第37話 十体分の棺桶の中身は……

 さて、董旻は、その日、妓楼「妖妹楼」に居ながらにして、珍しく、武人らしい顔を取り戻していた。

 兄の董卓が大軍を率いて、長安を立ってから、既に数十日になる。陽平関で、劉焉・張魯連合軍と激戦を繰り広げようとしている頃合いであろうか。

 董旻は、肥満体を、董旻の体重に耐えられるよう特別にこしらえた椅子に身を預けながら、二人の武将を引見していた。

 二人の名を李傕と郭汜という。二人とも、ずる賢く抜け目のない目つきをしている。

「牛輔の兵を奪う準備はできたか? 」

 董旻の問いかけに、李傕が拱手して答える。

「はい。牛輔は、我らの配下の者が斬り殺し、まもなく、軍勢を率いて、長安に押し寄せる手はずとなっています」

「兵力はどれくらいになる? 」

「弘農の兵力、総勢二万です。これだけの兵力が一気に、長安に攻め寄せることになっております」

 郭汜も董旻の問いかけに拱手して答える。

「二万……。少すくねえな。もっと、兵力を集められないのか。兄貴が三万の兵を率いて、長安を出ていったが、まだまだ、兄貴に味方する兵力は多い。函谷関にも、二万の兵力がいるんだぞ」

「周辺の都市も襲撃して兵をかき集めれば、十万の兵力にはなりましょう」

 李傕の言葉に、董旻は満足そうにうなずく。

「十万の兵力……。それだけの兵力を俺が動かせれば、長安が俺の物になる……! 」

 董旻は、にたりとすると、瓶に入った酒を喉に流し込んだ。

「長安どころではありません。天下がすべて、董旻様のものになりましょう」

「左様ですとも。董旻様が皇帝になられる日も遠くはありません」

 李傕と郭汜のごますりに、董旻は、ゲラゲラ笑う。手に持った瓶から、酒がぼたぼたと落ちた。

「俺が天下を取るか! 俺が皇帝か! 俺が皇帝になったら、兄貴のことは宦官にしてやるわ! 」

 董旻がぐいと酒をあおる中、李傕と郭汜が目を合わせて、あやしい笑みを浮かべた。

「では、早速、我らも準備のために、弘農に戻ります。董旻様も、決起の日に必ず呼応されますよう」

 郭汜の言葉に、董旻は、酔眼で、

「言われるまでもねえ」

 と頷く。

「妖妹楼には十分な武器がそろいました。長安各所にも我らの味方が、潜んでおり、董旻様が号令をかければ、一気に駆けつけ、蜂起する手はずになっております。その数、一千に上ります」

 李傕は、そう言いながら、棺桶の蓋を開けた。

 十体分もの棺桶が、今、董卓の目の前に並べられている。

 その中に、妓女の遺体はない。代わりに、矛、剣、弓、鎧、兜といった武器がびっしりと詰まっていた。

 ここ数日の間に、妓楼「妖妹楼」に運び入れられた棺桶には、すべて、そうした武器防具が入っていたのだった。


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