斬首台を側に置いていたという。

 そんな牛輔の真面目な性格に、董卓は一目を置き、なおかつ、縁があったために娘を嫁がせたのだった。

 牛輔は、今、長安と函谷関の中間地帯にある弘農と呼ばれる都市の太守となり、この地域を治めると共に、函谷関への物資の補給や兵員の交替と言った後方支援業務に当たっていた。

 牛輔は、後方支援要員としては、有能で、函谷関の華雄も後顧の憂いなく、洛陽方面からの軍勢に対する警戒任務に当たることができていたわけであるが、唯一残念な点があった。

 迷信深すぎることである。

 人と会う時に必ず、占い師に、人相見をさせて、反逆の気がないかを判断し、さらに筮竹で吉凶を占わせて、吉と出たのを確認してから、ようやく面会に応じるという慎重さだった。

 董卓に対してでさえそうであったから、董卓は苦笑しながら、

「牛輔や。わしは、おぬしの部下ではないのだから、反逆などということはあるまい」

 と言ったそうである。

 ともあれ、牛輔は、自らの直属の部下の中で、占い師だけは、特に吟味して選んでおり、少しでも、予想を外した時は即座に交代させていた。牛輔の占い師は一年と任期を務めたこともないのが通例であったが、今の占い師だけは、例外で、もう三年もの間、牛輔専属の占い師の座を維持していた。

 この占い師の名を賈詡という。

 賈詡は、占い師として有能であるばかりでなく、軍事においても、内政においても、的確な助言を行ったために、牛輔は、彼に一目を置き、彼の助言ならば何でも受け入れていたのである。


 その日も、牛輔は、いつも通り、弘農の宮城に出勤し、自分の執務室の椅子に腰かけると、賈詡を呼び寄せて、今日の運勢を占わせた。

 賈詡は、筒に入ったくじを引くと拱手して牛輔に見せた。

「本日の運勢は大吉でございます。何をやってもうまくいくでしょう」

 牛輔は、神経質に顎髭をしごきながら首を傾げる。

「そうか。今日は、何やら、胸騒ぎがして、落ち着かないのだが、大吉と出たか」

「ではもう一度やりますか? 」

「やってくれ」

 賈詡は、筒に入ったくじをもう一度引いて、牛輔に見せた。

「やはり、大吉でございましょう」

「そうか。では、仕事に取り掛かるか。今日はまず、軍事からか」

 牛輔は、机の傍らにおいてある斬首台の前に立った。刑罰用の斧がそこに置かれている。

 牛輔は、斧を手に取ると、エイッと斬首台に叩きつけた。斧が鈍い音と共に斧が斬首台に食い込んだ。

 気合を入れたのである。

 軍事の仕事を始める前に、牛輔が必ずやる儀式だった。

 牛輔は椅子に腰かけると、机に広げられた文書に目を通した。

「長安の守備兵が不足しているために、弘農から兵を送るという話であったな」

「さようです。胡赤児らが、兵を引き連れて長安へ向かう手はずとなっています」

 賈詡が拱手して答える。

「移動中の兵糧、それから武器類は十分であろうな」

「書類上は問題ないと思われますが、詳細は、責任者の胡赤児を引見して、お聞きになりますよう」

「今から、胡赤児と会うのは良いのだろうか。占ってくれ」

「はっ」

 賈詡はまたしても、筒に入ったくじを引いて、牛輔に見せた。

「大吉でございます」

「今日は、やたらと、大吉ばかり出るな」

「それだけ、今日の牛輔様の運勢がよろしいのでございます」

「では、胡赤児を呼べ」

「はっ」

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