第33話 双飛将董卓の弟子にして、飛将呂布の妻――貂蝉の実力に刮目せよ!

 張任が狙ったのは、城壁に立つ張魯である。張魯を射殺して、兵士の動揺を鎮めようと考えたのだ。

 距離にして百メートルは離れているが、張任の腕前をもってすれば、狙えるし、一本の矢で確実に仕留めることができた。

 張任は瞠目していた。

「何者だ! あの女武将は! 」

 もちろん、貂蝉である。

 貂蝉は、張任が矢を放った瞬間にその意図を見抜き、張任の矢をめがけて、自分の矢を射ていたのだ。

 これぞ、双飛将董卓の弟子にして、飛将呂布の妻――貂蝉の実力。


 呂布は、張任が矢を放つのを見た瞬間、即座に自らの弓矢を取って張任を射殺すこともできた。しかし、あえてそれをしなかった。

 貂蝉が対処すると信じていたからに他ならない。そして、張任から矢を射たことは開戦の口実になった。

「あわわっ――。師娘を狙っちゃったよ。師父が激怒するよ――」

 成廉の軽口。

 呂布は、内心、苦笑しながらも、成廉の言葉に乗った。

「お前が張任か! 我が妻を狙うとは許せん! 覚悟しろ! 」

 呂布の罵声に、成廉も加勢する。

「みんな! 突撃だ! 手加減するなよ! 」

 魏越も指揮官として声を張り上げる。

「蹴散らせ! 突撃開始! 」

 呂布、成廉、魏越が指揮する飛龍騎の主力騎兵部隊が、地響きを轟かせて突撃した。


 対する張衛と張任が指揮する部隊は脆かった。

 特に、張衛とその配下の漢中の兵を中心とする部隊は、初めから戦意に乏しい。

 飛龍騎の突撃に対処するどころか、歩兵は大半が武器を捨てて、全力疾走して逃亡し、わずかに踏みとどまった騎兵の中には、果敢に戦おうとする者もいたが、多勢に無勢である。大半が、蹴散らされ、抵抗した者は、突き殺されるか、斬り殺された。

 張衛は、成廉に一騎打ちを挑んでいた。

 矛を巧みに操り、成廉の隙を狙う。成廉も自らの戟を振り回しながら、張衛の矛をかわす。

「参ったな――。僕は接近戦はあんまり得意じゃないんだよな――」

 成廉はそう言いながらも、危なげなく、張衛が繰り出す矛を裁いている。

 むしろ、張衛の方が額に汗を浮かべていて、きりきり舞いにさせられているという感じだ。

 が、たった一度であるが、成廉をヒヤッとさせる一撃が繰り出された。

 成廉はとっさに頭を下げて、張衛の繰り出した矛を避けた。

 ガリッと金属を削る嫌な音と衝撃が、成廉の兜に走る。

「やってくれたな! 僕も怒ったぞ! 」

 成廉が本気を出そうとした瞬間。

 張衛の上半身に縄が回っていた。縄は張衛の胴体だけでなく、両腕もからめとり、締め上げていた。

「おい。ずるいぞ。魏越! 僕の手柄を横取りかよ」

 張衛の背後に迫っていた魏越が、投げ縄を投げつけていたのだ。

 魏越は、今のところ、弓矢は成廉に比べて平凡な腕前であったが、投げ縄の技は、呂布をも感心させるほどに優れている。

 戦場で、魏越が投げ縄を投げつければ、狙った武将はどれほどの猛将であろうと必ず、捕獲する。

 そのために、呂布が敵将を捕獲したいと考えた時は、魏越を同行させた。

 侯成はその様を、

「俺は馬盗りの達人。お前は人盗りの達人だな」

 と称賛したものである。

 人盗りなどと言うあだ名を魏越は好まなかったが、とにかく、投げ縄を使っての捕縛は、魏越の十八番だった。

「師父はこの男を生かして捕らえたいとお考えだ。それに、成廉、戦は遊びじゃない」

「僕がいつ。遊んだんだ――! 」

 魏越は、投げ縄をグイッと引っ張った。張衛が馬から引きずり落とされて、地面に転がった。

「総大将張衛を捕獲した! 降伏しろ! 」

 魏越が叫ぶと、張衛率いる部隊は、総崩れとなる。

「そうだ。降伏しろ! 降伏しないと突き殺すぞ! 」

 成廉も魏越に手柄を横取りされた分を取り戻そうとして、敗走する張衛の部隊を追いかけまわした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る