第36話 物語は、一旦、董卓や呂布から離れなければならない。
(俺は、李儒の不興を買うようなことをしたか? )
呂布は、貂蝉にお茶を出されても、手をつけずに、呆然としていた。
ここは、漢中に新たに設けた、呂布の屋敷である。
貂蝉も久しぶりに武装を解いて、体の線が透けて見えるほどの着物をまとって、髪飾りなどで飾り立てている。その傍らには、長安から呼び寄せた腰元の燕草も侍っている。
「奉先様、どうなさいました? お疲れですか? 」
貂蝉に手を触れられて、呂布は我に返った。
「いや。疲れたなんてことはない。子午道の山越えは、まあ、大変だったが……」
「ええ。私も、子午道の山越えは、結構きつかったですわ」
「でも、漢中の攻略は、あっけなかったな……」
「うふふっ。私も、あんなにうまくいくとは思いませんでしたわ」
「陽平関から引き返してきた張衛と張任の部隊も大したことなかったし」
「ええ。張任という武将だけは、すばらしい腕前でしたわね」
「ああ。あいつは、いずれ、部下にしたい。部下にしたいが、今回は逃がしてやった」
「ええ。あのようなお方は、捕縛されて下るようなお方ではなさそうですわ。奉先様の判断は正しいと思います」
「俺は、何かミスしたかな? 漢中攻略戦で……」
「いいえ。奉先様はいつも的確に判断し行動なさりましたわ。その甲斐あって、ここ漢中の太守に任命されたではありませんか」
「うん。まあ、それはいいんだが……」
「蜀攻略作戦から外されたことですか? 」
貂蝉が身を寄せてきて、呂布の鼻筋を甘い香りがくすぐった。呂布は、貂蝉の肩に腕を回した。
その頃合いを見て、燕草が部屋からそっと立ち去る。
貂蝉が呂布の胸元に顔を埋め、そして、見上げてきた。貂蝉の白い額が呂布のごつい顎をかすめる。
「いずれ、大きな仕事を奉先様に任せようとしている故、今は、休めということなのではないですか? 」
「いずれ、大きな仕事か……。蜀攻略よりもかな? 」
「ええ。だから、私も今は、奉先様と一緒に……」
貂蝉のうっとりとした眼差しに呂布も陶然となった。貂蝉の腰に腕を回して、膝の上に抱き上げた。
貂蝉の形の良い桃尻が呂布の敏感な部分に当たりムクムクし始める。
「俺もだ。貂蝉。今夜は寝かせないぞ」
貂蝉が両腕を呂布の首に巻き付け、顔を近づけてくる。唇が重なり、呂布はこのまま、貂蝉を押し倒しそうになる。
ここは椅子だ。まずは寝台に行こう。
呂布は辛うじて理性を保った。貂蝉を抱きかかえると、二人の新しい寝台へ入った。
※
さて、物語は、一旦、董卓や呂布から離れなければならない。しかしすぐに、董卓や呂布の物語に戻るので、皆様、ご安心為されますよう。
「また、若い娘が死んだのか……、かわいそうに」
「どうせあの男の仕業だろ。董旻の奴だ! 」
「董卓様は、あんなにいいお方なのに、弟の董旻はひどい奴だ! 」
「しーっ。声が大きいぞ」
人々がささやき合っていたのは、長安城の色街の一角である。
人々の視線の先にある妓楼「妖妹楼」は、一般の客が入ることはない。ここは、董旻とその一党のゴロツキどもが根城としており、実質的に、董旻の屋敷といってよい状態にある。
この妓楼「妖妹楼」からは、早朝のうちに、こっそりと棺桶が運び入れられ、そして、すぐに運び出されることがある。
董旻らの相手をしていた妓女が明け方になると死んでいることが度々あるからだ。
表向きは、病死ということになるらしいが、検視などロクにせず、運び出されている。もちろん、董旻が権威を振りかざして取り調べの役人を追い返しているためである。
ある遺族の元に戻った娘の遺体は、見るに無残な姿で、その親も卒倒して悶死してしまったほどだそうだ。
分厚い脂肪に包まれた巨漢の董旻にのしかかられれば、普通の娘ではその重みだけで窒息死するだろう。それだけで飽き足らず、董旻は、口にするのもはばかられる様な変態プレイをするのがお好みのようで、妓楼「妖妹楼」からは、毎晩、娘の泣き叫ぶ声が途絶えることはないという。
その日の早朝は、なんと、十体分もの棺桶が、妓楼「妖妹楼」に運び入れられた。近頃、複数の棺桶が運び入れられることが度々あったが、一夜にして、十人もの妓女が死んだということになるのだから、嘆かわしいどころではない。
「そのうち、妓楼「妖妹楼」から妓女がいなくなるだろう」
「董旻は、世の中の娘をことごとく殺し尽くすつもりらしい。嘆かわしい話だ」
人々は眉をひそめながら、妓楼「妖妹楼」から離れた。
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