第31話 法正曰く「剣閣を力攻めするのはバカがやることです」
法正はそう言いながら、中国大陸の大まかな地図を広げた。
漢中は、北は秦嶺山脈、南は大巴山脈と言う険しい山脈に囲まれた盆地に位置している。辛うじて開けているのは東だけで、上庸と呼ばれる都市に通じている。
大巴山脈は、漢中と蜀との境になっているだけでなく、蜀の東に位置する荊州との境にも連なっている。つまり、蜀と中国の中心部を天然の城壁によって隔てる役割を果たしているわけで、そのために、蜀は古来より、天険の地とされていた。
「そして、我が軍が、正攻法で蜀を攻め取るとすれば、まず最初に剣閣を落とさなければなりません。ここが、漢中と蜀の間の玄関口となっているからです」
大巴山脈は、蜀を外から完全に隔てているわけではなく、いくつかの谷間があり、外との連絡路となっている。漢中との境では、剣閣が唯一といってよい連絡路になっている。
「剣閣か。ここは、陽平関のような関が置かれているのであろうな? 」
「陽平関どころではありません。関と都市が一体となった城塞です」
「城塞か……。攻め落とすのは難儀するだろうな? 」
「数か月、下手すれば、数年にわたって猛攻を加える必要がありましょう。それゆえ、剣閣を力攻めするのは下策です」
「ではどうする? 」
「我が軍の主力が剣閣を攻めると見せかけて、蜀の軍隊を剣閣にくぎ付けにします。その一方で、精鋭の部隊が、西寄りのルートをひそかに進んで、蜀の只中に降り立つということです」
「西寄りのルートとな? そんな道があるのか? 」
法正は、漢中の西を指した。漢中の西に進めば進むほど、秦嶺山脈と大巴山脈が迫り峡谷となる。その峡谷を過ぎるとほとんど西域の高原地帯が開ける。
「ちょうどこの辺りの山間に陰平と言う都市があります。実は、この陰平から大巴山脈に分け入る道があるそうです。この道は、大巴山脈を南に下ることができ、涪城と呼ばれる蜀の只中に出ることができるそうです」
涪城は、蜀の中心部成都と目と鼻の先にある都市である。
漢中から南に蜀の都市を辿ると、まず、剣閣があり、その南に梓潼と呼ばれる都市がある。その次にあるのが、涪城で成都の北側の城塞としての役割を果たしている。涪城を抜ければ、南に蜀第一の都市、成都が広がっている。
「そんな道があるなら、蜀の軍勢を剣閣にくぎ付けにしている間に、成都を落とせてしまうな」
呂布が感心する。
「でも、奉先様、それに法正君、その陰平からのルートと言うのは本当にあるのですか? 」
貂蝉が訊ねると、法正が舌を出して頭をかいた。
「実は、私もこのルートが本当にあるのかどうかわかりません。噂に聞いているだけです」
「法正よ。噂だけで、軍を起こすことはできんぞ」
呂布がじろりと法正を見やる。法正は慌てて拱手する。
「私は分かりませんが、陰平からのルートについては、西域の武将の方が詳しいはずです。馬騰殿や韓遂殿に聞けば、知っている者がいると思います」
「そういうことなら、この案は、馬騰殿や韓遂殿を招いたうえで、軍議することになろうな」
そんな話をしている時、伝令が駆けこんできた。
「北の城門の高順様より、緊急の連絡です! 陽平関方面より、敵軍接近中! 」
「いよいよ、出て来たか。蹴散らしてやろうではないか」
呂布が立ち上がる。貂蝉が呂布に方天画戟を手渡した。
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